第3話
「どうして揚げ玉であんなに美味しさが変わったんですか?」
揚げ玉だけではないんだがな。
他にも小手先のテクニックを使用しているのだが。
「実はなー、あの揚げ玉は『天ぷら屋さん』のものなんだ。揚げ玉下さいと言えば、無料で貰えるぜ」
「えっ!? 無料!? あ、あんなに美味しい旨味成分が残っているものが……」
「驚くのも無理はねぇーよ。俺自身も最初はビビったし」
天ぷら屋さんの揚げ玉は、肉、海鮮、野菜の旨味が凝縮されている。全ての旨味を兼ね揃えていると言ってもいいだろう。
実際に当たりを引けば、切れ端程度の天ぷらを食べられる。
貧乏学生にとっては、宝の山だ。
「あんなに美味しいものが無料って怖いです……何か裏がある気がします」
「裏とかあるわけねぇーだろうが。怖いこと言うなよ」
「実は違法で手に入れた食材だったりして」
某県の格安海鮮丼ランチが、実は違法漁業でしたーという話は聞いたことはあるけれど。
「天かすは、元々捨てるんだろ。天ぷらを揚げ続ける度に、勝手に出てくるわけだし」
「でも、あたしなら絶対に有料で売り捌きますよ」
「お前は商売上手だな。だが、リピーターを増やすことが重要だろ。腹一杯食べてもらって、帰り際には揚げ玉ももらって。これで満足して帰ってもらう方が、店側に得があるんだよ」
焼肉屋さんに行った後とかに、お口直しの飴玉とかガムを貰ったら、また行きたいなとか、また来ようと思えるわけだし。
結局な話、ちょっとした心遣いや小土産が嬉しいんだろう。
「な、なるほど……一理あります」
ふむふむと頷くリア。彼女なりに納得したようだ。
◇◆◇◆◇◆
部屋の中に銀髪美少女が居る風景。
普段と変わらない部屋なのに、違う場所に居るみたいだ。
その張本人足るリア・フォスターは炬燵に入り込んでいる。
「それで黒羽蓮。かきたまうどんの美味さの秘訣を教えてください」
「実はな、あのスープに少しだけ片栗粉を入れてんだよ。とろみがあって美味かっただろ?」
「なるほど……あのとろみは片栗粉だったんですか。で、でも……普通家庭で食べるうどんは、もっとねちょっとしてるはずです。でも、あなたが作ったものは違った。どんな手品を使ったんですか?」
「種も仕掛けもない。使ったのは市販の冷凍讃岐うどん。スーパーで5袋入り税込200円前後で売ってるものだぜ。で、それを3分半電子レンジでチンしただけだ」
「……な、なるほど。電子レンジを使うので麺を茹でる必要がなかったわけですか。普通湯に浸したうどんは伸びてしまい、味がねちょっとしてしまうから」
「ご名答。その通りだ。普通に茹でてしまうと、どうしても麺が伸びてしまう。コシがなくなったらうどんの旨味が半減してしまう。それは絶対に避けたいからな。他にも、みりんや酒を入れてなぁー。って、なんだよ……お前のその顔」
プクッと頬を膨らませて、異議ありと言いたげだ。
「長話はいいので、もっと食べたいです」
「さっきも言ったろ? 俺は貧乏学生だ。冷蔵庫が空っぽなんだ」
「どうしてですかー。どうしてですかー。もっと食べたいです……」
一目見ただけで分かるほどに落ち込んでいる。
受験に失敗した生徒みたい。gard●n of ed●nを流してやりたい。 (ドラマ版『ライ●ーゲーム』で流れる曲)
「何落ち込んでるんだよ。また来ればいいだけだろ?」
「一人で飯を食うのは寂しいし。美味いと言ってくれる人に、もう食べさせないってのは俺の流儀に反するからな」
「や、約束ですよ……ぜ、絶対ですよ。絶対にまた食べさせてくださいよ」
「絶対に来ますって、俺を殺す予定はどうなったんだ?」
第一目標を完全に忘れてやがる。
殺される側から教えられて、リアは大きめに、はっと声を出し、顔を背けつつも。
「きょ、今日のところは……み、見逃してあげるだけです。つ、次……またここに来たときに美味しいものを食べさせてくれなかったら、そのときは殺してあげます」
「やれやれ……抹殺ね。やれるものならやってみろよ」
挑発的な物言いで呟き、俺はリアを見据えて。
「食いしん坊なお前を俺の料理で返り討ちにしてやるから」
「……ち、違います。あ、あたしは食いしん坊ではありません」
暫くの間、リアは俺の家で寛いでいた。物足りなかったのか、お菓子の袋を開け、バリバリと頬張っていた。甘い物と辛い物を一緒に食べたいらしく、ポテトチップスとしっとりチョコが彼女の胃袋に収められてしまう。恐るべき食欲。
「おい、そろそろ起きろ」
腹を満たしたのか、リアは炬燵に潜り込み寝てしまったのだ。スヤスヤと気持ちよさそうに眠る姿を見ると、そのままに放置してあげたかったけれど、この家は一人暮らし限定なのだ。貧乏学生向けの格安アパート。お金には逆らえない。
「食ったら寝るって、お前は動物かよ。欲の権化めっ!」
さっさと炬燵から出ろと、俺は炬燵の掛け布団をバタバタと動かして、冷たい空気を流し込む。公安特殊迷宮課の天才でも寒さには耐性を持ち合わせてないらしい。
「ぎゃああああああーーーー。さ、寒いですー。寒いですー」
リアは叫んで、毛布の掛け布団を頭まで被ろうとするが、立ち退きを命じられる可能性がある俺は容赦するはずがない。
「悪いな、リア。不満があるなら大家に言ってくれ」
寒さに耐えきれなくなったのか、リアは渋々と言った表情で炬燵からムクリと出てきた。寒いのか、肌を擦り合わせている。
「黒羽蓮……あなたは知らないんですか? 炬燵と女性のスカートだけは、絶対に捲ってはいけないという掟があることを」
「布団も追加で頼む。朝から捲られると、軽く殺意が芽生えるんだよなぁー」
「短気なんですね。寛容な心を持てばいいのに」
冗談で言ったつもりが、短気扱いされちまった。
後、リアだけには言われたくないね。人を殺すとか言ってた奴には。
「それでは黒羽蓮。次会うときは覚悟しておいてください」
炬燵で睡眠を取った結果、喉が渇いたのだろう。
リアは水をゴクゴクと飲み干した後、そう言ったのだ。
「おう。分かったよ。お前も覚悟しとけよ。今日みたいによだれ垂らすんじゃねぇーぞ」
「……ご、ゴクリ……あ、アレはあなたが悪いんです。あんなに美味しいものを作ってしまうから」
「有り合わせで作っただけなんだけどなぁー。まぁー楽しみにしとけよ」
彼の返答を聞き、リアはコクリと頷き、ベランダへと向かう。
「それでは、また会いましょう。次会ったときは殺してあげます」
彼女は捨て台詞を吐き、空高くまで飛び上がり、闇の中へと消えていった。
「それじゃあ、次アイツが来てもいいように早速新たなレシピでも考えるとするかな」
◇◆◇◆◇◆
翌日、黒羽蓮が学校終わりに自宅へと戻ると――。
「おい、お前……また今日も来たのかよ」
「今日こそは殺してあげます」
「やれやれ……俺の人生は面倒なことになりそうだ」
これは――。
暴食の果実を食べて、魔女に呪われた少年と。
そんな少年が作る禁断の料理に人生を狂わせられた少女の物語。
――月見うどん編完結――
迷宮背徳メシ〜俺の違法飯に堕ちた女、逮捕するどころか胃袋を掴まれて離れられない〜 平日黒髪お姉さん @ruto7
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