第2話 赤髪と茶髪の修道服
「進め!」
ガヨが号令をかける。今回の傭兵受け入れ試験は野盗討伐となった。森林入り口に居を構える野盗が街道を通る市民や商人を襲っているとの声があったので実力試しにもいいだろうと、ルガーの提案で傭兵を連れて行くことになった。
「何もなければいいけどな」
カタファは心配そうにつぶやいた。
号令をかけた後、ガヨたち一行は森林入り口が見渡せる崖まで戻って傭兵たちを観察していた。
「修道服の茶髪が動きましたね」
エイラスは身を乗り出して言った。ガヨが傭兵たちを見下ろすと、茶髪が魔法を放って注意を引きつつ、身を隠している傭兵集団のもとへと後退しているようだった。野盗もぞろぞろと出てきて茶髪を追っていた。
「囮だろうな。修道服は高く売れるんだよ。茶髪はあまり強くなさそうな見た目だし、武器も持ってないからいい的になるだろうな」
カタファの解説はため息混じりだった。
茶髪の修道士がある程度後退すると、今度は傭兵たちが陰から出てきて乱戦状態になった。地の利と連携が取れているのは野盗だ。野盗として生き抜いてきた者たちと比べれば、今日集められたばかりの傭兵の地位に甘んじていた者の実力は低かった。
目を潰され呻く者、真正面から切られる者、腕を切り落とされ武器を奪われる者など、戦力のない者は早々に地に倒れ始めた。
倒れていく人間の様を見ていた傭兵の一人が叫び声をあげて、その場から走り去ろうとした。しかし、その体はすぐさま矢によって射貫かれた。
「ルガー団長、何を」
カタファが勢いよく振り返った。灰色の髪とバンダナに付いた装飾が揺れる。
「戦闘から逃げる者は殺せ。傭兵として国から身分を与えられているくせに逃げる奴なんぞ、生きる価値がない」
大弓を構えたルガーが後方に待つ弓兵たちに声をかけた。
「赤髪。いい動きしてます。」
エイラスが手のひらを庇のように目の上に当てながら言った。
赤髪は体躯に見合った長柄を振り回し、野盗を圧倒している。槍の振るい方は野蛮で美しくないが、間違いなくこの戦場で一番目立っていた。野盗の多くが彼の手によって殺されているであろうと誰もが理解していた。
ガヨは茶髪の男を探した。目線を主戦場からずらすと茶髪はすぐに見つかった。足を切り落とされた傭兵が芋虫のように這っているのを、身を隠せる場所に引っ張ろうとしているようだった。
「殺せ」
ルガーの太い声が後方から聞こえた。ガヨと同じ箇所を見ていたようで、弓兵に顎で指示を出した。
「あの足じゃ、もう傭兵としては価値がねぇ」
一人の弓兵が前に出た。カタファの隣に立って弓を引いて狙いを定めている。
その時、突然、茶髪が顔を上げ、ガヨ達一行を見上げた。そして引きずっていた傭兵の前に出て両手を伸ばした。
「助けを求めてるんじゃないか」
カタファが身を乗り出した瞬間ーー。
「カタファ!」
鋭い声が響く。エイラスがカタファの肩を強く引いた。尻もちをついたカタファの目の前で、崖下を狙っていた弓兵が後ろに吹っ飛んだ。その肩には、深々と槍が刺さっている。ガヨが身を低くして戦場を見下ろすと、赤髪が茶髪のさらに前に立っていた。右腕を前に伸ばし、まさに投擲を終えたばかりといったところだった。
「ありがとう、エイラス」
「問題ないです。怪我はないですか」
エイラスはカタファに手を差し出した。カタファは無事だったが弓兵はうめいて転がっている。
崖下からひときわ大きな断末魔が辺りに響いた。
野盗が倒れ込んでいる。痙攣した身体から広がった血は乾いた土を濡らしていった。
「終わったな。野盗は全員死んだ。引き上げさせろ」
ルガーは空に向かって大弓を引いた。矢は弧を描き茶髪の奥に縮こまっていた傭兵の頭に刺さった。ルガーはそれを確認すると、今度は弓兵の肩に刺さる槍の柄を折り彼の馬に一緒に跨らせる。
「俺は救護室に行く。ガヨ、茶髪を回収して連れて来い。カタファは俺と来い。茶髪が治療魔法を使えるか見てみろ」
戦場には、修道服の赤髪と茶髪、他には五人程度の傭兵が立っていた。血塗れの戦場に行くためガヨは振り返り、崖下へと続く道を歩いていった。
救護室で呻く弓兵の傍らに座りながら、カタファは先ほどの戦いを思い返していた。赤髪はあの戦場で一番の戦果を上げた。七人は殺していただろうか。茶髪はーー恐らく誰も殺してはいない。茶髪の修道士は戦闘においてはさほど強くない。ただ、同じ魔法職のカタファからしすると、彼の攻撃の放つ魔法の錬度は高いように思えた。
「カタファ様、失礼いたします」
救護室の扉が開かれ、騎士団の下部組織である兵団が、彼の後ろにいるであろう人物に声をかけた。
「失礼します」
扉を抜けて茶髪が静かに部屋に入る。
「お前は魔法職だろ? 治療魔法がどれくらいできるか確認させてくれ」
茶髪は小さく頷くと、弓兵に近づいた。彼は弓兵に肩に刺さったままの槍を抜くことを告げた。弓兵がうめきながら頷くと、茶髪は槍を力を込めて抜いた。修道服や顔に血が飛び散ったが、茶髪の男は気にしていない様子でいた。
「魔法で診察と治療をします」
茶髪が弓兵に声をかける。その声は抑揚こそ少ないが落ち着いていて、弓兵も安心したように頷いた。彼が手をかざすと、傷が仄明るく、白く発光する。
治療魔法特有の光だった。
治療魔法における診察はかなり神経を使う。魔力を流して体内の異常を探るのだが、途切れることなくムラなく魔力を流し込み続ける繊細さと、診察する範囲にもよるが相当な魔力量を必要とするため、基礎レベルを超える治療魔法の使い手でなければ、診察をすることができない。
カタファは一定の実力を認め、茶髪の男の名を聞くことにした。
「俺の名前はカタファだ。お前の名前は?」
「トニーです」
カタファの質問に目線を合わせず、茶髪の男――トニーが答えた。
「赤髪の奴の名前は? 知り合いなんだろ。お前を守ってた」
「あいつはジブと言います」
トニーと名乗った茶髪の男は顔を上げずに、魔法をかけ続けている。カタファはそれ以上、トニーの邪魔はしまいと口を噤んだ。
少し経って、弓兵の小さな寝息が聞こえてきた。
「後は俺が診る」
カタファが弓兵の前に立つと、トニーは一歩下がった。
「うん。治療魔法は完璧だ。だけどこいつは、……騎士としてはもう難しいな。」
傭兵の肩に刺さった槍の威力は大きく、救護室に運ばれた時、弓兵の骨は砕け、槍が貫通した肩の神経をズタズタに引き裂いていた。骨や肉の接合や皮膚の修復は出来ているが、広い箇所の神経が死んでいる。後遺症が残るだろうとカタファが肩を落としていると、トニーが背後から声をかけてきた。
「治します」
「は? ちょっと待て」
制するカタファの声を無視して、トニーが患部に素手で触る。
「おい!」
その不衛生な行為に怒りの感情が湧いた。カタファはトニーの肩を掴んで強引に引き剥がし、急いで弓兵の肩を見たが、そこには傷はなかった。ーーまるで何もなかったかのよう。するりとした素肌があるだけだ。
驚いたカタファが急いで改めて診察すると、神経、骨、筋肉、皮膚に至るまで、完全に治癒されていた。
治療魔法は本人の生命力を利用した治癒だ。欠損した指が生え変わらないように、失ったものやつぶれた神経を復活させることはできない。
それは世界の常識。治療魔法の理。
――人智を超えた力。それはーー。
「神秘か」
カタファの小さな声に、トニーは黙ったまま頷いた。
神秘とはすなわち、神の力。
神秘を持つ者はその強大な力で多くを救ってきた。その力は非常に希少だが遺伝により継承されることが多く、現在は国王や貴族、高位聖職者などの一部が神秘を持っているだけだ。
カタファが横目でトニーを見ると、彼は自身の震える両手を見つめた。その手に一滴、血が滴る。
トニーは鼻血を出していた。カタファは慌てて手をかざして治療魔法をかける。
「力の反動です。気にしないでください」
手の甲で血を拭いながらトニーが言った。当然のように話す彼にカタファは動揺した。神秘の力に反動があるというのは初耳だ。
しかしとにかく今は体調が悪くなったトニーを優先するべきだと、カタファは空いたベッドに彼を座らせた。
「鼻血以外は大丈夫? 吐き気とか」
「大丈夫、です。さっきの治療で血はもう止まりました。他に具合が悪いところはありません」
カタファはその後も治療や診察を申し出たが、もう大丈夫だと頑なな態度で断られてしまったので、トニーに一言断って部屋を後にした。
団長であるルガーにこの件を告げなければならなかったからだ。
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