第18話 ハラワタがラタトゥーユ
フランス大統領府──歴史が刻まれたこの美しき宮殿にて、大統領が真に信頼しているごく僅かな側近が集った。非公式の場で交わされるのは、再び起こってしまった
『ピエールおめでとう。流石は英雄の娘だな』
フランス共和国大統領、ルイ=フィリップ・ボーモン──40代半ばの若き指導者は、皮肉たっぷりに言葉を発する。
『フィリップ……。言いたいことがあるならハッキリ言ったらどうだ? 男らしくない』
対するピエール・マルタン──50手前とは思えぬ精悍な顔つきと、鍛え上げられた肉体を持つ男が、憮然とした表情で応じた。
『ならば、言わせてもらうが我が党の支持率が衝撃的なニュースの結果、更に12ポイント下がった。12ポイントだ』
『ッフ。たかが12ポイントで狼狽えるとはこの国の先が思いやられるな。国のために尽くす真のリーダーであれば支持率などすぐに回復する』
衝撃的なニュース──二度目のダンジョン完全攻略の報せ。疑いようもない、それは全世界の人々全ての耳に直接響いた鐘の音が証明している。それを成し遂げたのは一人の少女──名をシア・マルタン-日下部と言う。
フランスの英雄、
『ほぅ、ピエール。まるで他人事のような言い草だな。フランスの至宝となりえたシア・マルタンを日本に奪われ、父親であるお前がいながらシアを奪還できず政府は何をしているんだと非難の嵐だ。今回の嵐は過去に例を見ない勢力でこの宮殿を襲っている』
ッフ。ピエールは鼻で笑う。シアを日本から奪還する? フランスでそれを誰よりも望んでいるのは誰だと思っている。
『それを叶えるためには世界ダンジョン管理機構、WDOが定めている不可侵のルールを破る必要がある。ましてシアはダンジョン完全攻略を為し、フランスと日本どころか全世界にその勇名を轟かせた。日本は石にかじりついてでも離さないだろう』
『では、このまま日本で放っておくと?』
コクリ。ピエールは頷く。フランス政府高官としてでなく、娘を愛する父親として説得なら数百回は試みた。年に数回会う度に──。電話の度に──。ラインの度に──。
だが結果は絶対にNonだ。その頑なさは誰に似たのやらとピエールは小さく口角を上げる。
『……
ピクッ。フィリップの言葉を受け、先ほどまでシアを想って上がっていた口角が一瞬にして下がる。それどころか眉間に皺が寄り、拳に力が入る。あんな男──葉山久馬。
『何かの間違いだ……』
『フランスの英雄も現実から逃避するのだな。何の間違いだと言うのだ? お前の娘は自ら日本政府に葉山久馬を差し出せと命じ、既に同棲をしており、二度目の完全攻略の際も同行させていた。あのような下品なガキを、だ』
『グッ』
言葉が詰まる。葉山久馬の動画はピエールも見ている。翻訳されたテロップにはクソガキがスケベ心全開で女を漁っていることを示す単語が並んでいた。
自分の愛娘があのようなクソガキの毒牙に掛かる。それも自分の目が届かぬ場所で──。
『私も娘を持つ父親だから分かる。あのような品のない男にたぶらかされることなど到底許容できまい。もし仮にヤツがシアをたぶらかし、日本で探索者になることを
『……フィリップ、俺に何をさせたいんだ』
『日本へ行って葉山久馬を見極めてこい。我らがフランスの国益を侵害する
フィリップが首をトンと一回叩く。
『……いいだろう』
『期待しているぞ、我が友よ。では1時間後、会見を開くッ。抜かりなく準備を進めろッ』
ハッ! 数人の側近が部屋から出ていく。残されたのはフィリップとピエールの二人のみ。二人は静かにグラスを打ち合わせ、琥珀色の蒸留酒を飲み干した。
『大統領、今回の
会見は大統領府の応接室にて開催された。そんなに広くない部屋に政府高官と記者たちが一斉に詰め込まれる。
『まさにキミたち、国民の言う通り我が国にとって祝福すべき悲劇という言葉が適切だろう』
フィリップは笑いながらそう答えた。
『一度ならずこの短期間で二度の完全攻略。流石は我が国の英雄の娘と言わざるを得ません。副大統領にお尋ねします。なぜシア・マルタンは我が国の探索者でないのでしょうか?』
国籍を二つ持つ者が探索者になる時、どちらかの国でライセンスを取る。それは永続的なものだ。
そしてそれを選ぶのは本人の意思。この数日で何度同じことを答えただろうか。
『WDOが定めるルールに則り、日本国でライセンスを取得したからだ。これは当然本人の意思が最大限優先される。それを無視して強制することは他の誰にも、たとえ肉親でもしてはならない。知らなかったのか?』
ピエールは皮肉たっぷりにそう答えた。
『当然知っています。では本人の意思と言いますが、当時15歳だった彼女が両親と離れてまで日本で探索者になりたい理由とはなんですか。副大統領お聞かせ下さい』
『それは本人に聞くべきだろう。私の口からお答えすることではない』
『葉山久馬ではないんですか! 日本での会見で彼女は探索者になった理由を超法規的報酬のためと明言していますッ! つまり葉山久馬と結婚するために日本で探索者になったんじゃないんですかッ!』
会場の記者たちからは”情熱的だ”、”ロマンスだ”と実に他人事でしかない言葉が飛び交う。
『……彼女のプライバシーに関わることだ。私が答えることではない』
『では、質問を変えます。副大統領の娘であるシア・マルタンの婚約者──葉山久馬から婚約者としての挨拶はありましたか?』
ない。舐め腐ってるにもほどがある。全世界で婚約宣言をしておきながら、嫁の父親に挨拶の一言もない。世間知らずのクソガキに対してハラワタがラタトゥーユだ。
『non』
一言で簡潔に答える。
『では、シアさんの方から婚約のご報告は?』
あった。完全攻略の鐘が鳴った直後だ──”パパ、ずっと好きだった人と結婚します”と。あまりの唐突さ、あまりの内容による衝撃は一生忘れまい。
『……あった』
記者たちから”おぉ~”という声が上がる。
『ということは、副大統領とシアさんの間では承知済みのことなんですね。分かりました。では、お尋ねします。そもそも葉山久馬との面識はあるんですか?』
色めきだった記者が矢継ぎ早に質問をしてくる。……面識は一度だけある。それも公式の訪問だ。記者の表情を見るにどうせ裏は取ってあるのだろう。
『面識は一度だけある。彼の両親への弔問だ。同じ時代を生きたとても優秀な探索者であったからな。と言ってもそこで彼とは挨拶を交わした程度だ』
『なるほど、公的な記録にありますね。7年前、丁度シアさんが探索者のライセンスを取る直前に偶然にも弔問にてお会いしていますね。
大統領会見だというのに、ピエールにばかり質問をしてくる記者たち。フィリップは苦笑しながら静観している。
『……さぁ。7年前のことで挨拶を交わした程度だからな。印象らしい印象など記憶にない』
『では、その時のシアさんの様子はどうでしたか?』
記者の余計な質問で、厳重に厳重に記憶の奥底に沈め、幾重にも幾重にも封印をしていた
あのとき、私は見てしまったのだ。娘が……娘が恋に落ちる瞬間を──。
『おぼぇ、おぼぇてない』
あまりのストレスにちょっと吐きかけた。だが、まさかこれが7年も密かに続き、婚約宣言まですると誰が思うだろうか。
『副大統領!? だ、大丈夫ですか? では質問を続けますねッ!?』
心配をするなら質問を中断しろバカモノ。
『副大統領の現在の葉山久馬への印象をお聞かせ下さい』
『……正直に言えば、印象はあまり良くない。先日フランス国内でもニュースになった動画内容は低俗極まりないものであったほか、先ほども言った通り、私や妻に対して彼からの連絡、アプローチは一切ない。一切だ』
『なるほど、そんな彼を
あるわけない。あるわけがないだろ。聞くまでもないし、答えるまでもない。
『さて、ここからは私が喋らせてもらおう。一応、私が開いた会見だからね』
完全に傍観者となっていたフィリップがここでマイクのスイッチを入れる。流石は大統領なだけあって、たった一言で空気を変え、記者たちの関心を一身に集めた。
『ダンジョン攻略は世界平和のために全世界が協力して取り組んでいるものだ。当然、完全攻略となれば最大限の敬意と祝意を送るべきだろう。そこで我々フランスを代表して副大統領であるピエール・マルタンが日本へと表敬訪問を執り行うことを決めた』
”なんだってッ! 副大統領が葉山久馬と直接対峙する!?”
記者たちは前のめりになり、ボルテージがどんどんと上がっていく。
『いつでしょうか!? 葉山久馬との会食の予定はあるんでしょうか!?』
『一週間後だ。当然、偉業を成した彼女との会食は予定しているし、婚約者である葉山久馬も参加することに違和感があるだろうか?』
『Non!!』
こうして、私の日本への訪問が決まった。葉山久馬──首を洗って待ってろ。
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