牧場で魔物を飼育することにしました
@Umezou123
第1話バジリスク
「ユーキ! お願いだから買っていいだろ! バジリスクの卵だよ? しかも有精卵だって! めったに手に入らないんだって! こんなチャンス、二度と来ないかもしれないじゃん!」
俺は冒険者ギルドの片隅で、子供のように目を輝かせて仲間のユーキに迫っていた。
背丈はそこそこあるのに、こういうときだけ妙に落ち着きがなくなるとよく言われる。
でも、仕方ない。あの卵を見た瞬間、心臓がバクバクして止まらなくなったんだ。
ユーキは肩をすくめながら呆れたように頭を振っている。
「お前、それがどれだけ危険な代物か分かってるのか? 孵化したらどうするんだよ。バジリスクだぞ? 普通のペットじゃないんだぞ?」
「ヒナから育てれば懐くかもしれないじゃん! ほら、刷り込みってやつ。」
俺はさらに前のめりになって、ユーキの袖を引っ張った。
ユーキはため息をつきながら、眉間に手を当てる。
ユーキの髪色は白く、強い意志を宿した大きな瞳が特徴的だ。服装は実用性と動きやすさを重視したラフな装いだ。上半身はクリーム色のチュニックシャツで、その胸元には細めの紐がついており、襟元を緩く結んでいる。下半身はダークブラウンのスリムなズボンで、膝や太ももの部分には補強用のパッチが縫い付けられている。美人というよりも可愛いという形容詞が似合う、れっきとした女性だが…。
「……ダイス、落ち着けって。俺たちの仕事はただでさえ危険なんだから、余計な問題を増やすなって。」
「そこをなんとか! お金なら俺が出すから!」
胸ポケットから小銭袋を取り出して振ってみせた。かすかにチャリンと鳴る音。
俺はこの日のために少しずつ貯めておいたんだ。どうしても、どうしてもバジリスクの卵が欲しかった。
ユーキは困り果てた表情を浮かべる。
彼女は生来の慎重派だし、昔は宮廷魔法使いになるべく魔法の修行をしていたらしいが、性に合わず途中で諦めたと聞いた。
でも、危険を察知する嗅覚は鋭い。
実際、俺が絡んだ無茶な計画を何度も止めてくれた実績がある。
「頼むよ、ユーキ。お前が一緒なら絶対大丈夫だって!」
俺はさらに熱く訴える。
いつもならここで諦めることも多いけど、今回は絶対に譲れないんだ。
「バジリスクなら、二人で討伐したこともあるだろ。いざという時が来ても大丈夫だって。」
「そういう問題じゃない!」
ユーキは声をあげたが、俺の瞳がキラキラしているのを見て、言葉を飲み込んでしまった。
「はぁ……一体どうして俺がいつもこうなるんだ……」
結局、いつものごとくユーキが折れ、特大のため息をつくのだった。
購入したバジリスクの卵は四つ。
ひとつひとつ布で大事にくるんで、俺たちが住む町はずれの一軒家へ運ぶ。
ユーキは「私が魔物の卵なんてものを運ぶ羽目になるとは。」とぼやいていたが、俺にとっては宝物だから、多少無理をしてでも安全に持ち帰らないと気が済まない。
商人から聞いた話によれば、バジリスクの卵は人間の体温よりちょっと高いくらいで温めると孵化するらしい。
期間は長くて3週間程度だが、既に産んでから期間が立っているのでもう少し短いだろうとのこと。
幸い俺とユーキはすでに暖炉や簡易保温装置を自作した経験がある。
アジトに着くや否や、早速卵を温めるための準備に取り掛かった。
「これが……俺たちの新しいペットになるかもしれないんだよなぁ」
卵を見つめながらそう呟くと、胸がドキドキする。
「変に期待しすぎると痛い目見るぞ。孵化しない可能性だってあるんだから」
ユーキの言葉は厳しいが、実際そうかもしれない。
だけど、この高揚感は止められない。
卵を保温装置にセットする。あとはたまに卵の向きを変えながら放っておくだけだ。
待っている間に、飼育場所の準備を始める。
ヒナの間は部屋で育てるとしても、いずれ大きくなったら手狭になるのは明らかだった。
ユーキも「普通の部屋で飼うのは危険だ」と心配しているし、大きくなったバジリスクを飼育する場所を準備する必要がある。
そこで家の裏手に大きめの鶏小屋を作ることにした。
せっかく卵を買ったんだ、準備は念入りにしておかないと。
翌朝、さっそく鶏小屋の製作にとりかかる。
「どうせ孵化したらヒナは鶏みたいな体だろ? ここでしばらく育てようぜ!」
俺は興奮ぎみに木材を組み立てる。元来こういう日曜大工的な作業は嫌いじゃない。
「…少なくとも室内よりはマシだな。」
ユーキは顔をしかめながらも、道具を手渡してくれたり、木材を押さえてくれたりと、しぶしぶ協力してくれる。
数日かけて完成した鶏小屋は決して豪華な作りではないが、小さなフェンスを巡らせて野生動物が入り込まないように工夫した。
扉にも頑丈な鍵をつけ、補強のため壁の板を二重に重ねる。
一般的な鶏小屋と同様に、バジリスク達が普段生活するスペースと、卵を産むためのスペースを別にした。
ただ、バジリスクの成鳥は1メートルにもなる。卵を産むためのスペースは人間の子供が座れそうなほど大きくなった。
「完璧だな!」
そう言いながら見渡す俺に、ユーキは冷ややかな視線だ。
「まあ、何とかなるだろう」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そこから一週間ほど経ったある日、保温器に入れていた最初の卵がピシリと音を立て、ヒビが入った。
「ユーキ、ユーキ! 来たよ、来た!」
俺はユーキの袖を引っ張りながら大声で呼ぶ。
彼女も慌てて飛んできて、卵を見つめる。
殻が少しずつ動き、中から細いくちばしが顔をのぞかせた。出てきたのは、まるで普通の鶏のヒナのように見えるが、尾は細長く蛇そのもの。
ピヨピヨと精一杯鳴いている姿に、俺はもう興奮が止まらない。
「すごい…本当に孵った…! 見ろよあの目、めちゃくちゃ可愛いじゃん!」
「いや、可愛い…のか?」
ユーキは一歩引き気味だが、俺にはこの奇妙な外見が神秘的でたまらない。
あと三つの卵もうまく孵ってくれ!
しかし、その後孵った卵は二つで、残りの一つは卵の中で成長が止まってしまっていた。
残念だがこればっかりは仕方がない。
このため、生まれたヒナは全部で三羽。
俺たちは毎日世話をしながら、なるべくコミュニケーションをとるようにした。
名前も付けた。つくね、唐揚げ、親子丼だ。
餌は庭にいた昆虫や、野菜くずを与える。
ヒナたちは俺たちを親と思っているのか、俺の腕に乗って寝たり、ユーキの足元をうろうろしたりと、懐いているように思えた。
10日ほど経つと、生まれたときから二回りほど大きくなったが、羽はまだ黄色いフワフワのままだ。
20日ほど経つと、徐々に羽が生え代わりはじめる。お尻のフワフワとした羽は抜け、大人の鶏のような硬い羽が伸びてくる。
一方で、尾の蛇の部分についても脱皮があった。残念ながら脱皮の瞬間は見ることができなかったが、朝見ると透明な脱皮のあとの皮を見つけた。
ひと月ほど経つと、彼らのフワフワした羽毛は頭以外ほとんど生え変わり、蛇の尾には鱗が目立ち始めた。
そろそろ鶏小屋に移そうという話が出て、ユーキと相談してヒナたちを引っ越しさせることにする。
「もう狭いし、外のほうが伸び伸びできるだろうしな。」
移動自体はスムーズにいったが、そのころからバジリスクたちの様子が明らかにおかしくなっていく。
鶏小屋に近づいた俺たちを威嚇するように攻撃的な声を上げる。
小屋の中に入ろうとすると、蹴爪で足を狙ったり、尾をくねらせたりと、明らかに敵意をむき出しにしてくるのだ。
「…これ、懐いてるって言えないよな?」
「まぁ、飼い犬でも外に放すと野生っぽくなることはあるけど、これは想像以上だな」
体長はまだ鶏の成鳥ほどだが、くちばしや爪は鋭いし、蛇の尾がチラチラと揺れる様子はかなり迫力がある。
無理に触ろうとすると怪我をしそうだ。
いや、このまま大きくなった場合、怪我だけでは済まないかもしれない。
万が一、鶏小屋から逃げ出した場合、周囲の人間に被害が出てしまうかも。
考えたくもなかったが、最悪の場合は俺たちの手で処分することも考えなければいけないかもしれない。
バジリスクの有精卵を手に入れ、かわいいヒナ達が孵ったことで浮かれていたが、魔物を飼うことを軽く考えすぎてしまっていたのではないか。そんな風に悩むことが多くなってきた。
そんなある朝だった。
いつものように鶏小屋に行って餌をやろうとすると、そこには信じられない光景が広がっていた。
小屋の扉は閉まっているのに、中は荒れ放題。
羽毛と血痕が散らばり、あれほど元気だったバジリスクたちの姿が見当たらない。
「な……なんで……?」
俺は思わずその場にへたり込んだ。
ほんの数日前までは、いくら攻撃的になったとはいえ、そこにちゃんとバジリスクたちがいたはずなのに。
すぐにユーキが駆け寄ってきて、地面に目をやる。
「これ、たぶんキツネだな……。穴を掘って侵入したみたいだ。」
地面には動物の足跡が残り、鶏小屋の壁の下に外とつながる小さな穴が開いていた。
俺は怒りとか悲しみとか、いろんな感情が混ざって、ぐちゃぐちゃな気分になった。
「そんな…。俺たち、こんなに一生懸命育てたのに…っ!」
拳を握りしめ、必死に涙をこらえる。
ユーキがそっと俺の肩に手を置く。
「これも自然の摂理だ。俺たちが完璧に準備できていたわけじゃない。」
「くそ…。なんで…なんでだよ……!」
その日はずっと落ち込んで、頭が真っ白になったまま、まともに食事さえ喉を通らなかった。ユーキが「仕方ないよ…。休もう」と言ってくれたが、俺は自分の至らなさを責める気持ちでいっぱいだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから数日。
バジリスクのヒナたちを失った悲しみは、俺の心にまだ重くのしかかっていた。
朝起きるたびに、小屋へ行ってしまいそうになる自分をこらえては、何もない空間を見つめる。
そのたびに、あの小さな鳴き声や、フワフワした羽毛の感触がよみがえってくる。
ユーキはそんな俺を気遣いながらも、ほとんど声をかけずにそっとしておいてくれた。
下手に言葉をかけられるよりもありがたい。
しかし、いつまでも悲しんでいるわけにはいかなかった。
俺とユーキの本業は冒険者だ。生活費はギルドでの依頼をこなすことで賄っているが、最近はバジリスクの世話に夢中になりすぎて、本業をおろそかにしていた。
その影響で、蓄えもかなり心もとなくなってきている。
「ダイス、そろそろ仕事に戻らないと、本当に生活が危ういぞ。」
ある朝、ユーキがぽつりとそう言った。
俺もそれはわかっていたが、なかなか踏ん切りがつかなかった。
「…わかってる。でも、なんか体が動かないんだ。」
「そうだと思った。」
ユーキはため息をつきながらも、そっと机の上に一枚の依頼書を置いた。
「これは、比較的簡単な護衛依頼。あまり危険な場所じゃないし、ちょっとリハビリにはいいだろう。」
その依頼内容を見て、俺はしばらく黙っていたが、ようやく小さくうなずいた。
「……ありがとう。やってみるよ。」
「よし、じゃあ早速準備しよう。」
ユーキが軽く笑いながら荷物をまとめ始めたのを見て、少しだけ肩の力が抜けた気がした。
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