2、羽根ペンがあればなんでも出せる!

 ジュキは魔道具屋を飛び出した。口の中に残っていた蜜柑マンダリーノの種を道端に飛ばして、路地を駆け抜ける。広場を走り抜け、坂道を駆け登って高台の教会へ急いだ。


 羽根ペンで絵を描くため、いつも楽譜や文字を書いている石板スレートを借りるのだ。


 ジュキは用途を明かさなかったが、神父様は、


「家でも勉強する気になったのか。感心感心」


 柔和な顔をほころばせて、すぐに石板スレートを貸してくださった。


 お礼を言って家へ向かったジュキだが、右手の中の羽根ペンが視界に入ると我慢できなくなった。小さな広場で足を止め、井戸を囲む石段に腰を下ろす。


 膝の上に石板スレートを乗せ、青空を見上げると、ふわふわの雲が目に入った。


 さっそく光る線で雲を描いてみる。黒い石板がぼんやりと白くかすみ、霧のようなものが浮かび上がった。


「これだけ?」


 がっかりしたジュキは、やっぱり食べ物を描くことにした。


「林檎にしよう」


 不安な気持ちで下手くそな自分の絵を見つめるうち、歪んだ林檎は少しずつ赤く色づいてゆく。


 やがて小ぶりな実が浮き上がった。


「成功した!」


 シャクッとかじってみると――


「なんだか味が薄い」


 ジュキは無表情になった。おばあさんが描いた蜜柑マンダリーノはジューシーでおいしかったのに。


 素っ気ない林檎を食べ終わったジュキは再挑戦することにした。


「もぎたてのイチジクが食べたい!」


 毎年、夏になるとたくさん実をつける中庭の木を思い出すと、口の中に唾液があふれてくる。ジュキは小さな玉ねぎのような物体を描いたが、彼の目には間違いなくイチジクに見えていた。


 いびつな小玉ねぎはみるみるうちに濃い紫色に変わり、陽射しであたためられたイチジクを収穫できた。


「ぼくの想像通りだ!」


 皮もむかずにかじりついたジュキの目が輝いた。舌の上に広がる、レーズンに蜜をかけたような濃厚な甘さは期待した味そのものだった。


「しっかりイメージして描くのがコツかも。なんでも出せるなら、もっと欲しいものにしよう」


 去年、冬至の精霊祭のプレゼントに大きな犬をねだったけど、父さんにダメだと言われたのを思い出す。


「白くて大きなワンちゃんを飼いたい!」


 宣言したものの、頭の中に結んだ像は絵に起こそうと見つめると、ぼやけてしまう。面倒くさくなって適当に描いた物体は、ぶっといサラミに棒を刺しただけの謎生物だった。


「ワンちゃんじゃない」


 落胆してつぶやくと、光の線で描かれた図形は、虹が消えるように石板スレートの黒に沈んでいった。


「そうだ、父ちゃんが持ってるかっこいい魔法剣マジックソードなら描けるかも!」


 つい最近もねだって見せてもらった、銀色に光る鋭い刃を思い出す。石板スレートに描いた剣は、すぐに銀色の輝きを帯びた。


 だが石板スレートから浮かび上がった剣を指先でつまみあげて、ジュキは啞然とした。


「ちっちゃ! これじゃあ剣の形したペーパーナイフだよ」


 実物大で描く必要があるらしい。林檎が小さめだったのも、石板スレートに描いたままの大きさで具現化したせいだ。


 小さくて、ありありと想像できて、なおかつ自分の画力で描けるものを探すジュキの耳に、一番聞きたくない声が飛び込んできた。


「井戸んとこにいるチビくせぇの、魔法の使えねえジュキじゃねえか」


「さすがイーヴォさん! 目はよいっスね!」


 赤髪のいじめっ子イーヴォと、その子分ニコの出現に、ジュキは固まった。


 イーヴォはでかい図体で近づいてくると、ジュキの膝に乗った石板スレートに目を落とした。


「勉強したって魔法が使えるようになんかなんねえだろ」


「ぼく、魔法使えるようになったもん!」


 言い返したジュキの言葉に、イーヴォは楽しそうに舌なめずりした。


「へぇ。じゃあ見せてみろよ」


「いいよ。魔法でちょうちょ出してあげる」


 ジュキは石板スレートに手早く蝶々を描き始めた。いつも中庭に飛んでくる姿を観察しているから、犬と違ってちゃんと描けた。


「お絵描きしてんじゃねえよ」


 イーヴォが拳を振り上げたとき、光る線で描かれた蝶々の羽がコバルトブルーに色づいた。


「うわっ、どこから飛んできやがった!」


 舞い上がった蝶々に驚いて、イーヴォがのけぞる。


「ぼくが魔法で出したんだよ」


「嘘つけ! 魔法ってのは火魔法や水魔法みたいに属性があんだよ。バカなジュキは知らねえだろうが、自然界の四大精霊に呼びかけて発動させるんだからな!」


 年上で勉強が進んでいるイーヴォは、魔法師匠に教わった覚えたてのフレーズを自慢げに並べ立てた。


「イーヴォさんの言う通りっスよ。おいらの地魔法を見せてやるっス。礫飛迅ロカサルターレ!」


 黒髪のニコがたどたどしく呪文を唱える。その手のひらにパラパラっと小石が現れた。


「それくらい、ぼくだってできる!」


 ジュキも負けじと小石を描くと、それらは浮かび上がって本物になった。


 派手さの欠片もない二人の魔法合戦に、イーヴォは苛立って怒鳴り散らした。


「おめぇら、つまんねえんだよ! 俺様の魔法を見やがれってんだ! 炎夥弾ミッレフレイム!」


 イーヴォの声と共に現れた複数の火の玉が、ジュキの頭上を通り過ぎ、石の井戸に当たって弾けた。


「危ないよ!」


 ジュキが上げる非難の声に、


「魔法ってのがどんなもんか教えてやってるんだろ!?」


 イーヴォが怒声を返す。


「ぼくだって炎くらい出せるもん!」


 ジュキは魔法の羽根ペンで、石板スレートいっぱいに燃え盛る炎を描いた。今本物を見たばかりだから熱も光も容易に想像できる。


 描かれた炎がボッと音を立てて輝き出した。ジュキと共にイーヴォもニコも息を呑んで見守る中、光はますます強くなり、石板スレートの上でゆらめき始める。


「これがぼくの魔法だよ!」


 喜び勇んで宣言した次の瞬間、ジュキの手のひらを高熱が襲った。炎が石板全体を覆い、ジュキの指先まで迫ってくる。


「あちっ!」


 反射的に手を放すと、石板は石畳の上に落下した。


 カラン――ピシッ!


 不吉な音とともに、石板スレートは真っ二つに割れた。同時に炎も消えてしまった。


 ジュキは呆然と石板を見下ろす。


「うそ――」


 夢のような成功が悪夢に変わった。神父様から借りた石板スレートを割ってしまった。


「どうしよう」


 青ざめたジュキが石板の欠片を拾い上げたとき、広場の向こうから男の叫び声が聞こえた。


「悪ガキどもめ! 火魔法なんか使って遊ぶんじゃねえ!」


「やべっ」


 イーヴォの顔色が変わった。


 隣に立つニコがのん気に片手を額にかざし、目をこらす。


「さっきの炎弾、ジェラート屋のパラソルを焦がしたみたいっス。さすがイーヴォさん、最強っスね!」


「逃げるぞ!」


 イーヴォは子分を引っ張って、一目散に広場から消えて行った。


 井戸の陰に隠れたままジュキは胸を締め付けられる思いで、割れた石板スレートを見下ろしていた。


 だが右手に握ったままだった羽根ペンが視界に入った刹那、天啓を得た。


「そうだ! 石畳に石板の絵を描けばいいじゃん!」


 割れた石板を隣に置いて四つん這いになる。本物を見ながら羽根ペンで石板スレートの絵を描き始めた。だがほどなくしてジュキは虚しさに襲われた。


「ぼくは何をしてるんだろう。魔法を使えるかっこいい男になりたかったはずなのに、自分の失敗を隠すためにがんばっているみたい」


 羽根ペンを握ったまま、ジュキはそっとまぶたを伏せた。そよ風が少年の銀髪を揺らし、額をくすぐる。


 今日は何度も想像力を使って来たから、夢を叶えた未来の自分もありありと描けた。


「ぼくが魔法を使えたら、イーヴォみたいに人に迷惑をかけるんじゃなくて、困っている人を幸せにするために使うんだ」


 想像するだけで果物の味が口いっぱいに広がるように、満ち足りたあたたかさで包まれてゆく。


「なんか、まぶしい」


 目を開けたジュキは、思わず声を上げた。


「何これ!?」


 羽根ペンを飾る二枚の羽が虹色の光を放っていた。子猫のようなエメラルドの瞳を見開くジュキの目の前で、輝く羽は鳥さながらに羽ばたき出した。


「待って!」


 浮かび上がった羽根ペンをつかまえようと、ジュキは慌てて立ち上がる。ペンは二枚の羽を優雅に動かして、空高く舞い上がった。


「飛んでっちゃう!」


 足元の割れた石板をつかむと、ジュキは羽根ペンを追いかけて走り出した。




─ * ─




羽根ペンはなぜ飛んで行ってしまったの? 次回最終話!

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