第2話 制作会社設立②


 どうすれば……。穏便に、かつ「自分は就活を進めている」と思わせるには。


 かといって、嘘をついたら、それこそみじめになる。


 嘘とも本当ともつかない、曖昧なラインを狙っていたが――この男にはその誤魔化しは通じなかった。


 そもそも就活を進めていればこんなことを考えずに済むのだが、そんなことを言っても仕方がない。


 そんなことを思案していると、続けて岡島が聞いてきた。


 焦りからか、苛立ちが募る


「やりたいこととか、目標とか、好きなこととか……好きなことって、AVか? じゃあ、AVの制作会社にでも入るとかさ」


「AV……?」


 五軒家はつぶやいた。そんなことは考えたことはないといった調子で、虚を衝かれたような表情になった。それを見た岡島は


「冗談だよ、冗談」


 岡島は、無愛想に言った。五軒家を困らせたのではと、さすがに焦ったようだ。


 互いに温度感がかみ合わない会話が続いている。


「AVの制作会社って言ったよな?」


「え……」


「最近のAVってマンネリ化してるよな。同じような、キモいブタみたいな男優ばっか出てきて、見ててうざいって声も多い。新法のせいで斬新な企画も出せず、無難なドラマばっかりやってる。完全に保守的な体質。しかも、日本でやればいいイベントを、わざわざ治安もよくない台湾で開催してる始末。まるで落ちてる金をドブに捨ててるようなもんだ」


「……急になんだよ」


 突然の饒舌ぶりに、岡島は吃驚する。


「俺とお前で、AVを作る」


 間を開けずに、五軒家は岡島に告げた。岡島は先ほど見開いた眼をさらに大きくした。


「いやいや、巻き込まんといてくれよ」


「今は四の五の言ってる場合じゃねえんだよ! お前だって、就活がうまくいく保証なんてどこにもないだろ?」


 五軒家は口辺りに泡を飛ばしながら言った。


「そりゃあ、そうやけど……でも、AV作るなんて、それこそうまくいく保証ないやろ。どうやって作るつもりなん?」


「今のAV見てて、何か思うことないか?」


「んー……まあ、演技臭いとは思うな」


「だろ? 正直、マンネリやし。しかも新法のせいで斬新な企画が通らんから、保守的な作品しか出せなくなってる」


「じゃあ、どうするんや……」


「まずは、二の足を踏んでるこの状況を打破する。新法では、『契約から1か月間は撮影禁止』『撮影から4か月間は公開禁止』って決まってる。さらに、販売から1年以内であれば、女優側が取り消しを求めたら、どんな理由でも従わなあかん。けど、もしその制約を問題なく突破できるとしたら……」


 五軒家の中で、ひとつのワードが引っかかった。


 「撮影後4か月の公開禁止」


 この文言に引っかかり、五軒家は思いついたことを岡島に伝えた。


「……マジで言うてる?」


「ああ」


「いくらなんでもリスクがデカすぎるわ!」


「これは俺一人じゃ無理や。頼む、協力してくれ!」


 五軒家は岡島に頭を下げた。


 岡島は、何も言わずに、ドアに向かって歩いた。五軒家はそれはそうだと思った。


 岡島には、五軒家に協力する理由がないのだ。


 すると、岡島は、ドアに手を掛けながら言った。


「しゃあないな……ほな、一人でも多い方がええやろ。ええ奴、紹介したるわ」



 女はアパートに戻り、SNSを眺めていた。


 投稿内容は、オフショットや出演作の宣伝など。しかし、大した反響はない。


 タイムラインに流れてくるのは自分より人気のある女優ばかりだ。


 それを見て、嫉妬や自己嫌悪に陥る。


 精神衛生上悪いとわかっているが、どうしても見るのをやめられなかった。


 撮影のほかに、風俗やキャバクラで働く女優も多いという。


 幸いにも明日は撮影がある。今はとにかく、寝なければならない。


 ――早く、ここから這い上がらなければ。


 焦る気持ちばかりが募る。


 売れる機会をのんびり待っていれば、旬はあっという間に過ぎてしまう。二十歳を超えれば、それが顕著になる。


 第一線で活躍できるのは、ごく一握り。


 彼女は、かつては大手メーカーから“大型新人”としてデビューした。だが、コロナの影響、新法、不況――様々な波にのまれ、今では売上ランキングにすら名を連ねられない。


 日に日に老いていく身体。


 あの頃のハリや透明感は、すっかり消えた。


 もうすぐ26歳。


 何度も辞めようと思った。だが――撮影中に感じた、あの“快感”は忘れられなかった。


 自分は、普通の仕事なんてできない。


 無名のまま終わるのは嫌だった。


 親の反対を押し切って上京した。引き下がるわけにはいかない。


 SNSで投稿できるのは、オフショットやイベント情報、1か月後にリリース予定の作品の情報くらい。


 だが、専属女優と違って、自分の名前が載らないことのほうが多かった。



 岡島と五軒家は、ある家を訪ねた。


 部屋には異臭が漂っていた。


 マンションの一室。リビングから、ぼりぼり、ねちゃねちゃと不気味な音が聞こえる。


 まるで、人でも食っているような――そんな錯覚すら覚えた。


 岡島は呼び鈴も鳴らさず、ずかずかとその部屋に入っていく。


 床には油のようなものが染み、ぬるぬるとしていた。


 正直、裸足で入るのは抵抗があった。だが、ここは日本。靴を脱ぐのがマナーである。


 スリッパは、もはやスリッパとしての役割を果たしていなかったが、今さら引き返すわけにもいかない。


「お、おじゃまします……」


 他人の家に上がるのは、何年ぶりだろう。


 小学生のときに友達の家に遊びに行ったことがあるが、そのときに感じた“他人の家の匂い”とは別物だ。


 これは次元が違う。


 まるで別の惑星に来たような気分だった。


栗生くりう!! LINEで言ってた五軒家、連れてきたで!!」


 部屋の主・栗生は、まるで脂肪の塊のような巨体だった。


 机には、乱雑に積まれた紙の束や本があり、彼はパソコンに向かって何かを呟きながら、巨大なポテチを手に取り、コーラを飲んでいた。


 部屋の電気はついておらず、明かりはパソコンのモニターのみ。


 完全な暗闇というわけではないが、ゲーミングLEDがまるで“照明”の代わりのようになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る