崖っぷちスーパー 決死のポイント10倍デー

ケーエス

本日はなんとポイント10倍!

「店長! 本気ですか!」

「やるしかないんだ、そうしなければ!」

 五十嵐店長は大口を開けた。

「この店は潰れる!」

 崖っぷちとはこのことか、スーパー五十嵐崖の上本店は、名前通り波しぶきが迫りくる崖の上にそそり立っている個人スーパーである。崖の上から飛び降りようとする若者を食い止めようという五十嵐店長の偽善意識により建てられたスーパーは若者のセーフティーネットとはなったものの、店のセーフティーネットはどうであろうか。駅から車で30分、周りには荒野と海しかないという実に壊滅的な立地のため売り上げは伸びず、このままでは店が崖から飛び降りることになるという文字通り崖っぷちな状態なのであった。


 店長は施策に打って出た。ポイント2倍デー、3倍デー、5倍デー、そして今日は10倍デーだ。

「今までのポイントデーは全くの効果がなかったからな。もうこれで客が来なかったら――」

 店長は唇をかみしめた。

「閉店する」

 ポイントデー当日の朝礼。かつて命を救われ、店員となった若人たちは口々に言葉を走らせた。

「そんな!」

「そんなこと言わないでください!」

「駅前に引っ越しましょうよ!」

「バカ野郎!」

 店長は本気だった。

「このスーパーがなければこの崖はまた自殺の名所になってしまう。お前らそれでいいのか! だから引っ越しはしない!」

 こうなればもう誰も店長を止めることはできない。みんなは顔を見合わせ、決心した。

「本日の予算は1000万円! 新鮮で最高の食材を準備するんだ! みんな、よろしく頼む!!!」

「「「はい!!!」」」

 店員たちは急ピッチで準備を進めた。段ボールを開けるたび、商品を並べるたび、彼らは思い浮かべた。目の前の駐車場が車で埋まり、たくさんの客がやってくる姿を。彼らは導かれるようにして店内を歩いていく。野菜を、魚を、肉を、お酒を、最後につられてレジの前のお菓子を買っていくのだ。

「今日はすき焼きにしようかな」

「ママ、お菓子買っていい?」

「あはは、こんなに買っちゃったよ。車に入りきるかな」

 満面の笑みで。


 さあ、開店時間だ。店長が店内放送を入れる。

「スーパー五十嵐崖の上本店! 開店いたします!」

 遂に史上初、決死のポイント10倍デーが始まった!





「店長、休憩入ります~」

「うい」

 最初に命を助けられた副店長がエプロンを外しながら事務室を出ていった。開店から数時間が経過し、この季節では太陽が早くも傾きだす。この店の経営も傾き出す―。

「あああ!」

 五十嵐店長は頭を抱えた。いまだ客数ゼロ。この事実が店長を常闇に付き落そうとしているのであった。初めは元気に魚をさばいていた店員も、売り場と作業場をうろちょろ回遊しだす始末。店員たちの士気は完全に下がっていった。



 店長が店前で遠くの海を見ながらタバコを吸っていたところ、背後から音がするのがわかった。店長は即座に振り返り、双眼鏡を手にした。

「車だ! 車だぞ!」

 彼はタバコを投げ捨て、店に駆け戻った。店長の雄叫びに店員たちがよろよろと集まってくる。

「どうしたんですか?」

「車だ! 車だよ! お客様が来られたんだよ!」

 その言葉にみなが水をかけられた植物のように生き生きとし始めた。総員、定位置に着く。

 が、副店長を無理やり引きずりだし、店の前に出た店長はハアッとため息をついた。


「またお前か」

 車から出てきた本日最初のお客、それは……。

「それはこっちのセリフでございますよ」

 にこやかな顔。だがしかし目は死んでいる県職員であった。彼はこの地に統合型リゾートの建設が決まってからというもの、足げなくこのスーパーに通っている太客である。もちろん彼のお目当ては新鮮な魚などではなく、この土地である。

「なんでしょうか、これは」

 職員は死んだ目を入り口近くで死んだようになびいている旗に向けた。

「見たらわかるだろ、今日はポイント10倍デーなんだよ」

「あっはっは」

「何がおかしいんだ」

「いえ私以外に誰も来られないスーパーでポイントデーとは滑稽な話だと思いましてね」

「客はポイント10倍、お店も売り上げが伸びてwin win。素晴らしいことじゃないか」

「ゼロに何をかけてもゼロでしょう?」

「それはそうだが……」

 店長は下を向く。

「とにかく、ここは開発地域に指定されていますから、駅前に移転された方がよいかと。もちろん補助金はお出しします。その方がお客も増えてよいのではないでしょうか」

 職員は2週間前と同じ文言を一字一句変わらず喋った。まるでテープレコーダーのようである。

「だから! 俺はここで自殺する若者を止めるために! ここで営業してるんだ。これまでコイツとかここにいるみんなとかもともとあそこで立っていたやつらなんだ。スーパーが無くなればまた身を投じるやつが出てくる、その前に一回立ち止まって欲しいんだよ!」

 店長は副店長や崖やスーパーを何度も指さしながら熱弁した。

「お言葉ですが別にスーパーである必要は無いかと思います。監視カメラをつけておくという手もあります。それにもうしばらくここで自殺者は出ておりません」

「ほら俺のおかげじゃないか」

「リゾートを建ててしまえば人の目ができますから自殺者が出ることも防ぐことができます。おそらくスーパーよりかは人が訪れるかと」

「ぐ……」

「五十嵐さん、スーパーはね。生鮮食品を扱う店舗です。住宅地の近くにある方が売れるのですよ。なぜスーパーにこだわるのですか?」

「それは」

 店長はまた海の遠くの方を見つめた。

「スーパーに救われたからだよ」




 俺はどうしようもない生活してた。会社で上司に罵倒されリストラ。気づけばタバコにギャンブル、借金。親の金を盗んだこともあった。彼女にも見捨てられた。もう何もできなくなって、もうどうにもなれって。気づけばここに来てた。崖の下を見た。海が波打ってた。あそこに飲み込まれたら楽になれるかなって。飛び込もうとしたんだ。

 

 でもその時、背後から呼び込み君の音がしたんだ。俺は振り返った。そこには今までなかったはずのスーパーがあったんだ。呼び込み君が俺を呼んでいる。俺は無我夢中で走った。自動ドアがさっと開いた。俺は音のある方に向かった。惣菜売り場、そこにあったんだ。俺の大好きなハンバーグ弁当が。

『いらっしゃいませ』

 レジへ向かった俺を待ち受けていたのは羽根の生えた天使だった。俺はその美しさに目を奪われた。この天使のためならなんだってするって、そう思っちまうぐらいだ。天使は軽やかに弁当のバーコードを読み取った。そして財布を出そうとする俺に『ちょっと待って』と言った。

『お代はいりません』

『なんで』

『その代わりにここに来る若者の命を救ってください。この崖はあまりにも命を奪いすぎている。元々ここは花畑が広がる場所でした。もうこれ以上むごい場所にしたくないのです』

 俺はそこで初めて他人の地獄を思い浮かべた。同じくあの崖に立つ俺みたいなやつを。そいつはどうなるんだろう。そいつが姿を消しそうになる前に俺は、

『わかった』

 と言っていた。口が先に動いたんだ。気づけば天使もスーパーもなくて弁当だけが俺の両手に収まってた。俺はあぐらをかいてハンバーグを食べて考えた。


 よし、スーパーを作ろう。スーパーを作って俺みたいなもうどうしようもなくなったやつらの居場所を作ろうと。




「なるほど、そんなことが」

 県職員は半分出まかせと思っていたが、さすが公務員である。しっかりと聞く態度を取っていた。

「いやしかしスーパーでは成り立たないのでは」

 もちろん主張する態度も取っていた。

 五十嵐店長は空を仰いだ。もう、閉店か。眼前に浮かぶ雲が増えてきた。その時、海の方から何かが飛んでくる気がした。

「ん?」

 海を見た店長は突然海へ向かって走り出した。

「ちょっと! 店長!」

 副店長も後を追いかける。店長は絶望して海へ飛び込むんじゃないのか。そんな気がしたのだ。職員がその様子を見守る。

 店長は奈落ギリギリで立ち止まった。危うく副店長が飛び込むところであった。彼もギリギリ止まった。

「あれを見ろ!」

 店長の指先を副店長は見た。副店長にも見えた。あれは紛れもなくスーパーマーケットだ。スーパーマーケットが、海の上をこちらに向かって飛んできている。ものすごい轟音がその速度を伝えてくる。


「く、来るぞ!」

 店長は副店長に覆いかぶさった。普段の何倍もの風が押し寄せる。彼らの頭上をスーパーが通過していく。しゃがみこんだ職員の頭をかすめ、カーブを描き、スーパーは五十嵐本店に向かい合わせになるように着陸した。不思議なことに風以外の音はしなかった。それでもガラス窓から見えたのだろう、多数の店員が外に出てきた。

「大丈夫か?」

「大丈夫です」

 2人は立ち上がった。職員は唖然としているようだった。彼らは店員たちと共によろよろと着陸スーパーに近づいていった。ぱっと見はごく一般的な姿のスーパー。しかし五十嵐だけは半年ぶりの実家でも見るような心地であった。

「間違いない。あの時のスーパーだ」


 そのスーパーの出入り口が開いた。天使だ。羽根の生えた天使だ。この世のどの化粧品でも再現できない艶やかな肌と、輝きを持った目、母を思い起こさせるような甘い神秘的な空気を漂わせている。天使はふわふわゆっくりと店長の目の前までやってくる。店員たちはみな赤子にでもなったかのように、職員も例外ではなく純粋なまなざしで天使を見つめた。



 ――五十嵐さん

「はい」


 ――ありがとうございます。私の願いをかなえてくださったのですね。

「はい」


 ――今日はポイントデーなのですね。

「そうです」


 ――買います。

「本当ですか?」


 天使はそこでふふふと笑った。

 ――あなたの店ごとです。

「それはどういうことでしょうか?」


 ――我々は理念を共にするあなたに『スーパーエンジェル』の現世一号店として働いてもらいたいのです。

「スーパーエンジェル? 一号店?」


 ――ええ。経営が厳しいということで女神様も心を痛めてらっしゃいます。あなたは何人もの若者を救い、居場所を与えてきました。女神様の子会社になっていただくことでこの店を存続していただきたいのです。

「いいんですか、そんな」

「水を差すようで申し訳ないんですが」

 職員が死んだ目を取り戻して言った。

「ここはリゾート開発地域に指定されているのです。このままでは退去命令が出ます」

 そのとき天使がきっと職員に目を光らせたが、すぐに元に戻った。

 ――いえ、この地でやる必要があるのです。この地でなければならないのです。例えリゾートができても今度はカジノに負けた者が次々とこの地にたどり着くと女神様からお告げを頂いているのです。

「そうだ!」

店長は職員の方を向いた。

「なあ、リゾートの脇で営業してるだけだ。小腹が空くやつもいるだろう、イートインスペースを作ろう。店舗の配置を変えてカフェを作ればいいじゃないか」

 それなら最初からカフェでいいのではないかと思ったが、天使や店員たちに取り囲まれ、ここは四面楚歌と職員は観念し、

「わかりました。なんとか国や関係者らに掛け合ってみます」

 と応じた。



 こうして決死のポイント10倍デーは、商品ではなく店舗が売り上げられ幕を閉じた。



 10年後、エンジェルスーパー五十嵐崖の上現世本店は、リゾート帰りの買い物客でにぎわい、ついには百貨店と化した。今や鉄道が整備され、このために特急を乗り継いでやってくる客もいるという。お目当てはもちろんデパ地下のハンバーグ弁当だ。例の崖は公園となっており、家族連れが遊んでいる。それでも今も五十嵐社長はパトロールを忘れない。どうしようもなくなったヤツに弁当を食わせるために。




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崖っぷちスーパー 決死のポイント10倍デー ケーエス @ks_bazz

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