第10話 魔獣戦ーー傭兵たちの断末魔
耳をつんざく獣の咆哮が戦場を揺らした。
巨大な狼が前足を踏み鳴らし、ぬらりと光る牙を剥き出す。
狼の体高はゆうに平屋を越しており、咆哮は地面に伝わって傭兵たちの足の裏をびりびりと震えさせた。
戦いの火ぶたを切ったのは後方に構える弓の矢だった。鋭い矢じりが狼の腹に突き刺さると、狼は淀んだ目を剥いて傭兵たちに襲い掛かる。
稲妻のような速さで狼は魔法を唱えるローブの女の元へ一息で迫り、前足で撥ねる。
「ひっ」
悲鳴も上げられず木に激突した女はピクリとも動かず、ずるずると血の跡を残しながら崩れていく。
狼の爪は続いて黒髪の大男へと向かう。風を切る音を頼りに大男は最小限の動きで避けると、踏み込みざまに右腕のガントレットを狼の鼻先に叩きつけた。鈍い金属音と共に、狼の鼻が歪み、聞いたこともないような地を這う怒号があたりに響く。
だが怒号が終わりきる前、牙は大男に向かった。音や風を頼りに避けた彼だが牙によって左腕を深々と刻まれ、傷口から鮮血が噴き出すーーが、大男の表情は変わらない。むしろ近づいた好機と言わんばかりに体重を乗せた拳を放つ。口角に当たった拳は肉を抉り、ぱっくりとマズルを裂いた。巨大狼の呻きと共に血が飛び散る中、大男は冷然と対峙している。
痛みで暴走した狼は走りしな、恰幅の良い鎧を着た男を踏みつぶし、突進で狩人の女を吹き飛ばした。そして次は、狼を斬らんと向かってくる勇猛な剣士の肩に嚙みつく。
「うぎっ……!」
彼の肩は紙をちぎるように簡単にもげた。狼が首を振るとちぎれた腕が後方に立つローブを着た男の顔面に当たり、彼の服を血で台無しにした。
「い……っいやだ、死にたくない!」
腕のちぎれた剣士はほうほうのていで逃げ出したが、狼は剣士の足にかみつき、ひょいと上空に上る。空に浮いた剣士の情けない断末魔は牙を剝いた狼の口の中に消えていった。
ぐちゃり、ぐちゃりと狼が咀嚼する。たまに大きな骨が割れる鈍い音もした。狼の口からは、剣士の一部だったであろう新鮮なピンク色の臓物がこぼれ落ちた。
「ひ、ひぃぃ!」
前線にいた男が悲鳴を上げて逃げ出し森へ向かって走り出したーーが背後から迫る剣が心臓を深々と貫いた。男は絶望の表情を浮かべ、剣に凭れかかるように崩れ落ちる。
前蹴りで剣から死体を引き抜いたのは、紺色の髪を返り血で汚したガヨだった。
「逃げる者は殺す!」
ガヨは死体の顔を踏みつけ、血濡れた剣を高く掲げて傭兵たちに冷然と宣言した。それに呼応するように彼らを囲んでいた騎士団が鎧を軋ませ立ち上がる。
「……っう、うわぁぁぁ!」
静まり返った戦場で、一人の傭兵が狂ったように雄たけびを上げて狼に突進した。その狂気に触発されたかのように他も狼に向かって走り出す。
一方で、ガントレットを付けた大男は複数人の声と足音で狼の位置を見失っていた。
だが周りの状況を把握しようと僅かに俯いた。
わずかな間があって、ピクリと大男の肩が揺れ、赤く染まったガントレットから血が滴り落ちる寸前、再び狼に向かって走り出した。
巨大な体躯からは想像のつかない疾風の如く速さで狼の元にたどり着くと、戦士が狼の首に深々と突き立てた大剣を足掛かりにして、粗末な靴を突き破って足が切れることを厭わずに狼の頭の上へ登る。
そしてーー拳を頭頂部に叩きつけた。ぼぎりという大きく鈍い音がした。拳は頭蓋骨を貫通し、ずぶずぶと狼の頭頂部に埋まっていく。大男の肩までが脳に埋まりきった時、狼は泡を吹いてその巨体を傾けた。大男が腕を引き抜いて血まみれの地面に飛び降りると同時に狼は崩れ、痙攣しながら命の灯を枯らしていった。
戦場に静寂が戻る。
「……試験は終わりだ。生存者は仮設基地へ」
剣についた血を払って納刀したガヨは、傭兵たちに背を向けた。
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