魔法の羽根ペンと想像力の翼
綾森れん👑音声ドラマDLsite販売中
1、ジュキ、魔法の羽根ペンを手に入れる
夕暮れの空は橙から紫へと溶け合い、石畳の坂道に柔らかな光を投げかけていた。
古い煉瓦造りの煙突からは、スープのあたたかい匂いが漂ってくる。その香りに誘われるように、幼い少年が泣きながら走っていた。
「うわぁぁん!」
天使のような銀髪を夕焼けに染めたジュキエーレは、木の扉を勢いよく開け放った。両手で目元をぬぐいながらキッチンに駆け込み、ミネストローネの鍋をかき混ぜていた母親のエプロンをつかむ。涙に濡れたエメラルドの瞳で母親を見上げた。
軽くため息をついた母親は料理の手を止め、しゃがんで息子の頭をなでた。
「ジュキちゃんったら、またいじめられたのね」
「あいつら、ぼくが魔法を使えないからって、いつも馬鹿にするんだ」
ジュキの震える声を耳にして、階段を駆け下りてきたのは姉のアンジェリカだ。
「任せて! 私が今からおしおきに行ってくる!」
紫がかった銀髪をポニーテールに結び、腰に手を当てた姿には、十二歳の少女らしからぬ威厳が漂っている。
「そんなことしなくていいよ、姉ちゃん」
ジュキは慌てて止めた。
「ぼくが魔法を使えないのは事実だもん……」
しゃくりあげながら、子猫のようにわずかに吊り上がった目で、母親を見上げる。
「どうしてぼくだけ魔法が使えないの?」
母親はふんわりとほほ笑み、泣きじゃくって薔薇色に染まった息子の頬を両手で包み込んだ。
「ジュキちゃんは、ゆっくり大人になるタイプなのね。焦らなくても、そのうち使えるようになるわよ」
母親の優しい言葉も、今のジュキには届かなかった。
「どうせ無理だよ」
拗ねたように口を尖らせるジュキに、姉の叱責が飛んだ。
「ジュキちゃん、あきらめちゃダメよ!」
姉の強い口調に、ジュキはさらにふくれっ面になる。アンジェは腕にはめていたブレスレットを外し、ジュキの小さな手に押し付けた。
「ジュキちゃんの元気が出るように、姉ちゃんが宝物をあげる!」
ジュキは目をしばたたき、ブレスレットを見下ろした。小さな赤いビーズと銀色の飾りで作られた子どもっぽいデザインだ。
「えー、ぼく男の子だもん。こんなのつけないよ?」
「つけなくてもいいけど、持っておきなさい。きっと価値のあるものなんだから。母さんだって宝石のついたアクセサリーを大事にしてるでしょ?」
料理に戻った母親は笑いをこらえていた。アンジェの「宝物」が、実はただのおもちゃであることを知っていたが、娘の好意を無下にするようなことは言わなかった。
夕食後、ベッドに入ったジュキは、枕元に置いたブレスレットの赤い石を指先で撫でてみた。
「綺麗だけど、こんなものがあったからって魔法を使えるようにはならないし」
生意気な口調で不満をあらわにする彼の脳裏に、姉の言葉がよみがえった。
――きっと価値のあるものなんだから。
そういえば母さんは、いざというときのためにキラキラした宝石を大切にしていると言っていたっけ? いざというときってなんだろう?
――みんなが食べるのに困らないようにね。
いつか母さんが言っていた言葉を思い出す。
「もしかして宝石ってお金の代わりになる!?」
ジュキは思わず飛び起きた。
ブランケットがすべり落ち、夜の冷気にふれた肩が冷えていく。同時に興奮もさめてしまった。
「お金があったって魔法を使えるようになるわけじゃないじゃん」
窓から差し込むかすかな月明かりの下、ジュキはブレスレットをチェストにしまおうとベッドから下りた。
「つめたっ」
素足が石の床にふれて声が出る。ベッドの下には布靴が並べてあるはずだが、暗くて見えない。
灯りをつけようと、ベッドサイドに置いたランプに手を伸ばしたとき、ジュキは思わず叫んでいた。
「魔道具!」
ランプはロウソクではなく魔力燈。父さんが時々魔力を補充してくれる。
「仕組みはよく分かんないけど、魔道具があれば魔法を使えるようになるかな!?」
ジュキはブレスレットをサイドテーブルに置き、ブランケットにもぐりこんだ。
「明日、魔道具屋に行ってみよう! 魔法が使えるようになる魔道具と交換してもらうんだ!」
午前の透き通る陽射しが、広場に敷き詰められた石畳に照り返す。中央の古びた井戸には今日も村人たちが集い、水を汲みながら世間話に興じていた。
ジュキは彼らの横を走り抜け、犬の小便臭い路地に駆け込んだ。住居が並ぶ道の奥にひっそりと佇む店の扉には、年季の入った看板が吊るされている。ところどころかすれた文字は、辛うじて「魔道具屋」と読み取れた。
ジュキは店の前に立ち、半ズボンのポケットの上から、アンジェに譲り受けたブレスレットを握りしめる。
意を決して重い木の扉を押すと、薄暗い空間が広がっていた。
一歩踏み出すごとに板張りの床がきしむ。天井から吊り下げられたランプが黄いばんだ光で、埃っぽくカビ臭い空気を照らし出す。
棚にはガラス瓶の中で光る液体や、奇妙な形をした金属の器具、羽や石で作られたアクセサリーなど不思議な道具が所狭しと並べられていた。
「坊や、何か用かい?」
不意に聞こえた声に、ジュキは肩をびくりと跳ねさせた。声の主は、カウンターの奥に座る白髪のおばあさんだった。色素の薄い眼でじっと見つめてくる彼女に、ジュキは勇気を振り絞って答えた。
「ぼく、魔法を使えるようになりたいんです!」
ポケットからブレスレットを取り出し、おばあさんに差し出す。
「魔法を使えるようになる魔道具を、これと交換してもらえませんか?」
おばあさんはじっとブレスレットを見下ろした。それからジュキの真剣なまなざしを見て、何も言わずに受け取った。
ジュキの瞳が宝石のエメラルドのように、キラキラと期待に輝く。
だがおばあさんの表情は渋い。
「坊や、魔道具というのはね、魔法を使える者がその力を補助するための道具なんだ。まったく魔法が使えない状態では、魔道具を起動させることすらできんよ」
おばあさんの説明は難しくて、ジュキにはいまいち理解できない。
「お前さんも知っている通り、わしらは強いドラゴンを祖先に持つ竜人族だと言われているだろう?」
自分たち竜人族に伝わる伝説ならジュキもよく知っている。竜人族は誰でも魔法が使えると聞くたび、悲しい気持ちになる。
「わしらと違って魔力の少ない人族は、魔道具に魔石を入れて使うらしい。だがわしらは自前の魔力があるから、魔石も流通していない」
「でもぼく、おうちで魔力燈、使ってるよ? つけたり消したりしてるもん」
首をかしげたジュキに、おばあさんは言い含めるように説明した。
「家族の誰かが魔力を補充して、お前さんはその魔力の蓋を開けたり閉じたりしているだけなんだよ」
「そっか。じゃあぼくに魔道具は売ってもらえないの?」
ジュキが情けない声を出すと、おばあさんはため息をついて店の奥へ消えていった。しばらくして戻ってきた彼女の手には、二本の羽がついた不思議なペンが握られていた。
「これは『魔法の羽根ペン』と呼ばれる魔道具で、書いた物が具現化するんだ。わしの魔力を補充したから、お前さんでも使える。見ていてごらん」
おばあさんはカウンターの古びてささくれ立った天板に、インクもつけずに果物の絵を描いた。柔らかな光を放つ羽に見とれているうちに、描かれた果物が橙色に変わり、浮かび上がった。
「
息が止まりそうなほど驚くジュキの目の前で、おばあさんは柑橘系の果物を半分に割った。薄暗い室内に新鮮な香りが舞い上がる。
「食べてごらん」
差し出された一房を口に放り込むと、甘酸っぱい果汁が広がった。
「本物だ!」
期待と興奮でいっぱいになって、ジュキは魔法の羽根ペンを受け取った。
「ありがとう、おばあさん!」
─ * ─
ジュキは魔法の羽根ペンで、どんなものを具現化させるのかな?
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