第12話 試験最終日。焚火の前で彼の意外な私物が見つかる。
今日は遠征最終日。
本陣の真ん中に設けられた3つの焚火にはそれぞれに味の違う料理が用意されている。近くには温めなくても食べられる食品も数多く揃えられていた。
入団に見合わない傭兵たちは死んだり、その場で帰したりしていたので食料が余っており、加えて荷物の決定権の有るジブ曰く、食事は士気を左右する重要なポイントだから、と種類も多く積み込んでいた。誰もが本人が食べたいからだろうと思ったが、指摘する野暮な者はいなかった。
焚火から少し離れたところにエイラスとトニーが座っている。にぎやかに食事をする傭兵たちを遠巻きに見つつ、エイラスが話しかけた。
「トニー。あの大男は知り合いではない……そうですよね?」
「……そうだ」
血の付いた修道服からシンプルなシャツに着替えていたトニーは、エイラスの探るような質問に短く答えるだけだった。着古しているのだろうシャツの襟は少し緩んでいる。大男の治療をしてからずっとこの調子だ。普段から少ない口数がさらに減っている。
彼らには何かある。ジブは意図してトニーを引き離そうとしていたし、大男の行動は異常だった。
一番ボロを出しそうなのはトニーだ。だからトニーに話を振った。
ジブはあれでいて強かだし、大男は意思疎通がほとんど取れない。実際、話しかけても無視か首を振るくらいしかせず、試験中、声を聞いていない。その点、トニーは感情を抑制しているとは言え反応は素直だ。
エイラスは伸ばした足を組み直し、改めてトニーの様子を見た。
丁度、駄弁りながら話す騎士団員が彼らの前を通る。遮られた焚き火が再び二人を照らしたとき、トニーの胸元がきらりと光った。
「あれ、ペンダントをしてるんですか?」
「ああ。いつもしてる」
トニーは修道服であるハイネックの服ばかり着ていたので、今まで気づかなかった。
「見せてください」
エイラスはずいと近づいて首にかかるチェーンを指で辿り、ペンダントトップを見た。近い距離にぎこちなくトニーの背筋が伸びるが構わずに見た。
ーーエッジに独特の文様の入った鐘のモチーフ。
「これはまた……ドルススタッドの鐘ですね」
向かい合ったトニーは、不思議そうな目でエイラスを見た。なんで知っているのか、とでも言いたげだ。
「俺、これでも侯爵家の人間ですよ。王国史は叩き込まれてますから」
品を感じさせる微笑みのエイラスに対し、トニーはややうんざりした顔をしながら目線を外す。エイラスは初代国王の象徴である英雄の鐘をそっとトニーの肌に落とした。
「おいおい、そんなに近づいてるとジブに噛みつかれるぞ」
カタファがポケットに手を突っ込みながらこちらに歩いてきた。彼もまた私服で、ダボついたデザインのズボンを穿いている。軽やかで淀みない足並みだ。
「俺たちは、いつもこんな感じの距離ですよ」
エイラスがトニーの肩に手を置こうとしたが、その手は空をかいた。トニーは前のめりになって避けたが、結局、エイラスは長い腕でトニーの肩を抱き寄せた。うざったそうにトニがその手で払ったが、エイラスは何時もの調子で微笑むだけだ。
「にしても遅いな。ガヨとジブ」
カタファは両足を投げ出して座った。食事をとってくるから先に場所を確保してくれと二人に言われてから、それなりに時間が経っている。
「戻ったぞ」
ガヨの声に三人は振り返った。ジブとガヨの両手にはこれでもかと肉料理が乗せられたトレーがあった。鳥、猪、鹿の人気3点セット。彩のない茶色いトレーをガヨとジブは平然と渡してきた。流れで受け取ったトレーの重みに驚く三人とは対照的に、ガヨは当たり前のように食べ進め始める。
「トニー、ほらこっち」
ジブはトニーの服を掴んで自分の近くに引き寄せた。子供が甘えるような行動だが、本人はしっかりと筋肉のついた成人男性なので、服はちぎれる寸前まで伸びている。襟はトニーの首に食い込み、鎖骨が見えるまで引っ張られていた。襟が緩く伸びていた理由がエイラスには理解できた。
やめろ、と言うトニーの頭越しにジブと目が合う。焚火に似た赤色の髪が揺れ、意味深にやりと笑ってその場を去っていく。同じくその様子を見ていたカタファはぼそりと呟いた。
「あいつ、本当は可愛い弟ってタイプじゃないよな」
やれやれと苦笑しながら、ある意味憎めないと言うカタファだったが、エイラスにとっては単なるクソガキにしか見えなかった。子供っぽい。同じ年の人間とは思えない、と。
それよりも大きな問題は、ガヨとジブが大量にとってきた肉の処理なのだが、彼らがそれに苦しむのはもう少し先の事だった。
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