第11話 大男とトニーの邂逅

 本陣はセレン湖の近く、林の中にある開けた箇所に設営された本陣の最奥には救護テントがある。

 血と消毒液の臭いが充満するテント内で、カタファとトニーをはじめとした癒やし手は忙しく動き回っていた。至る所で治療魔法特有の仄明るい光がちらつく。

「魔法で診察と治療をします。何かあれば言ってください」

 ガヨは何度もこの台詞を耳にした。トニーは必ずこの声掛けをしてから作業に入るのだ。

 ガヨはトニーの傍を付いて回っている。理由は二つあった。ひとつは、入団に値する傭兵の勧誘。そしてもうひとつは、トニーが神秘の力を不用意に使わないようにするため。

 トニーの治療魔法の腕は確かだった。診察が早く治療も的確。本人の状態によってはあえて治癒をせず魔力を温存したり、ガーゼや包帯も最低限に済ませたりと野戦での救護に慣れを感じた。


 トニーが次の患者の元に向かおうとした時、にわかにテントの入り口が騒がしくなった。

 黒髪の大男が立っている。

 狼の頭に乗る際に大剣で足の裏を深く切っていたから、両脇をエイラスとジブによって支えられ、出入口に一番近いベッドに座らせられた。騎士団の中で背の高い二人からしても、黒髪の大男は拳一つ分大きくーーというより筋肉量が他とは一線を画している。筋肉が十分についているジブよりも一回り以上大きい。

「……」

 トニーは彼に吸い寄せられるように近づいていった。ガヨも後を追う。

 トニーが近づいてきていることにいち早くジブが気づいた。赤い髪が立ち上がり、阻むように通路に立つ。

「ここはいい。トニーは別の奴を癒してやれ」

 ジブは柄にもなく真剣な表情だったが、トニーは彼に一瞥もくれず、制止にも気付かない様子で歩き出した。茶色い髪が横をすり抜けるとジブはトニーの腕を掴む。

「ジブ、なぜトニーを止めるんです? 彼は出血がひどいし、直ぐに診てもらうべきです。カタファが手を離せない今、トニーに任せるしかありません」

 大男のいるベッドからエイラスが声を張り上げた。

 名前を呼ばれたカタファはテントの奥で首を左右に振っている。手一杯のようだった。

「いや、その……」

 返しに言葉を詰まらせるジブを押し退け、エイラスはトニーの手を取り大男の元へと連れていく。にやりと大きな口が左右に広がるーー一瞬、エイラスが愉快そうに笑うのをガヨは見逃さなかった。

 やはり意地の悪いなと思いながら、ガヨも続いてジブの横を通り過ぎる。大男はぜひとも入団してほしかった。


 彼は全身が血まみれだった。それはもはや本人のものか狼のものか分からない。目に巻いた包帯も真っ赤に染まり、狼の脳天を突き破った右腕のガントレットに至っては金具に肉片らしきものが付着している。


「……魔法で診察と治療をします。何かあれば言ってください」

 トニーは抑揚の少ない落ち着いた声で言う。他の患者と等しい声掛けだったが、かざした手は少し震えている。

「……っ」

 弾かれたように大男は動いた。震えるトニーの手を血だらけの大きな手で掴んだかと思うと、彼はベッドから崩れるように膝を折って座り込んだ。その姿はまるで神の慈悲にすがる少年のようだった。


「え?」

「どうしたんだ、あいつ?」

 周囲の人間のどよめきが広がる。トニーも後退しつつ手を引こうとしているがびくともしない。大男は手繰り寄せるようにトニーの腕を引き、自らの顔を押し当てようとしている。

 ガヨは剣の柄に手を伸ばす。背後に居るジブの、おい! という叫びがしたが、一番先に動いたのはエイラスだった。

「落ち着いてください。トニーは優秀ですから。さあ、ベッドに座って」

 長い指を血で汚しながら、大男の手を止める。

「混乱してしまったんですね。でも大丈夫です、治りますよ」

 大男は自我を取り戻し、おとなしくベッドに腰かけた。エイラスが目配せすると、トニーは自らを守るように胸の前に縮こまらせた腕を伸ばしーーすっかり血まみれになった指先をかざして治療魔法をかけ始めた。

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