第17話 世界に鐘が再び鳴る時

白銀聖剣エリュンダル


 以前よりも輝きを増し、どことなくゴージャスになった白銀聖剣エリュンダルを以って突撃してくるシア。


「──ハァァァッッ!」


 その勢いのまま翼を広げ跳躍する──俺の身長をはるかに超える高みから、裂帛の気合とともに白銀聖剣エリュンダルが迫るッ。


『ふんぬッ!!』


 魔力を集中させ、硬質化し赤熱色となった右腕で受け止める。一瞬、鍔迫り合いのように拮抗するが、直後に弾き飛ばした。


 ブンブンと右腕を振り、グーパーと感触を確かめる。その衝撃の重さは痺れとして残るものの、皮膚にはわずかな傷さえない。ニタリと口を大きく裂いて笑う。


『フハハハハッ。こんなものか小娘ッ。我に手こずるようではベルグリムス様になど到底届かぬぞッ!』


 小物臭全開のセリフを吐き、シアへと肉薄する。最も防御力が高そうな腹部のアーマープレートに拳を捻じ込む──。


『【女子への腹パンッ絶対真似しちゃダメなやーつ!!】』


 シアの鎧がベコリとひしゃげ数十メートル吹っ飛ぶ。【緑炎ノ不死怪物グリムゴブリン】モードの膂力がハンパない。


『……まだ我は全力ではないぞ?』


 変身は残してないが本当だ。全力の半分も出していない。


「──ッ。……私は弱い」


 そんなことはない。間違いなく世界最強の探索者だ。俺の方はベルグリムスというチートをたまたま手にしただけ。


『そんなことはない。嘆くな娘よ。人類の中ではよくやっている方だ』


 悪いクセだ。ついつい要らんことを言ってしまう。


「……強く、もっと強くならなきゃ。キューマを、キューマを守れるようにッ」


 ック、俺めっちゃ愛されてるッ!


『……ならば、証明してみせよ』


 引っ込みがつかない俺はシアを挑発してしまう。


「ハァァアアッッ!! 【白銀流星群プラチナフォール】」


 神速での連撃──。捌ききるために両手を硬質化して、目を凝らして動きを追う──チチチチチと絶え間なく剣と腕がぶつかる音が響き続ける。


「…………ッ!! ハァ、ハァ、ハァ」


 一体どのくらいの時間それが続いただろうか。先に限界を迎えたのはシアであった。俺から距離を取り、苦し気に息を切らしている。

 こちらは赤熱色の腕がより鮮やかな赤に染まり、ヒリヒリする。剃刀負けのような状態だ。触ると痛い。いてて、ふーっ、ふーっ。


『ッフ。ぐわぁぁ、我の負けだぁぁああ』


 バタンと後ろに倒れ込む。もうこれ以上煽ったらシアが追い詰められておかしくなっちゃいそうなので、ここらで負け演出を試みる。


 「……これでも届かなかった。こんなんじゃキューマの足手まといにしかならないッ。もっと力が欲しいッ」


『…………えぇと?』


 俺の負け宣言を無視してシアが慟哭を上げる。今はそんな切羽詰まったシーンじゃないはずだ。だって、これは完全攻略が約束された八百長試合なのだから。


「──力が欲しいかい?」


『え”』


 そんなシアの耳元で悪魔のような笑みで力が欲しいかと問うのはベルグリムス。うずくまるシアは躊躇せずコクリと頷いた。


『え”えぇ……』


 俺が言うのなんだけど、絶対そんな笑い方して力が欲しいかとか聞いてくるヤツを受け入れちゃダメだと思う。


「いいだろう。キミの左手にこれを授ける」


 ベルグリムスがシアの左手の甲にキスし、そこに深緑の紋章が浮かぶ。手とは言え、人の婚約者に軽々しく口を付けないでほしい。


「ぐっ、あぁぁああ!!」


 直後であった。シアは左手首を強く握りしめ、床を転がりながら苦悶に喘ぐ。顔は歪み、額を汗が幾筋も伝う。


『おい、シアッ、大丈夫かっ! ベルグリムス何をしたッ!』


 俺は自分より圧倒的に小さなゴブリンの襟首を乱暴につかみ、宙へ持ち上げる。そして強く問いただした。


「やれやれ。主の襟首を掴んで持ち上げるしもべがどの世界にいる。分を弁えたまえ」


『グァッ』


 襟首を掴んでいた両手首を握りつぶされ、頭を地面へと叩きつけられる。

 

「キューマ、キミの勘違いを正そう。ダンジョンの完全攻略はそんなに甘いものじゃない。ボクが負けを認めたくらいでそれは為されない」


 ベルグリムスは俺の頭を椅子代わりに腰かけ、そんなことを言ってくる。


『……だったら、なんだ』


「世界レベルを引き上げるには力が必要なんだよ。なのでもう一段階シアには覚醒してもらわなければならない。幸いにも彼女自身もそれを望んでいる」


『まさか、シアもゴブリンにする気か?』


「別にキミのことだってゴブリンにするつもりはなかったさ。ボクの力を分け与えただけだ。どういう形になるかはそのもの次第だよ」


『じゃあなんでシアはあんなにも苦しんでいるッ』


「言っただろう? 彼女は天使たちのお気に入り。悪魔ボクの力とは相性が良くないのさ。だが、その相反する力を制御できれば彼女はまさに天使をも悪魔をも超える存在に……成り得るかも知れないね」


『失敗したら』


「さぁ? それこそゴブリンになるか、廃人になるか、身体が木っ端みじんになるか、分からないよ。ボクは全知全能の神ではないからね」


『てめぇッ!』


「おっと、そこまでだ。良かったね、ゴブリンになったわけでも木っ端みじんになったわけでもなさそうだ」


 殴りかかったところを止められる。ヤツの視線を追うとそこには幽鬼のようにだらりとした立ち姿のシアがいた。


『おい、シア? 大丈夫──』


「……深緑の魔剣グリム・エメラル


 声を掛けようとしたところでシアが呟く。深緑の魔剣グリム・エメラル──シアの左手には禍々しい魔剣が握られていた。そしてその切っ先がゆっくりと持ち上がり、ベルグリムスを捉えた。


「クク。キミたち夫婦は本当に二人揃って実に恩知らずだね。力を与えてやったボクにその切っ先を向けるとは」


「キューマ相手に本気を出せない」


 さ、さっきの 【白銀流星群プラチナフォール】とかいう技は結構本気っぽかったけどねッ!?


「いいよ。ボクが見極めてやろう。世界レベルを上げるほどのものか証明してみせろ」


 ベルグリムスがニタリと笑う。白銀と深緑の双剣を以ってシアが挑む。


「ッァ──!」


「ふむ。大分速くはなった。だが軽いね」


 速いなんてもんじゃない。見ることだけに集中しても追い切れない。だがそんな連撃すらもベルグリムスは涼しい顔で捌ききる。


「【聖魔X斬りベイン・イノセント】」


防がれた白銀の剣に交差する形で深緑の剣が重なる。キィンという甲高い音の後、ベルグリムスの身体が白銀の炎に包まれた。


「ふむ。中々に不愉快な技だ。天使たちを思い出させてくれる」


 ベルグリムスは燃え盛る白銀の炎の中で堂々と立ったまま、指を一つ鳴らす。それだけで炎は跡形もなく消え去った。


「人類の100年先、そこに一足飛びで近付くんだ。絶望なんかしている暇は──フフ、いい目だ」


 シアの目は死んでいなかった。


「ハァァァアアッッ!」


 白銀の剣からは輝く魔力が、深緑の剣からは深淵なる魔力が吹き出し剣戟を加速していく。


「もっとだ。もっと、その先を見せてくれたまえ」


「【天魔終焉ラグナロク・ディザスター】ァァ!!」


 見間違いだろうか。一瞬、全ての景色がモノクロになり、時間が止まったように錯覚する。景色が色を取り戻した瞬間、ベルグリムスの右手が宙を舞った。


「素晴らしいぃ。キューマ、ボクの代わりに拍手を」


 ベルグリムスがニタリと笑う。俺はひとまず言われたままにパチパチと手を叩く。シアすげぇ……。


「フゥー、フゥー、フゥー!」


 なんだ? 大きく肩で息をするシアの右の瞳がチカチカと金色に明滅している?


「そうか。キミは天使を知覚できる最初の人間になる可能性があるのか。ボクとしては複雑な心境だが、それもまた面白くなりそうだね。シア、いいかい。委ねるんだ・・・・・


「……ゆだ、ねる」


 シアがそう呟いた瞬間、目から光りが消えた。そして、すぐに異変は起きた。


「『ベルグリムス──。やはりアナタを150階層なんてところに置いたのが間違いだった』」


 シアの右目が金色に輝き、声が二重に発せられる。今喋っているのはシアであってシアでない。それくらいは俺にも分かった。


「やぁ久しぶりだね。フフ、お気に入りを取られてどんな気持ちだい? ねぇ、どんな気持ちか言ってごらんよ?」


 ベルグリムスがシアの周りをものすごく良い笑顔でくるくるとダンスしながら煽っている。なんだこれ。


「『世界レベルが上がり、私たちが顕現できるようになった際はアナタを確実に滅ぼします』」


「こっちのセリフだよ。次こそはお前たち天使を一人残さず殺してやるさ」


「『…………【極光グランド・レイ】』」


「……この身体じゃ、それは防げないね。悔し紛れの一撃は甘んじて受け取ろう」


 白銀聖剣エリュンダルでも深緑の魔剣グリム・エメラルでもない。

 金色に輝く巨大な槍がベルグリムスの胸を貫き、その体を消滅させる。


 リーンゴーン。


 そして世界に鐘がなる──。ダンジョン史50余年の悲願、完全攻略からわずか数日。次の完全攻略まで人類が100年は要すると言われていた偉業がここに達成された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る