第3話 制作会社設立③

 栗生はゲーミングチェアを回転させ、二人に向き直った。


「いやあ、よく来てくれたねえ。AVを作りたいんだって?」


「あ、ああ……」


 五軒家はうなずいた。


 栗生の体は全体的に太く、脂肪に顔が埋もれていた。鼻は低く、顎も肉で覆われていた。


「どんなAVを作りたいの?」


 五軒家は、以前から考えていた構想を熱を込めて語った。AVに対する想いは、五軒家にとって真剣そのものであった。


 栗生は無言でそれを聞いていた。


「なるほどね……」


 少し間を置いてから、栗生が口を開いた。


「それをどうやって準備するんだ? たしかに、今の時代、パソコンさえあれば低予算で会社を立ち上げることはできる。家にはカメラもあるし、配信用のサイトもある。資金も用意しようと思えば可能だ。でも、かなりリスキーだよ。特に、今のご時世じゃさ……」


 AV新法の影響で、最も打撃を受けたのはインディーズのメーカーや小規模スタジオだった。どこか一つでも契約や進行に不備があれば、撮影そのものが中止になる。


 大手メーカーは、人気の確約された専属女優しか使わず、小さなメーカーは、もし何かあればすべてを失うリスクを背負わねばならなかった。


 青息吐息の経営状態の中で、新法に抵触した作品の自主回収を迫られれば、即座に倒産という現実もあり得た。


 倒産だけでは済まない。新法違反で逮捕されれば、経歴に深刻な傷が残る。


 実際、この新法に関わる逮捕件数はすでに6件にのぼっている。


 つまり、裏ではその何倍もの業者が摘発されていた。


 これは、五軒家も理解していた。ニュースに興味がなくても、AVを見ていれば、嫌でも耳に入ってくる。


「あれこれ言っても始まらない。何事にもリスクはつきものだ……お前らも、このままAVが廃れていくのは見たくないだろ?」


「そりゃあ、まあ……」


「俺も、元々AVが好きだったからな」


「な? だったら、誰かが作ってくれるのを待つんじゃなくて、俺らが風穴を開けるんだよ! 何も成し遂げたことのない人生だったけど、これならやれる気がする。俺は今まで、半ば眠ったような人生を生きてきた。でも、それに彩を与えてくれたのがAVだった。今度は俺たちが救う番だ! 俺は今、覚醒している!! 今までのゴミみたいな人生から這い上がる、これは天から与えられたチャンス……天命だ!! 三人寄れば文殊の知恵、俺たちで起こすぞ、革命を!!」


 三人は、拳を高く掲げた。



 五軒家がメーカー設立にあたって掲げた募集条件は以下の通りであった。


・18歳〜25歳の男女

・整形・豊胸などの美容整形歴がない者

・自分の体に自信がある者


 AVは、通常プロダクションが女優に案件を委託し、女優は個人事業主として業務を受ける形となっている。


 事務所に所属していない女優を狙うというのが、五軒家たちの役割であろう。


 今や個人撮影のAVや、無修正のAVなど、多岐にわたっている。


 しかし、AVと言うものに権威があるのもまた事実である。


 人気のAV女優となるには、個人撮影では難しくなるが、個人撮影でも数億円を稼いでいる人もいる。


 また、無名ではあるが、AV女優という肩書だけを手に入れて、アジア諸国の富豪をパトロンにする者もいるのだ。


 ただし、女優が自ら営業することはなく、それはすべてプロダクションの役割である。


 一方で男優は事情が異なり、メーカーやプロデューサーから直接声がかかる場合が多い。


 男優の数は女優に比べて圧倒的に少なく、さらに平均年齢が高い。若手男優が“カラミ”(本番行為)に起用されることは稀で、通常は“汁男優”や“アシスタント”としての下積みからスタートする。


 つまり、仕事を任されるレベルの男優ともなれば、相手の女優とは親子ほど年齢差があるのが普通である。


 若くても30代。18歳でデビューした女優と絡むとなれば、12歳以上年の離れた相手となる。


 しかも、女優には男優の指名やNGを出す権利がある一方で、男優には基本的にNG権がない。


 とはいえ、女優がベテラン男優をNGにすれば、「使いにくい女優」としてレッテルを貼られる危険もある。若手を起用すればするほど、トラブルのリスクも高まるのだ。


 なお、男優はメーカーとの直接契約を求められるが、女優個人との連絡は厳禁。それを破れば業界から追放される。色恋も当然ご法度だ。


 女優と付き合えると思ってAV業界に興味を持った男子諸君は、肝に銘じておくべきである。


「俺らが狙うのは、若くて美しい肉体だ。醜く老いたビール腹の中年ではない」


「ポイントは、男優も女優も個人事業主という立場であるということ。募集は、サイトとX(旧Twitter)で行う。まだ法人登記もしてないから、反社だと疑われても文句は言えんが……とにかく、できるところまでやってみよう」


「DMの返信は俺がやる。営業と広報は岡島。サイトの運営とコンテンツ制作は栗生。編集は交代でやろう!」


「DMが来るまではどうすんの?」


 岡島が五軒家に尋ねた。


「俺は――仲間を集める」


「仲間? それも募集かけりゃいいんじゃないの?」


「それはダメだ」


「なんで?」


「さっきも言ったけど、どこか一つでもトラブルが起きたら、撮影そのものが潰れる。簡単に替えの利く人間を用意できないようになってる。それに、万が一、外部の人間からトラブルが発生したら、責任の所在があいまいになる。内部の問題ならまだしも、それ以前の段階で問題が起きれば、全部終わりだ」


 個人撮影であろうと、法律を遵守しなければならない。AV新法の適用範囲は思ったよりも広いのだ。


 五軒家には、女優や男優を頼める知り合いなどいないのであるが、信用できるものに頼めるならそれに越したことはないのだ。


「だから、俺が動く。俺が責任を取る」


 岡島と栗生は一瞬、不安そうな表情をするが、そう言い残し、五軒家は部屋を出て行った。

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