第3話 神秘の行く末

  団長室でガヨはルガーの言葉を待った。

 赤髪ーージブはトニーの顔に血が付いていたのを見て、一緒に入室してきたカタファに殴りかかろうとしたので、ガヨによって制圧され、膝立ちの状態で腕を押さえ込まれている。

 エイラスは扉の前、カタファはそれに対になるように壁際に立っていた。

 ルガーは細かい彫刻のあしらわれた椅子に腰掛け、執務机に両肘を付け顔の前で手を組んでいる。じっと修道服の二人を睨んだ後、ゆっくりと口を開いた。

「お前らは合格だ。……特に赤髪。ジブと言ったな。無作法だが気概のある槍だ。だがその矛先を見誤ることはもう許さん」

 そこまで言うとルガーはゆっくりと立ち上がり部屋の中を歩き出した。

「神秘持ち」

 そしてルガーはトニーの目の前に立った。が、しばし何もしない。大の男が六人もいるが、ここで話す権利があるのはルガーだけだ。

「お前の治療魔法は入団に値する高度なものだとカタファから聞いている。だが何より価値があるのは神秘の力だ。神秘持ちの体液ーーとくに血は高く売れる」

 ルガーはトニーの肩を掴んで強く揺さぶる。トニーは顔を歪ませるが、されるがままに髪を揺らしつつも踏ん張った。

「てめぇ! 触るんじゃねぇ!」

 ジブが大声で叫んだ。膝立ちの状態から無理やり立ち上がろうとするが、ガヨは体重をかけて上から強く押さえつけた。

 ルガーは手を止めて、じろりとジブを見降ろす。

「お前は分かりやすいな」

 一言話すと、突然、手を振り上げーー思い切りトニーの横っ面を殴りつけた。骨がぶつかる鈍い音が部屋に響く。トニーは倒れこそしないものの、口の端は大きく切れ出血していた。

「赤髪。俺に口答えは許さねぇ。次に口答えをしたら……分かるな?」

 怒りでぶるぶると震えるジブを尻目に、ルガーは、今度はトニーの髪を力任せに掴み、無理やりに顔を上げさせた。

「いっ……!」

 反射的に声を上げたトニーを見て完全に頭に血が上ったジブは、体を捩らせて一瞬、ガヨの拘束から抜け出した。が、すぐさま押さえ込まれ、床に組み伏せられる。

 ルガーはその様子を横目でちらりと見ると、満足げに笑った。

「赤髪は神秘持ちの犬だ。だが飼い主はその自覚がない。……ともどもうまく使え。カタファ、今後、神秘持ちが怪我をしたら血を集めとけ」

「承知いたしました。しかし今回は少量過ぎて血は取れませんので、次回以降に」

 カタファは殴られたトニーの頬に手を向ける。治療のための行為だが怒りでいっぱいになったジブは見境なく暴れ始め、団長室の床をバタバタと足で叩く。押さえつけているガヨの額にはうっすらと汗が滲んできている。

「うるさいですね」

 部屋の隅に立っていたエイラスは、腕を組んだまま近寄ってきて、続けてガヨに、落とそうと言った。

 頷きまたガヨは、ジブを脇から抱き上げて上体を反らせた。

「おやすみなさい」

 エイラスがつま先でジブの顎を蹴り上げる。ムチのようにしなった足先で脳を揺さぶられたジブは、声を上げることもなくそのまま失神した。

「ったく。やっと静かになったな。エイラス、ジブを運べ。ガヨは神秘持ちを部屋に案内しろ。いろいろ面倒を見てやれ。カタファは神秘を使用した時の状況をもっと、詳しく教えろ」

 ルガーが椅子にどっかりと座って足を組んだ。

 エイラスは微かに眉をひそめたが、すぐに笑みを浮かべて、承服の返事をした。ジブとエイラスは身長差は無いものの、ジブは骨格が大きく筋肉質、エイラスは細身のため運搬が大変だとも言いたかったのだろう。

「ジブを運ぶのを手伝った方がいいでしょうか」

 トニーは小声でガヨに耳打ちした。唇の傷は先小さくなっていて血も止まっている。

「いや、いい。ルガー団長の命令にだけ従え」

 ガヨは団長室の扉を開けた。トニーに部屋から出るよう指示した時、部屋の注意にいるエイラスが気になった。彼の微笑みはトニーの修道服のセーラー襟を追っていた。



 廊下を歩き、騎士団宿舎へと向かう。ガヨもトニーも黙ったままだ。団長室のある本省四階から階段を降り、中庭に面した外廊下をぐるっと回るように通る。

 まあまあの距離があるが、それは案内する部屋が寄宿舎の端にあったからだった。

「ここだ」

 ガヨは鍵を使って部屋を開け、トニーに入るよう促した。彼は大人しく部屋に入って、中をキョロキョロと見回した。

 部屋に入ってすぐ右側には扉が二つ。一つはトイレ、一つは洗面室とそれに繋がって簡易的な風呂が設けられている。メインルームには簡素なベッド。ベッドの近くにはサイドテーブルが設けられている。後は備え付けの机と椅子、こじんまりとした戸棚、クローゼットが設置されている。

 ガヨは後手で扉を閉めた。

「元々ここは第三騎士団付きの従者の部屋だ。今回、お前ら傭兵は新兵と同じく二人部屋を用意する予定だったが……変えさせた」

 貴族出身のガヨからすれば粗末な部屋だが、トニーにとっては違うようだった。戸棚を開けては備え付きの皿や小物をしげしげと見つめている。

「……ちゃんと聞け。神秘持ちの体液や内臓はどの国でも高く売れる。平民が神秘を持ったらどうなるか、お前は知ってるはずだ」

 平民の神秘持ちが幸福な人生を送ることが難しいことは歴史が示している。それを今さら言う必要はない。


 ガヨは部屋の鍵をポケットから取り出してベッドに投げた。

「部屋にいる間は常に鍵をかけろ。みすみす死なれたら夢見が悪い」

 トニーは黙って聞いているだけだったので、ガヨは言葉を続けた。

「お前が神秘持ちだということは、今日、団長室に居た者以外には伏せておく。お前もむやみに話すな、力を使うな。……騎士団は長い歴史のある団体だ。国政に近い貴族も少なからずいる。貴族だけではなく派閥や権力闘争もある。にこやかに話しかけてくる奴にこそ注意しろ」

 最後に、ガヨは夕刻になったらまた来ると告げた。

「ありがとう」

 去り際、扉が閉まる前。トニーが礼を言うのを背中で聞いた。

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