第19話 世界一の兄

「ただいまー」


 アヤネには”ダンジョンでシアのこと見つけて、ついでに完全攻略してきた。今から帰る”と伝えてある。 


「おかえりなさい、お兄ちゃん。え、何その髪の毛とタトゥー。どうしようお兄ちゃんが不良になっちゃった」


 そう、実は俺の右半身には、炎のような刻印が刻まれてしまった。手足や体の刻印は服で隠せるが、首から頬の中央にかけて刻まれたものは隠しようがない。

 さらに髪の毛の一部に緑のメッシュがひとすじ入ってしまったので急にヤンチャな感じになってしまった。不本意である。

 ちなみに、これらの変化をシアはまったくスルーしていたため、気付いたのはトイレで鏡を見た時だった。いやぁ、驚いた。


「ま、どうしてこうなったかは後で説明するわー」


 それより今は俺の後ろで少しだけ緊張している彼女の方が優先だ。今朝の続きで伝えたいことがあるということだけ事前に聞いている。一体、アヤネに何を伝えるのか。


「ただいま……」


「シアお姉ちゃん、おかえり。完全攻略おめでとう。疲れたでしょ? ご飯にしよ?」


「アヤネ……。今朝のことを話したい」


 アヤネは今朝のことをまったく気にしていない風だ。が、シアの方はそれをなかったことにはしたくないと、真剣なトーンで切り込んだ。


「……うん。いいよ」


 アヤネもちゃんとこれに応えるようだ。


「まず最初にちゃんと謝りたい。私がアヤネの気持ちを考えず、軽率なことをした。本当にごめんなさい」


 シアが頭を深く下げ謝る。


「ううん。謝るのは私の方──」


「謝らないで」


「え──」


 シアにしては珍しくハッキリした口調でアヤネの言葉を遮る。アヤネは面食らったようで言葉を詰まらせた。


「ちゃんと……、ちゃんとアヤネの気持ちを聞かせてほしい。私は一人でダンジョンで考えた。キューマがどれだけアヤネを愛し、守ってきたか」


「……」


 普段なら茶化したくなる場面だが流石の俺も黙ってそっぽを向くだけだ。アヤネも真剣にシアの言葉を聞いている。


「そしてアヤネがどれほどキューマを愛しているか……」


 シアの言葉にアヤネは小さく笑う。


「……うん。お兄ちゃんはね、バカみたいに私のこと愛情いっぱいに育ててくれた。ホントはね、お兄ちゃんモテるんだよ? なのに全部断ってさ、それで私の前で彼女が欲しい、彼女が欲しいって言うんだ。もぅホントバカだよね……」


 ……アヤネが成人するまでは俺の中の一番はアヤネだ。それは昔も今もちっとも変っていない。


「お兄ちゃんはね、自分の幸せより私の幸せばっかり考えるんだよ? お兄ちゃんだって本当はツライことや大変なこといっぱいあるのに、私の前で無理してずっと笑ってるの」


「世界一の兄」


「うん。私はお兄ちゃんのこと世界で一番素敵な人だと思ってる」


 まっすぐな言葉はやめてほしい。流石に照れくさい。


「それを私が奪おうとした……」


「違うよ。シアお姉ちゃんそれは違う」


 アヤネはううんと首を横に振り、年齢よりずいぶん大人びてみえる顔で微笑み、語り掛ける。


「私はこの世界で一番お兄ちゃんの幸せを願ってる。でも私はお兄ちゃんに甘えるばっかりで支えることも助けることも、隣を歩くこともできない」


 そんなことはない。いつだってアヤネに支えてもらったし、助けてもらっている。俺の方こそ甘えてばっかりだ。


「だから私はすっっっごく素敵な人がお兄ちゃんの隣を歩いてくれたらいいなって思ってた。そしたらすっっっっごく素敵な人が現れて願いが叶っちゃった」


「……アヤネ、私は全然だ。全然素敵なんかじゃない。今回だってキューマにたくさん迷惑をかけた。私は自分勝手で、子供で、どうしようもなく──」


 アヤネがそれ以上は言わないでとシアの言葉を止める。


「お兄ちゃんは意地っ張りだし、エッチなこと言ったりするし、いろんな人に迷惑かけるし、目上の人への言葉遣いや態度だってヒドイんだよ? でも、私はお兄ちゃんを素敵だと思ってるし、シアお姉ちゃんのことも素敵だと思ってる。……なんて偉そうに言ってる私だってすごいブラコンだし、お兄ちゃんに甘えたいし、お兄ちゃん取られたくないって思ったりする子供の部分もあるもん」


 ……ようやく聞けたアヤネの本音。兄としてこれを聞くのはなんとも複雑な気持ちだが、ともかくそれをシアに言えたことは良かったと思う。


「アヤネ──」


「もう、シアお姉ちゃん謝るのはなし! 本当にシアお姉ちゃんがお兄ちゃんと結婚したいって言ってくれて嬉しかったんだから!」


「それは本当……?」


 シアも世界最強の探索者と言っても、こうしてみると普通の女の子だ。不安になりながら弱々しく何度も聞き返す。


「本当の本当の本当! もぅ!」


 しまいにはアヤネが喝を入れた。ビクリと姿勢を正すシア。ウチの妹がやはり世界最強かも知れない。


「じゃあシアお姉ちゃん、私からお兄ちゃんを取るなら一つだけお願いを聞いてほしい」


 開き直ったアヤネがそんな交渉ディールを仕掛ける。


「ッ! なんでもする」


 何を要求されるかまだ分からない内に、シアはコクコクと首がもげるんじゃないかって勢いで頷く。


「うん。じゃあ、どうか私のお兄ちゃんを幸せにして下さい」


 ック。お前はイカした昭和のお父さんか。娘はやらんって言いながら最後はイイ感じに締める昭和のお父さんか。


「約束する。キューマをどんな時も支え、助け、幸せにする。だからアヤネ、お兄さんを私に下さい」


 シアは正座し、床に額をつけながらお兄さんを私に下さいと言う。


「はい。どうか兄をよろしくお願いします」


 アヤネとシアが頭を下げ合い、そして顔を上げた時には二人とも良い笑顔であった。これで一件落着だろう。


「仲良きことは美しき哉」


 蚊帳の外であった当事者(俺)がドヤ顔で締めてみる。つーか、こんなこっばずかしいやり取りをされて、俺は何も言えん。


「シアお姉ちゃん、こうやってお兄ちゃんが決め顔で変なこと言ってる時は、大体照れ隠しの時とかだから」


 やめーい。


「勉強になる。これからもキューマのことたくさん教えてほしい」


「うん。お兄ちゃんの好きな料理から下着のローテーションまで伝授します」


 俺はアヤネにパンツのローテーションまで知られていたのか……。というかそんなの決めてないから無意識なんだが。


「っと、話がまとまったところで外で待たせている人たち入れてあげないと、だ」


「え、お兄ちゃん誰か来てるの?」


 妹よ。おかえり、完全攻略おめでとう~と簡単に言ったが、完全攻略はそんなゲーセンのハイスコア更新とかいうレベルじゃないんだ。


「ま、この短期間で二度目の完全攻略だからな。毎度の荒木さんとエリちゃんだ。んで、今回も佐々木さんが地獄の事後対応をしている。ハハハ」


 各方面への対応に追われているであろう佐々木さんのことを思うと渇いた笑いしか出てこない。ご愁傷様ってヤツだ。


「……キューマ、グリグリ忘れてる」


「グリグリ? お兄ちゃん、グリグリさんって誰? 外国の人?」


「あー、グリグリはまぁどうだろう。外国の人という表現は近からず、遠からずかなぁ。まぁ噛んだりはしないから安心してくれ」


「噛む???」


 アヤネは”どういうこと?”と首を傾げるばかりだ。

 ちなみにベルグリムスはあのあと、すぐに復活した。そして帰還ポータルで帰る一瞬だけ【同調シンクロ】し、すぐさまトイレに駆け込み、そこに籠りながらシアの救援物資を待った。

 結果としてゴミ捨て場に置いてあった大き目のダンボール箱に収容し、運ぶことで隠し通すことができた。


「じゃあ、まぁ呼んでくる……」


 そして玄関に荒木さんとエリちゃんとダンボール箱が到着する。

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