第2話ダンジョン
依頼の日、道中で見つけた小さな野生の動物たちが、妙に懐かしく感じられた。
バジリスクのヒナたちと重ねてしまう自分がいることに気づき、俺は少しだけ目を閉じた。
「よし、俺たちもまた一歩ずつ前に進むしかないよな。」
俺がそうつぶやくと、前を歩くユーキが振り返り、珍しく満面の笑みを見せた。
「その通り。一緒にまた歩いていこうぜ。」
護衛依頼をこなし、ギルドから報酬を受け取る。
その後も、簡単な依頼を中心にこなしていくが、徐々に勘が戻ってきた。
「ユーキ、そろそろ難易度を上げていって大丈夫だ。ダンジョン関係の依頼もこなしていこうぜ。」
「元気になったようで何よりだけど、ほどほどにな。」
ユーキが苦笑いしながらこちらを振り向く。
「まあいいや。ちょうどギルドから『既に攻略済みのダンジョンで調査依頼がある』って話もあったし。行ってみるか。」
冒険者ギルドに寄ってダンジョン調査の依頼を受注する。
ダンジョンは人里離れた山奥にあり、普段はモンスターが巣くっている危険地帯だが、先にほかの冒険者パーティが攻略したという情報があった。
そのため、よほどの奥地でなければ危険は少ないはずだ。
「ふーん、思ったより普通の洞窟っぽいな。」
ランタンに火を灯し、軽装の鎧を身につけ、ゆっくりと内部へ足を踏み入れる。
下り階段を進むたびに、冷たい空気と湿った匂いがまとわりついてくる。
最初のフロアに足を踏み入れる。
入り口から少し歩くと、小さなスライムとコウモリ型の魔物が現れる。
目の前に現れたスライムを見て、俺は剣を構えた。
「こいつら、そんなに強くないだろ。ユーキ、どうする?」
「お前がやりたいならやれば? こっちは援護に回るから。」
彼女が軽く肩をすくめるのを見て、俺はスライムに向けて一気に突っ込む。
スライムはぷるぷると体を揺らしながらこちらに向かって跳ねてきたが、剣の一閃であっさりと真っ二つにされた。
「おー、いい動きだな。」
後ろで腕を組んで見ていたユーキが、冷静に感想を述べる。
次に現れたコウモリ型の魔物は飛び回って攻撃を仕掛けてきたが、ユーキの魔法で動きを封じ込め、その間に俺が剣で仕留めた。
「いいコンビだな、俺たち。」
俺がニヤリと笑いかけると、ユーキは呆れたようにため息をついた。
「まあ、そこそこね。」
ダンジョン進行の邪魔になりそうな魔物は大方排除できた。
少し余裕が出てきて洞窟の中を見渡すと、なかなか自然が豊かな場所のようだ。
「ほら、見ろよあのコウモリ…なかなか大きいぞ。餌が豊富なのか。お、あっちのスライムはブルースライムか?」
「おい、じっくり観察してる時間はねえから。先進むぞ、ダイス!」
その後も、湿った岩肌を手で触れながら進んでいく。
水滴の落ちる音が、暗い道の奥でかすかに響いていた。
「まぁ、既にお宝は根こそぎ持っていかれた後ってことだろう。俺たちは残りカスでも探しながら、危険なものが残ってないか確認する係さ。」
ユーキは落ち着いた足取りで、片手に杖を携えていた。
どこかで小型モンスターが出てもすぐ対応できるようにしているのだろう。
ダンジョンの通路は、確かに大がかりな仕掛けや罠が解除された跡があった。
砕かれた鉄格子、呪文陣の残骸、骨と化した魔物の死骸などが散らばっている。
「なーんか拍子抜けだな。ちょっとくらい手ごたえあってもいいのに」
周囲を見回しながら、小声でぼやく。
ところが、そんな言葉が終わらないうちに、違和感を感じて足を止める。
「…今、聞こえたか?」
ユーキも耳をすませる。コツ、コツ、としずくの落ちる音にまぎれて、何かか細い鳴き声のようなものがした気がする。
「な、なんだ? 今の声…。」
辺りを見回すが生き物の気配はない。
すると再び、かすかに「ヒヨッ…」と幼い鳥のような鳴き声が響いた。
「…バジリスクのヒナ…に似てる。」
ユーキも驚いたように声を上げる。
それは、ほんのわずかにヒナたちの声を思い出させる響きだった。
「まさか、こんなところにいるわけ…。」
俺は唇を噛む。もし本当にバジリスクのヒナだとしたら、どうしてこんなダンジョンの壁の中から?
鳴き声が聞こえた壁を丹念に調べると、ほかの岩肌とは明らかに違う質感の石が見つかった。
「これ……どう考えても人工的に積まれた石だな。」
ユーキが杖の先で軽くたたくと、コンコンと中が空洞のような音がする。
「ちょっと待って。これをどかせそうだぞ」
俺は体重をかけて石を押す。
すると、ガラガラと音を立てつつ、壁の一部がスライドするように動いた。そこには薄暗い通路が続いている。
「隠し通路か…。先行したパーティも見落としたのかもしれないな」
ユーキが慎重に杖をかざして、照明魔法の光をともす。
通路は想像以上に狭く、背を丸めないと通れないほど。
しばらく進むと、小さく広がった空間に出た。
目についたのは、中央にぽつりと置かれた古びた宝箱。
「もしかして、鳴き声は幻聴だったのか? あるいは結界でも張られていて、何かの幻が見えたのかも…。」
ユーキが警戒して杖を構える。
「とにかく、宝箱があるなら開けない手はないな。既にトラップは解除済みかもしれないけど、念のため気をつけろよ。」
手を挙げてユーキに応える。
宝箱に慎重に近づき、外観を調べる。鍵はかかっておらず、蓋も少し浮いた状態だ。
少しだけ蓋を開けてみるが、罠が作動する気配はない。
完全に開けてみると、中には古い書物が入っていた。装丁は革製で、角が擦り切れている。
「なんだ、これ…?」
手に取ると、表紙は劣化が激しく、ほぼ読み取れない。背表紙に薄く刻まれた文字が見えるが現代のものではなかった。
思わずページをめくると、見たこともないような魔物のイラストや、生態のメモ書きが細かい文字でびっしり綴られている。バジリスクらしき生物の挿絵もあり、頭と胴は鳥、尾は蛇という特徴が細かく描かれていた。
「魔物図鑑……か? 随分と年代物っぽいな。」
ユーキも興味深そうに近寄り、その書物をのぞき込む。
「すごいな…。ここまで詳しく描かれてるなんて。バジリスク以外の魔物もいっぱい載ってるぞ。」
魔物については書かれた書物はほとんどない。あっても体長や攻撃方法など、討伐のための簡易な情報が載っているだけだ。
ここまで詳細が載っている書物はこれまで見たことがなかった。
文字は読めないが、挿絵だけでも色々な情報が分かる。夢中になり、ページをめくる手が止まらない。
一方、ユーキは室内をざっと見回してから、宝箱の周りをもう一度調べた。
「さっきの声は気になるけど、ここには他に何もないみたいだな。幻か何かの残留思念かもしれない」
しかし、ユーキが話すのを聞き流して、俺は魔物図鑑を黙々と読み進める。
すごい、グリフォンやドラゴンのことまで! いや、スライムの情報もかなり詳しい。これなら…。
「ダイス……? どうしたんだよ」
その呼びかけに、ハッと顔を上げた。
そして、自然と口をついた言葉に自分でも驚く。
「…また、育てたい。魔物を…。失敗したけど、俺、やっぱり諦めきれないんだ。」
バジリスクを育てた日々を無理やり忘れようとしていた、諦めようとしていた。だが、やはり無理だ。
自分は魔物が好きで、自分の手で魔物を育てたいのだ。
ユーキは面食らったように一瞬黙り込む。
「本気か? あんなことがあったばかりだぞ」
「わかってる。だけど…。」
俺はぎゅっと魔物図鑑を抱きしめるように胸に当てる。
「バジリスクを飼うことに失敗したのは、俺たちの準備不足や知識不足もあったと思う。だけど、この図鑑に載ってる知識があれば、ちゃんと魔物を飼育して、世話をして、共存することができるかもしれない。俺、魔物を飼える場所――そうだ、魔物牧場みたいなのを作りたい。」
ユーキの表情が険しくなる。
「また無謀な計画を……。」
ユーキはため息をつきながら俺の顔を見返してくる。
その顔は、こちらの真意を透かし見るようだった。
いつものように思いつきだけで後先考えていないのか、真剣に考えて覚悟を決めているのか。当然、今の俺は後者だ。
その覚悟を読み取ったのか、ふっと笑うと背を向ける。
「……とりあえず、家に帰ってから詳しく話そう。まずはその図鑑をしっかり読んでみないとな。」
「ありがとう、ユーキ。お前が一緒にいてくれるなら、必ずうまくいくって俺は信じてるからさ。」
その後ろ姿に笑顔で話しかける。
宝箱があった部屋に他も何かないか確認したものの、それ以上めぼしい物は見つからなかった。
俺が先に立って隠し通路を戻り、元のダンジョンの道へ戻った。
入り口に戻る途中で再びスライムの集団に遭遇し、やや苦戦したが、ユーキの火球魔法でなんとか切り抜ける。
ダンジョンの出口にたどり着く頃には、外の夕暮れが赤く染まり始めていた。
町へ帰りながら、ユーキと魔物牧場について話す。
「現実的に考えて、色々と不足しているよな。普通の動物を飼育するような広いスペースが必要だし、柵や小屋も作らないと。そのためには金もいるだろ。あと、肝心な魔物をどこから調達するかだな。冒険者ギルドに依頼を出してみるか。あー、また金がかかる。」
「そこらへんはもちろん大事だが、バジリスクの時みたいに人間を襲うようになったら牧場どころじゃないぜ。俺たちが怪我するくらいならマシで、狂暴な魔物が脱走して町の人間を襲ったりしたら…。襲われても大丈夫そうな、弱い魔物に限定するか。私の魔法で洗脳してもいいけど、長時間はもたないし、かけなおし続けると耐性がつくから現実的じゃないしなぁ。」
「そこらへんも、さっきの本に載ってるいいんだけどな。洗脳魔法が効きやすい魔物とか。あー、前途多難だな。まあ、一つ一つクリアしていこうぜ。」
せっかく本当にやりたいことが分かったんだ。
多少の困難は望むところ。自分の内側から闘志がふつふつと湧いてくるのを感じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ギルドへの報告もそこそこに、家に戻って本についた埃を拭きとり、慎重にページを開く。
やはり、魔物の特徴や生態が細かく載っているようだ。
表紙の文字はかすれてほぼ消えかけているため、便宜的に魔物図鑑と呼ぶことにした。
文字の大半は見慣れない古語か暗号めいていて解読しないと読み進めることができない。
ユーキが昔読んだ文献を参考にしながら解読できそうだということで、しばらく任せることにする
その晩、遅くまでユーキの机の灯りが消えることはなかった。
翌朝早く、ユーキに叩き起こされた。
「おい、ダイス。この本、マジでやばいって。」
いつになく興奮している。
冷たい水を渡し、落ち着かせる。
「ふう、落ち着いてきた。魔物図鑑だけど、闇雲に読み進めても不要な情報を解読してしまうと無駄になるから、まずは目次っぽいところを解読したんだよ。で、だいたいは魔物の名前が目次になっていたんだけど、気になる章があったんだ。その名も『魔物の本能制御と条件付け』。」
ユーキの話を要約すると、その章には次のようなことが書かれていたらしい。
1.魔物には、成長すると本能的に人を襲うようプログラムがインプットされている。
2.このプログラムは生まれた直後であれば削除・編集・追加可能で、その際に様々な条件を追加することができる。
「…マジかよ。これまでそんなこと聞いたことがないぞ」
ひょっとして魔物図鑑は貴重なアーティファクトなのでは…。それこそ、これまでの常識を一変させてしまうような。
そんな俺の様子を見て、ユーキは声を張り上げる。
「おいおい、テンション低いぜ! それとも理解が追い付いていないのか? この本には、魔物が生まれた直後に適切な処置さえすれば、もう人間を襲わなくなるって書いてあるんだぜ。お前の夢がかなうじゃないか! 魔物をたくさん飼育したいんだろ? 」
意外だった。
ユーキは魔物牧場には反対だと思っていた。
でも、それが実現できそうという方法が見つかったことをこんなに喜んでくれるなんて。
「まったく、お前は昔からそういうところがイケメンだな。」
「可憐な女性に向かってイケメンとは、失礼な奴だな。」
そう言い合って、二人で笑いあった。
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