第20話 荒木さんの心労絶えず
「失礼する」
玄関のドアを開けるやいなや、荒木さんがそそくさと入ってくる。その両手にはガムテープでグルグル巻きにされて厳重に封じられたダンボールが抱えられている。
「キューマくん、あのダンボールなんなんですか!? なんかたまにゴソゴソ動いてるし、生き物ですよね!? すっっっごく怖いんですけど!」
その後ろからエリちゃんが半泣きでパニクりながら現れる。多分、中身を見たら気絶する。
「まぁそれは中で話すよ」
ひとまずリビングへ通し、アヤネを含む全員がテーブルに着く。
「色々言いたいこと、聞きたいことはある。が、まずはコレの中身はなんだ? 厄介ごとの匂いがプンプンしてるぞ」
テーブルの上にドンと置かれたダンボールを指さし荒木さんが威圧的に聞いてくる。
さて、どう説明したものかと悩む。事情を知ってるシアは、夏だと言うのに温かいお茶をすすり、”どしたん? 話きこか?”みたいな優しい目で俺を見ているので自ら説明する気はないのだろう。
では俺が、とも思ったが、義務教育に敗北している俺の国語力では理路整然と経緯と中身についての口頭説明は無理なので、最初からクライマックス作戦に切り替えた。
「あぁ、紹介しよう。渋谷ダンジョン150階層
荒木さん以外のみんながまばらに拍手すると、ダンボールが弾けテーブルの上にキザったらしいポーズでベルグリムスが登場する。
「お初にお目──」ガタンッ「キャアアアアアアッッッ!! ゴゴゴゴゴゴゴブッ! ゴブッ!」
エリちゃんが絶叫を上げながら飛び退く。俺の背中まで避難してきてゴブゴブ言いながら目をガン開きしている。
「……綾音ちゃんの前で出すということは危険はないと思っていいんだな?」
荒木さんは冷静な判断をしていた。流石は元S級探索者であり、地上の
「とりあえずは、な。ほら、エリちゃん。噛まないから大丈夫」
「無理ッ、無理ッ」
首を横にブンブン振って俺の背中から離れない。シアのしれーッとした温度のない視線がちょっとだけ怖い。
「ハァ……。おい、久馬。俺は頭が痛いんだが、重要なことから順に聞いてくぞ。コイツとの
荒木さんがコメカミを押さえながら重苦しい口調で聞いてくる。ベルグリムスとの関係性──。
「上司、部下」
ベルグリムスを上司として指さし、部下に自分とシアの二人を指す。
「先ほどは挨拶の途中で失礼したね。私の名はベルグリムス。私のしもべが世話になってるね」
テーブルから下りたベルグリムスが荒木さんに対して軽やかに礼をする。
「……荒木だ。この国のダンジョンを統括する政府機関の長をやっている。俺も一応久馬の上司だ。部下が世話になったな」
荒木さんの口調は努めて冷静だが、その眼光は鋭く、威圧感のこもった言葉で礼を返している。
「久馬、次の質問だ。お前がモンスターの仲間になったのか。モンスターがお前の味方になったのか、どっちだ? 心して答えろ」
「ヒッ」
エリちゃんが小さく悲鳴を上げる。荒木さんの凄みを普通の人が見たらこうなるのも仕方がない。正直、俺も荒木さんのことは本気で怒らせたくない。
「その二択はどちらとも言えないな。それにはまず天使と悪魔の話をしなきゃならない」
できるだけ分かりやすいよう、丁寧に時間を掛けて天使と悪魔、ベルグリムスの目的、人類の置かれている立場を説明する。
「……つまり、ダンジョン攻略とは天使を地上に降ろすための儀式だということか? なぜそんなまどろっこしいことをする。最初から降りてきて人類を滅ぼせばいいだろ」
荒木さんの質問には俺の代わりにベルグリムスが答えた。
「次元が違いすぎるのさ。元々地上は天界、魔界と同じ次元で存在していたのが、人類が現れ、とてつもない速度で次元を降下させた。ゆえに次元を上げさせないと天使たちは来れないのさ」
「では、ダンジョン攻略をやめればいいだけの話だ。……終末タイマーは何を意味する」
そう、それだけであればダンジョン攻略さえ止めれば地球の次元は上がらず、天使たちの侵攻は防げる。だが、終末タイマー。この不気味なカウントダウンに人々は恐怖し、ダンジョンへ駆り出されているのだ。
「……解放だよ。その時点での最大階層までのダンジョンにいる
「……そうか」
荒木さんは驚かなかった。というのも終末タイマーは当然、様々な予想がされており、ダンジョンからモンスターが溢れかえる──ダンジョンオーバーは最有力の説だったからだ。
「
ベルグリムスはやれやれと首を傾げ、両手を上げる。
「貴様の言葉を鵜呑みにするならば、な」
「信じる信じないをキミに強要するつもりはない。だが、キューマとシアは私の部下だ。使わせてもらうぞ?」
荒木さんとベルグリムスの間にバチバチと火花が散り、剣呑な空気に包まれる。
「荒木はダンジョンって人間の味方だと思う?」
そんな空気を無視してシアが尋ねた。
「……分からん。ただ、俺自身は
ダンジョン庁のトップの驚くべき発言。エリちゃんはその言葉にギョっとした表情を浮かべる。俺も意外だった。ダンジョンのモンスターから取れる魔石。枯渇しゆく化石燃料たちの代わりに輝く次世代のクリーンエネルギー。それは年々エネルギー効率や採取効率が向上し、エネルギー供給の1割ほどまで伸びてきている人類の希望だ。
これが失われた日にはまた、石油や原発に頼らざるを得なくなる。
「魔石、終末タイマー。俺たちは飴と鞭を与えられ、ダンジョンに向かわざるを得ない。それは全世界規模での人類操作だ。魔石の採取が弱い国は脱炭素のために魔石を高い金で買わされ貧しくなり、ダンジョン攻略に異議を唱えた国は終末タイマーのことから非難され、経済制裁や関税措置が取られる」
荒木さんは少し青ざめた顔で世界という巨大な質量の車輪が転がりはじめてしまったら止めることはできないと嘆いている。
「まさにキミの言う通りだ。天使たちからすれば人類を操作するのは至極簡単であっただろうね。気高さ、美しさ、誇り、使命もない。自分さえ良ければいい。自分さえ裕福であればいい。自分さえ痛みや苦しみから逃げられればいい。そういった堕落したエゴイズムが蔓延した結果がその車輪だ」
ベルグリムスは嘲笑する。人類すべてをひとまとめにして見下された。
「もちろん誤解しないでくれ。そうではない人類も多少いることは認めているつもりだ。しかし、残念ながら統率者がいない。人類を教え、導く者がいないんだよ。だから堕ちていくものを拾い上げられない。零れていく」
「フンッ。大層なご高説だな。まさかゴブリンに人類について講義を受けるとは思わなかったぞ」
荒木さんは不機嫌そうにしているが、反論はしない。ベルグリムスの言ってることに思うところはあるのだろう。
「それで貴様らはそんな人類をどうするつもりなんだ」
「
「……貴様はその派閥と久馬、どちらに付くつもりだ」
「当然、キューマさ。ボクはダンジョンから人類を眺めていて思うところがある。さっきも言った通り自分のことしか考えないろくでもないヤツもいれば、誰かのために命がけになり、輝く者もいる。人類がドブにまみれているからこそ、その輝きを放つ者はよけい美しく見える。そんな人類をボクは好ましく思っているのさ」
ベルグリムスがニタリと笑う。ヒッ。やはりエリちゃんは悲鳴を上げた。分かる。分かるぞ。この笑顔は何度見ても気持ち悪い。
「久馬、シア、お前たちはコイツを信じているか?」
「ま、悪いヤツじゃないと思ってるよ。それに圧倒的に強い。俺はコイツの下で強くなる。それこそ悪魔でも天使でも何が来ようがぶっちぎれるくらいになれば余計なこと考えなくて済むしなぁ、ナハハハ」
「グリグリはイイ人」
俺とシアの言葉に荒木さんはげんなりした表情だ。
「……ハァ。ッチ、俺はこいつらほどお人好しじゃないねぇから常に疑うが、人類が知らないダンジョンの情報を知ってる可能性は高いとは見込んでいる。悪いが、これからも情報提供には協力してもらうぞ。…………シア、なんだ」
荒木さんが話し終えるのと同時に、シアが手を挙げた。荒木さんの厄介ごとセンサーが反応したのだろう。明らかに気が進まない様子で、その要件を聞く。
「完全攻略のご褒美について。グリグリを日本人にして」
ピクッ。荒木さんの顔が引き攣る。ベルグリムスはニタリと笑い、エリちゃんはヒッと悲鳴を上げる。
「……久馬。シアの言ってることはつまり、そういうことか?」
「あぁ、戸籍、人権──あ、ベルグリムスお前何歳?」
「人間でいうところの8663歳だね」
「てことは選挙権もだな。年金は払ってないからなくて、健康保険とかはどうだろ。病院とか行くつもりある?」
「キューマの魔力がある限り不死だ。必要ないね」
「じゃあ健康保険は大丈夫っぽい。あ、大事なの忘れてた。探索者ライセンスもらわなきゃだな」
「ちょっと待ってくれ。一旦、休憩させてくれ。俺の脳血管が破れるか、胃に穴が空きそうだ」
荒木さんがギブアップしたので、一旦休憩となった。アヤネはここまで邪魔しないよう静かに聞くことだけに徹していたが、休憩になったのでベルグリムスに近づき、飲み物何がお好きですか? 飲めないものありますか? と尋ねている。
ベルグリムスの答えは”コーラが飲んでみたい”であった。
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