第16話 【緑炎ノ不死怪物】

「ふむ。不安しかないが聞こう」


「あぁ、地上であれ、ダンジョン内であれ、いずれ俺とベルグリムスは一緒にいるところを見られてしまうだろう。なぜならこの世でもっとも怖いものはSNSとネットリテラシー最低民たちだからだ。ヤツラはどこにでも現れ、シャッター音すらさせず盗撮し、無許可で全世界へ公開する」


「キューマ、なんだか熱の入り方がスゴイ」


 うっ。過去の炎上トラウマが……。


「それで?」


「隠し通すことは不可能だ。堂々と連れまわせるようにしなければならない」


「そうだね。もっともだ。で、その方法を聞いているのだけれども?」


 フッフッフ、焦るな焦るな。古今東西、ダンジョンに潜る勇者たちのパーティーにはモンスターが平然と同行していた。王城だろうが教会だろうが宿屋だろうが、腐乱死体からキラーマツィーンまでな。


「オレ、オマエ、タオシタ。オマエ、オキアガリ、コッチミル。イエス、イエス」


「…………シア、通訳を頼むよ」


「倒したモンスターを仲間にしたって言う?」


「イグザクトリー!」


 指をパチンとならし、シアに賞賛を送る。が、ベルグリムスは渋い顔だ。


「気が進まないな。ボクはキューマに倒されるほど弱くないし、立場が逆転している。キューマが倒されて起き上がったところをボクが仲間にしてやったの方が近いね」


 それじゃ俺がモンスターの仲間になることになる。世界の半分をくれてやるでイエスを選ぶとどうなるか知ってるか? 勇者はモンスターになっちゃうんだよぉ!


「うーむ、それだと俺もベルグリムスも外を歩けなくなるぞ」


「ふむ……」


 困った。ベルグリムスと一緒に腕を組んでうーんと悩みあぐねる。


「じゃあ超法規的報酬を使って、グリグリを日本国民にするとか」


 小さく手を挙げてシアがボソッと提案する。


「ッ!? な、なんという悪魔的発想ッ。モンスターと敵対するダンジョン庁にモンスターの権利を守らせる、だとッ」


 くぅー。なにそれ面白い、採用。


「そうだね、ボクもどうせ地上で暮らすなら人権や生存権は欲しい。地上には生活保護なるものがあるのだろう? キミたちの税金でボクの生活を潤わす。うん、いいね」


 ベルグリムスがニタリと笑う。ベルグリムスの笑うポイントはちょっと分かりにくいし、笑い方が気持ち悪いのは、どうにかならないものか。


「……ちなみに渋谷ダンジョンの扱いはどうなるんだ? 150階層のボスはベルグリムスだろ? クリア扱いになってるのか?」


「いや、クリア扱いにはなっていないね。そして150階層のボスはボクとキミになっている」


「えぇー……」


 討伐対象だった。まぁ150階層まで誰も来れないだろうから問題はないけども。


「じゃあ私が倒す」


 なるほど、シアがベルグリムスを倒して完全攻略の超法規的報酬をもらうという作戦か。しかも八百長だから安全確実だ。


「うん、それでいいと思う」


 俺は賛成する。ベルグリムスもしたり顔で頷く。


「そうだね。それがいい。では、戦おうじゃないか。行け、しもべよ」


「え、俺ッ!?」


 反射的にシアの方を見てしまう。


「私は死の淵から戻ってきたことによって、また一つ強くなった」


 なんかバトル漫画の主人公みたいなこと言ってる……。


「ちなみにキューマ、キミの身体に入った時、ぐっちゃぐちゃでボッロボロな魔力回路を整えておいたからいくらか魔力操作はまともになってるはずだ」


「え。ほんと?」


 手のひらをグーパーしながら、魔力操作の感覚を確かめる。今までは強引に押し流していた魔力が、まるで詰まりが取れたトイレのごとくスッキリと流れる。


「表現が最低だね」


「……心を読まないでくれ。だが、これはすごい。3年間溜まっていた便秘が出たような解放感だ」


「どちらにしても品がないね。ボクの手下になった以上、ある程度の品位は欲しいのだが、まぁそれはおいおい教育していくとしよう」


 ゴブリンに品位を教育される探索者。いかん、実際コイツがゴブリンではなく人間だったらアヤネと意気投合して俺の教育計画を立てそうだ。


「さて、ここではなんだ。ボクの部屋に招待しよう」


 ゴブリンがキザったらしく右手を高々と上げ、指をパチンと鳴らす。景色が歪み、別の場所へと転移する。


「ここが……」


「そう、150階層のボス部屋。本来なら人類が向こう数十年、下手したら100年かけてもたどり着けない場所だよ」


 これまでのボス部屋とは全く違う趣だ。洞窟ダンジョンだということを一瞬忘れてしまうくらいに。


「どうかな?」


 ベルグリムスが感想を求めてくる。改めてボス部屋──ホールを見渡す。貴族が夜な夜な怪しい仮面をつけて、舞踏会を開くようなギラギラでバチバチなダンスホールだ。


「な……なんて悪趣味なんだッ。人類が100年かけてこんなとこにたどり着いて、ギラギラなゴブリンに”さぁ、殺し合おう踊ろう”なんて言われたら、人類の100年はなんだったんだってなっちまうッ」


 ツルツルでピカピカした大理石のような床に両手をついて慟哭を上げる。良かった。ここにたどり着いたのが俺とシアでよかったッ。


「…………」


「キューマ、言い過ぎ。グリグリ落ち込んでる」


「……あ、すまん。言い過ぎた」


「……早く踊れよ」


「はい」


 拗ねたゴブリンとか誰も得をしないで、少しでも機嫌が直るように言う通りにする。


「ほいじゃ、まぁ150階層ボス、ベルグリムス様の一の手下。葉山久馬がダンスの相手務めさせてもらう」


「日下部シア。一生、アナタのダンスパートナーを務めたい」


 やだ、斬新なプロポーズ。


「これが新生【不死者ノスフェラトゥ】のマナフォルムだッ」


 何度練習しても出来なかったマナフォルム。今なら出来る気がした。


「うぉぉおおおおお!!」


 緑炎の魔力が噴き出し、全身の細胞が魔力で生まれ変わっていく。骨格がバキバキと音を立て──え? バキバキ? 身体が内側からボコボコと──え? ボコボコ?


「……キューマ、すごい。カッコいいゴブリンになった」


「…………」


 視界がすごく高くなった。手足も伸び、皮膚は緑色。爪もだいぶ長い。引き締まった筋肉がみっちみちに詰まってる。パンツ。やはりパンツ一丁だ。


『ベルグリムス。鏡ある? え” これ俺の声?』


 ガサガサにかすれたバリトンボイス。ウィーン少年合唱団もかくやの美声は失われてしまった。


「ほら」


 姿見の鏡が現れ、自分の姿を確認していく。

 つるつるの頭頂部。目は存在しておらず、鼻も滑らかだ。口だけが大きく裂け、鋭い牙がずらりと並んでいる。緑色の皮膚に尖った耳以外、ゴブリンらしさは全く感じられない。どこか不気味で恐ろしいモンスターがそこにはいた。


『フンッ、ハッ!』


 次いでポージングを決めてみる。太い首、分厚い胸板。腹筋もバッキバキで四肢も長くしなやかで剥き身のように筋線維が発達しているからポージングが映える映える。総じてかなりスタイリッシュなゴブリンと言えよう。略してスタリン。


悪くないな・・・・・


 完全に悪役の風貌だ。しかし、強そうである。それに普通にカッコいい。胴長短足でお腹でっぷりのゴブリンキングみたいにならなかったことを喜ぶ。


「気に入ってくれてなによりだ。あ、そうそう、キミたち探索者はマナフォルムから二つ名を取ることが多いと聞く。ならば、今のキミに相応しい二つ名をボクから贈ろう──【緑炎ノ不死怪物グリムゴブリン】」


『【緑炎ノ不死怪物グリムゴブリン】 ……』


 全身を覆う緑炎がかすかに揺らめく──気に入った。


『我は【緑炎ノ不死怪物グリムゴブリン】。貴様のハラワタを掻っ捌き、その亡骸を灰になるまで燃やし尽くすモノなりッ』


 かすれたバリトンボイスで名乗りを上げ、咆哮を上げる。やべっ、ちょっとテンション上がってきちゃあぁ!!


「キューマ、カッコよ……」


 シアはとろんとした顔で俺に見惚れている。それも仕方のないことだ。なぜなら今の俺はかなりカッコいいからなっ!


「でも、今は不死怪物ゴブリンの王──お前を倒す──【戦女神ヴァルキュリア】」


 シアが本気の眼差しになる。マナフォルムを使い、その姿が神々しい変貌を遂げる。


『ほぅ……。二対四枚の翼か、ククッ、小癪なッ!』


 翼が四枚に増えたところで何が変わるか分からないし、別に癪にも触らないが一応触れておく。俺からしたら髪型ちょっと変わった? 程度のノリだ。


「いく」


『かかってこい。脆弱なる者よ』

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