第2話

 言い忘れたが、瑠奈は高校2年生だ。

 勿論、一人暮らしではない。実家から高校に通っている。

 さて、家族にどう説明したらいいものか?

「ルシファーさん」

「なんだ」

「とりあえず、あなたの名前、伊達だてさんで」

「ダテ? 何故?」

堕天使だてんしって言っても、家族が信じないと思うので」

「ふん。よくわからんが、了解した」



「た、ただいま〜」

 瑠奈が、そうっと家に入ろうとすると、バナナケーキを焼いているいい匂いが、台所からしてくる。

「とてもいい匂いがする。これは何だ?」

 気づくと、いつの間にかルシファーが、台所で母親に尋ねていて慌てた。

「あら、瑠奈のお友達? 丁度良かった。もうすぐバナナケーキが焼けるからね〜」

 全く動じることのない母。

 ルシファーは、瑠奈の方を振り返った。

「お前の名は、ルナというのか?」

「そ、そうです」

 そうか、自己紹介をしていなかった。


「俺の名はルシファー。ルナに、『ダテさん』と言えと言われている」

 ルシファーは、母親に自己紹介をする。

「ちょ、ちょっと!」

 瑠奈は慌てたが、母親は、にっこり微笑んで言った。

「伊達ルシファーさんね、私は瑠奈の母で佳子よしこと言います。よろしくね」

 瑠奈は、母親が「ど天然」で「超柔軟」な人で良かったと、心から思った。


 とりあえず、ルシファーの靴を脱がせ、自分の部屋に入れたはいいけれど。

 さて、これをどうしたものか?


 そもそも、この人、どこから帰れるのか知ってるんだろうか……瑠奈は心配になる。

「次の新月の日に、帰るための場所が光る」

 また、頭の中を読まれたような答えが返ってきた。

「この近くなのは間違いないと思う」

「でも、どうやって探すんですか?」

「空を飛んで下を見ればわかるだろう」

 あなた、一回わかんなくて、地面に激突してますよね? と瑠奈はツッコミを入れようかと思ったが、まあ、まだ暗くなってなかったし、光っていてもわからなかったのかもな、と思うことにした。


 次の新月まで? 瑠奈はスマホで調べる。あと1週間か。

「え? あと1週間あるの?」

 その間、コイツをどうしたらいいんだ??


「瑠奈〜、伊達さ〜ん、おやつよ〜」

 母親が階下から呼んだ。

「おやつだ。行かねばなるまい」

 ルシファーは、偉そうに言いながら立ち上がると、先に階段を下りて行った。

「なんであんたが先に行くのよ……」

 焦りながら、瑠奈は追いかけるように階段を下りる。


「ふ〜ん、伊達さんは迷子なの」

「いや、帰れなくなっているだけだな」

「あら、訳ありなのね」

「それで、ルナに拾われてきたというわけだ」

 捨て犬か、あんたは。

 美味しそうにバナナケーキを食べながら、母と普通に話す「堕天使」またの名を「悪魔」。その平和な様子を眺めながら、どうしたものかと瑠奈は頭を悩ませるのだった。



 夕飯時に、父親が帰ってきた。

 流石に、見知らぬ男を引っ張り込んでいたら、父も怒るだろう……。瑠奈は怯える。が。

「ほう。伊達くんは、上の方の人なのかい。あれかな? 北の方、北海道あたりかい? 私も一度行ったことがあるがねえ、富良野のメロンはこの世のものとは思えないほど美味かったし、美瑛の花畑、あれはとにかく美しかったねえ。天国にいるみたいだったよ〜」

「ああ、俺は天国から落とされてな」

「おお。あの辺から来たのかい! いいところだよなあ」

「今は下に行く途中なのだが、道が塞がってしまった」

「そうかそうか、方言が難しいが……これから南に行くんだな。道が塞がったというのはあれかい、予算がなくなったとかかい?」

「1週間ほどすれば、光が見えるのだが」

「そうかそうか、どこかでバイトでもして旅費を貯めるといい」

 ある程度知ってはいたが、うちの両親は、馬鹿げて人が良いらしい。瑠奈はため息をつく。いや、でも流石に、それまでコイツをうちに置いといていいとは言わないだろう……

「まあ、それまで、うちの空いてる部屋を使ってもいいよ」

 言った……。



 1週間、バイトをさせるというのも恐ろしいことだ。何をやらかすかわからない。瑠奈の目の届くところに置いておかねば……。かといって、その間、一緒に学校を休んで見張っておくわけにはいかない。母も専業主婦で家にいるし、学校を休む理由がルシファーを見張るためと知ったら、いろいろ面倒だ。

 学校に連れて行く……。

「ルシファーさん、サイズって変えられないですかね? 例えばその……ポケットに入るサイズとか……。」

「できるぞ。なんなら紙の間にも入れる」

「悪魔の栞」、持ってると、ちょっとカッコいいような、中学2年生の病気真っ只中のような……。

「じゃ、すみませんが、この本の中に……」

 とりあえず教科書の中に、ルシファーを挟んだ。


「どこへ行く?」

 鞄の中から声がする。

「学校ですよ」

「学校?」

「勉強するところです」

「ほう、それは面白い」


 1時間目の授業が終わり、ルシファーの様子を見る。随分大人しかったな。授業が退屈で寝てたのか? 

「ルシファーさん、起きてます?」

 人気ひとけのない廊下の端っこで、瑠奈は教科書に話しかける。

「ルナ、この本はなかなか面白い」

「声がでかいです。もっともっともっと静かに喋ってください」

 ルシファーは小声で囁いた。

「清少納言という女、我儘で嫌いじゃないぞ、俺は」

『枕草子』読んでたのか。そういや挟んだの、古典の本だもんな。しかし、清少納言を我儘扱いするあたり、やっぱりコイツは変なヤツだと瑠奈は思った。


 しかし、なるほど、こういうふうに、本に挟んでいるうちは、それを読んでいるらしく、大人しくしているらしい。瑠奈は、また、ルシファーを別の教科書に挟んだ。

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