ドルススタッドの鐘を鳴らして

第20話 祝勝会！＜選択肢前＞

　テーブルには、普段より一層華やかで豪華な料理が並んでいる。肉、煮魚、刺身にサラダ――目を引くご馳走が所狭しと並び、食堂全体を彩っていた。

　宴会が開催されてから数時間経ったが、食堂の真ん中、エンバーとガヨのグラスには次々と酒が注がれる。彼らに賛辞を贈るために団員たちがこぞって酒瓶を持ってくるからだ。エンバーは黙って七杯目を呷り、赤ら顔の団員は「無言なところも渋くていい！」と満足げに笑った。

「ガヨ、大丈夫か？」

　カタファがガヨの前に水を置いた。

「大丈夫、だ」

　ガヨはコップを掴むと一気に水を飲んだ。コップを持ち上げる勢いで水が零れたことに気づいていない。顔はだいぶ赤くなっている。律義な彼は、注がれる酒を断れずにいた。

「それにしてもエンバーは強いですね。全く酒を飲んでないみたいです」

「それにしても、エンバーは強いですね。全然酔ってないみたいです」

エイラスがワイン瓶を二本持って戻る。カタファが首を傾げて中身を確かめると、エイラスは耳元で小声で囁いた。

「中身は水です。ラベルも差し替えました」

　なるほど、とカタファは納得する。プライドの高いガヨのための、ささやかな配慮だった。

「ガヨ。新しいお酒を持ってきましたから。次からは誰に何の酒を勧められても、これを飲んでくださいね」

「分かった」

　ガヨは顔を顰めている。エイラスを疑っているのではなくーー眠いのを隠すためだ。

　エンバーはガヨを微笑ましく思った。人のことは言えないが、ガヨは堅物で真面目過ぎるところがあるから、抱えるものも多いだろう。エイラスやエンバーのように周囲を全く気にしない態度を取れれば楽になるかもしれないが、責任感の強いガヨには多分無理だろうと、心の中で今日の功労者を労った。

「お二人さぁん。俺の酒も飲んでくださいよぉ」

　赤ら顔の団員がまた近づいてくる。彼の手には別卓から持ってきたのであろう酒瓶があった。

「あぁ、ちょっと待っ……」

　酔っ払った男はカタファの制止も聞かず、ふらつきながらガヨとエンバーのグラスにワインを注ぐ。エンバーは表情を変えずにグラスを傾けた。

「ガヨはこれを」

　エイラスがずいと薄く色のついたグラスを渡すが、ガヨは団員が注いだグラスしか見ていない。薄く細めた目で赤ワインに指を伸ばしたが、横から伸びた白い服の袖がグラスを奪った。グラスの中身は薄い唇に吸い込まれ、消えていく。

「美味いな」

　口元を親指で拭きながら、トニーが団員にグラスを突き出す。その飲みっぷりを見た酔っぱらっいは上機嫌で、追加で酒を注ごうとしたがーー、奥からジブが一歩出てきて、グラスの口に手を置いた。

「悪い。今度にしてくれ。な？」

　ジブは団員に顔を近づけて凄んでみせた。口角は上がっているが目元は冷ややかだ。団員は酒瓶を背に隠すようにして苦笑いを浮かべ、返事もそぞろに足早に去っていった。

「トニー、飲みすぎだ。もう十杯目だろ」

「そうだったか？　でもいいだろ。金を払わなくていい酒がこの世で一番美味いんだぞ」

「そうじゃなくって！」

　もう、と鼻息を荒くして過保護なほど心配するジブだが、トニーの顔色は全く変わっておらず、足運びもしっかりしている。普段の無表情から比べるとやや口元が緩んでいるが、酒の席では誰も気づかないくらいの小さな差だ。

「トニーもお疲れ様でした。俺の作戦負けでしたね」

　椅子に掛けたトニーのグラスに、エイラスが持ってきた瓶を傾けた。

「あ、おい！」

　ジブはエイラスを責めたが、実は中身は水だからとカタファがフォローを入れる。

　そんな彼らのやり取りを聞いているのかいないのか、トニーはガヨに声をかけた。赤い顔を見て苦笑する。

「ずいぶん飲んだんだな」

　ガヨは無言のまま片手で顔をくしゃくしゃと撫でた。眠気が相当強いようだ。

「お開きにしますか？　明日もあることですし」

　エイラスはガヨの顔を覗き込んだ。ガヨはーーかろうじて頷いた。その様子を見ていたカタファが立ち上がって席から離れ、カウンターの前まで歩いた。

　パン！　と手を叩く。響く乾いた音に皆の視線が集中した。

「みんな、もう解散しよう！」

　酔って浮かれている団員からは不満げなブーイングが起きたが、最終的に彼らは笑いながら食堂を去っていった。

　トニーは満面の笑みで廊下を歩いていた。

　人込みに揉まれて帰るのがいやだからという理由で片づけを手伝っていたら、食堂の職員が酒をくれたからだ。宴会ではジブに注意されて止めたが、正直、飲み足りていなかった。こっそり中庭で星を見ながら酒を、なんて考えると自然と足取りが軽やかになる。

「トニー」

　浮かれた肩を誰かが叩いた。そこに立っていたのはーー。