ものぐさ令嬢の私、罰ゲームで第二王子に嘘告白したら、秒で婚約が成立して逃がしてもらえません!?

鯖缶ひな

第1話 王子様への嘘告白

 私は校舎の正門の陰に身を潜め、とある男性……その名もフェリクス・レイモンド様の様子を遠くから静かに眺めていた。

 フェリクス様はこの国の第二王子であり、この王立ラグナ学園の中でもトップクラスに優秀、その上とても容姿が整っている。

 誰にでも優しいが、どんな女性にも隙を見せず、モテモテだというのに浮いた噂はあまり聞かない。告白されてもさくっと断りまくっているのだという。


 何でも、彼は幼馴染みである容姿端麗な公爵令嬢のフェリシア・アマンド様の事を一途に思っているらしい。フェリシア様はアマンド家の跡継ぎなので、フェリクス様のお立場的に結ばれるのが難しいのだが。


 フェリクス様は将来を期待されている有能な王子様だ。第一王子のハサハ様が国王になるのだとしても、フェリクス様が王家に居続け、重要な役目を担う事になるのは想像に容易い。

 そんな彼がいくら公爵家であるとはいえ、一介の貴族に嫁ぐのは難しいというのはあるのだろう。彼は嫁ぐ側ではなく、嫁がれる側という事なのだ。


 あまりこういう事は考えるべきじゃないけど、第一王子のハサハ様に何かあった時に王家を継ぐのは間違いなくフェリクス様な訳だし。

 例えば我が国には他にもサザンドラ様という第三王子様がいらっしゃるのだが、彼は王家から出れたとしても、フェリクス様は言い方は悪いが次期国王の「スペア」として王家から出られない。


 ……一瞬、サザンドラ様が臣籍降嫁するとしたら、やはりそれこそフェリシア様のような公爵家となるのかなと思う。

 それじゃあ身分として釣り合っていない男爵令嬢の私ではとてもじゃないけど結婚とかは無理だな、と考えた所で、頭を静かに振った。


 うん、今は考える事じゃない。落ち着こう。

 

「フェリシア、また明日会えるのを楽しみにしてるよ」

「ええ、私もです。明日もフェリクス様と過ごせるのを楽しみにしております」


 今もフェリクス様は、噂のフェリシア様と一緒にいた。

 お二人は端から見ていてもいい感じである。


 ……あぁ、とっても憂鬱だ。

 何が悲しくて、私には一応他に好きな人がいるのに、こんな横恋慕してるみたいな形で、好きでも嫌いでもないフェリクス様に告白しないといけないんだ。


 私が後ろをちらりと向くと、特徴的な縦ロールをぶら下げたご令嬢が「やれ!やりなさい!」と口パクで訴えていた。

 この名前も正確な身分も知らないご令嬢は、大量の取り巻きをお持ちのボス猿のような方である。初対面で何の恨みもない筈の私の友達を集団で虐めてやがっていた。

 どうも学園の廊下に飾られていた花瓶を割るというはた迷惑な事をした結果の事らしいので、縦ロール令嬢だけが一方的に悪いという訳でもなさそうなのだが。友達はどじっ子キャラなのである。


 しかし見捨てる訳にもいかず、私がその友達を庇った所、「この子を助けたくば私と勝負しなさい!」と言われ、仕方なしに頷いた。

 その勝負とは私がそこそこ自信のあった筈の射撃対決だった訳だが、縦ロール令嬢に思いっきり大敗を喫した。ちょっと悔しい。


 しかし、まさかそうやって縦ロール令嬢との勝負に負けた結果、まさか罰ゲームでフェリクス様に告白する羽目になるだなんて。本当に面倒だ。

 「勝者には褒美を、敗者には罰を、よ。私はあなたが無様に振られる所を見て、勝利の美酒に浸るわ」とドヤ顔で言い放っていた縦ロール令嬢の顔が脳内にフラッシュバックする。うざったい。


 ただし、不幸の幸いだが、フェリクス様はフェリシア様という想い人がおり、自身に思いを告げてきた数多の女子達を容赦なく振ってきた事で有名だ。私も流れ作業のように告白を断られるだけだと思われるので、ちゃっちゃと済ませよう。


 私は大きくため息をつきつつ、フェリシア様と別れて、こちらに向かって歩いてくるフェリクス様へとすたすた近づいた。


 短く切り揃えられた金髪が特徴的な彼は翡翠色の瞳をゆっくりと瞬かせ、私の姿を視界に映す。

 フェリクス様はそのまま静かに私を見つめた後、「僕に何か用かな?」と優雅に首をかしげた。


 私はフェリクス様と話す事が初めてだった。だから、ただ声をかけられただけなのにこんなにも惹きつけられるような人間がこの世にはいるんだという事を、初めて知ってしまった。

 その美貌に、その優美な仕草に、穏やかだけど耳なじみのいい声音に、圧倒的に目が奪われる。

 王子様という肩書を抜きにして、フェリクス様は立っているだけで本当に魅力的な人なんだと、深く実感した。


 ……この人の放っている不思議な圧に気圧されて何も言えなくなる前に、とっとと用件を告げてしまおう。

 私は息をすぅっと吸うと、フェリクス様から微妙に視線を外して言った。


「フェリクス様、以前からあなたの事が大好きでした。本当に好きで好きで大好きで、フェリクス様の事を想って、毎日ベッドの上で転げ回るぐらい好きです。結婚を前提に付き合ってください」


 縦ロールの彼女は、「思いっきり恥ずかしくて滑り倒しそうな告白を」をご所望していたが、これは間違いなく完璧だろう。ダサい告白としては、改心の出来だ。

 私が後ろをちらりと見ると、縦ロール令嬢は満足げに笑いながらサムズアップしていた。

 良かった、お気に召したようだ。あとは男爵令嬢の私がこんな事を王子様に言ってしまった事による不敬罪で捕まらない事を祈る。


 さぁ、フェリクス様。さっさと遠慮なく私の告白を断ってく……


「いいよ」

「……え?」


 今、フェリクス様は何と言った?

 私の聞き間違えでなければ、「いいよ」って言っていた気がするんだけど……うん、フェリクス様がそんな事を言う筈がないから、きっと幻聴に決まって……


「君がそう望むというのなら、僕と結婚しようか、ミュゼちゃん。僕と一生一緒にいようね」

「…………えっえっ」


 いや、これは絶対おかしくない?


「明日には君の両親にご挨拶に行って、君の卒業と同時に籍を入れよう。そうと決まれば今日は明日に向けて君のご実家に持っていく手土産を目星をつけにいくよ」

「………………えっえっえっえっ」


 どんどん話が変な方向へ向かっていってる気配が……


「明日は夕方までには自分の家に帰っていてね。君と一緒にご両親に結婚の話をしたいと思うから。用事があったとしても、申し訳ないけど断っておいてほしい。僕の名前を出してもいいからさ」

「………………」


 そういうフェリクス様のお顔はいっそ不気味なぐらいににこやかで、私に反論の余地を一切与えなかった。

 そもそも今の私にはフェリクス様に刃向かう精神的余裕など、存在している訳がなかったのだが。


 ……何で私は今、フェリクス様に告白をオッケーされているんだろう?


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