第2話

 わたしは手にした剣の先を両方とも、闘技場の砂地に突き立てた。


 それは間違った動きだったが、尾を引く腹痛のせいでしゃがみこみそうになっていたのだ。


 わたしは剣術師レンの沓を履いていない足が、すり足で前進してくるのを見ていた。


 すばやく切りつけるために、ふたたび重心の釣り合いを取っている。


 彼との訓練ではいつも、恐怖で腸が痙攣したようになるが、今回はそれとは違った。


 これは出血の痛みだ。


 月のものの日を数え間違っていたのだろうか?

 

「どうした、小僧?」


 わたしは顔を上げた。


 レンが自分の剣を二本とも構えて立っていた。


 そのまま交差させる形で優雅に一閃すれば、こちらの首をはねてしまえただろう。


 彼の手は剣の柄をしっかり握っていた。


 このまま最後までやり終えて、体の不自由な出来損ないを学校から排除したがっているのはわかっている。


 だが、さすがにそこまではやらなかった。


「もう疲れたのか?」


 レンがなじった。


「第三の形はふだんよりもっとひどかったぞ」


 また痙攣性の痛みに襲われて歯を食いしばりながら、わたしは首を振った。


「なんでもありません、師よ」


 わたしは剣を下げたまま、注意深く体を起こした。


 レンが構えを解いて後ろにさがった。


「おまえは明日の儀式の準備ができていない」


 彼はいった。


「けっして準備ができることはないだろう。

 接近套路さえ終えることができないのだからな」


 レンは訓練用の砂場を囲んでひざまずいているほかの候補者たちをにらみながら、ぐるっと一周した。


「鏡に近づきたければ、この套路は完璧でなくてはならない。

 わかったか?」


「はい、師よ」


 十一の声が叫んだ。


「どうかもう一度やらせてください」


 また体をぎゅっとねじるような痙攣性の痛みに襲われたが、わたしは動かなかった。


「だめだ、怜苑レオン・ジャ。

 輪に戻れ」


 ほかの十一人の候補者たちのあいだに、不安げな空気がさざ波のように広がるのがわかった。


 レンがわたしの名前に、ジャという魔除けの古い言葉をつけ加えたからだ。


 わたしはお辞儀をすると、この刃を両方とも彼の胸に突き立てたらどんな感じがするだろうと想像しながら、剣を交差させる礼をした。


 レンの背後には虎の竜の巨大な姿がぼんやりと浮かび、とぐろを解いてこちらを見つめていた。


 虎の竜はいつもわたしの怒りによって目覚めるようだった。


 わたしは兎の竜に意識を集中して揺らめく輪郭を与え、その平和の守り手が激しい怒りを静めるのに手を貸してくれるよう願った。


 候補者の輪のなかで路偉出ロイデがもぞもぞ身動きし、闘技場を見まわした。


 竜たちの気配を感じていたのだろうか?


 路偉出ロイデはほかのものたちより多くのことに気づいていたが、その彼でさえ波動の竜を一頭見るためには、何鐘刻も瞑想しなくてはならなかった。


 わたしはすべての竜を思いのままに見ることのできる、唯一の候補者だった。


 もちろんすべてといっても、はるか昔にいなくなってしまった鏡の竜は数に入っていない。


 その霊獣たちを見るためには全神経を集中しなくてはならず、ひどくくたびれたが、この二年間のきつい訓練に耐えることができたのは、ひとえにその能力のおかげだった。


 またそれは、わたしのような出来損ないが候補者に名乗りを上げるのを許された、唯一の理由でもあった。


 ただ、すべての竜が見えるのは珍しいことだが、剣術師レンが好んでわたしに思い出させたがるように、首尾よく選ばれる保証はなかった。


「輪に戻れ。

 いますぐだ!」


 レンが怒鳴った。


 わたしは緊張して後ずさった。


 動きが速すぎる。


 不自由なほうの脚の下で砂が移動し脚が右によじれた。


 わたしは勢いよく地面に倒れこんだ。


 衝撃でほんの一瞬麻痺したあと、痛みが襲ってきた。


 肩、腰、膝。


 腰が!


 腰をさらに痛めてしまったのだろうか?


 わたしは体に手を走らせながら皮膚と筋肉に指を食いこませ、変形した腰骨を探った。


 いや、痛みはなかった。


 無傷だ。


 それにほかの痛みもすでに薄れかけていた。


 路偉出ロイデが膝立ちのままであたりに砂をまき散らしながら、不安そうに目を見開いて前ににじり出てきた。


 ばかなことを。


 よけいひどいことになるだけなのに。


怜苑レオン、大丈夫……?」


「隊形を乱すな」


 レンがぴしゃりといった。


 そしてわたしを蹴飛ばした。


「立て、怜苑レオン・ジャ。

 おまえの存在は竜眼卿の職務に対する侮辱だ。

 立て」


 わたしはまた彼に蹴られたら転がるつもりで、なんとか四つん這いになった。


 蹴りは飛んでこなかった。


 わたしは自分の剣をつかんでそれを杖がわりに起き上がり、まっすぐ立ったときにまた痙攣に襲われた。


 出血があるのはもうそれほど先ではないだろう。


 その前にご主人様のところに戻らなくては。

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