第3話
六カ月前に初めてわたしの体がわたしと主人を裏切って以来ずっと、主人は柔らかい布と海綿をいつも切らさないようにし、詮索好きなものの目が届かない自らの図書室にしまっていた。
ちょうど半鐘刻の鐘が鳴ったばかりだった。
「師よ、次の鐘まで練習を脱けてもかまわないでしょうか?」
わたしは尋ねた。
うやうやしく頭を下げていたが、目は
たぶん彼は雄牛の年の生まれだろう。
それとも山羊の年かも知れない。
「おまえの剣を武器庫に返しにいけ、
わざわざ戻ってくるにはおよばんぞ。
あと何鐘刻か練習したところで、明日の儀式でおまえが成功する可能性が増すことはないだろう」
彼はこちらに背を向けながらお気に入りの
わたしは追い払われてしまった。
わたしたちふたりは、特にひ弱な候補者だった。
輪になっている少年たちみんなと同じ十二歳だが、八歳児と同じくらい小柄で、わたしのほうは脚が不自由だった。
昔なら竜眼卿の候補者とみなされることさえなかっただろう。
ふたりとも明日の儀式で鼠の竜に選ばれるとは思われていなかった。
どこの賭博場でも
賭け率ではわたしたちは不利かもしれないが、竜がどうやって選択するのかは、評議会ですら知らなかった。
わたしは
口角がぴくりと上がったが、緊張のしわはやわらがなかった。
またお腹のなかに、痙攣性の締めつけるような痛みが走った。
わたしは息を止めて痛みが治まるのを待ってから向きを変え、悪いほうの脚で細かい砂をまき散らしつつ小さな武器庫の建物に向かって注意深く歩いていった。
もはや候補者が鏡に近づく名誉を得るために戦うことはなかったが、わたしたちはまだ剣を用した儀式的套路を披露して強さと体力を証明しなくてはならなかった。
少なくとも
わたしのほうは、鏡の竜第三の複雑な動きを一度もやり遂げたことがなかった。
波動の竜と取引して大地の力を操るためには、肉体的にも精神的にも大変な強靭さが必要だといわれていた。
候補者たちのあいだでは、竜眼卿はその波動を働かせる能力と引き替えにゆっくりと自らの生命力を竜に引き渡し、その取引のせいで実年齢以上に年を取るのだ、とささやかれてさえいた。
わたしの主人は前回の周期に虎の竜眼卿を務めており、まだ四十歳をいくつか過ぎたばかりのはずだ。
しかしその見た目や身のこなしは、まるで老人だった。
ひょっとしたらあの話のとおり、竜眼卿として自らの生命力を手放したのかもしれないし、貧乏と不運という試練のせいで年を取ってしまったのかもしれない。
いま主人はわたしが成功する可能性に、すべてを賭けていた。
わたしは肩ごしに振り返った。
五体満足なたくましい少年たちがそろって仕えようと張り合っているのに、鼠の竜はほんとうにわたしを選んでくれるだろうか?
あの竜は野心の守り手だから、もしかすると肉体的に優れた能力には影響されないかもしれない。
わたしは北北西を向き、鼠の竜が陽炎のように砂の上で揺らめくのが見えてくるまで、心の目を細めた。
まるでわたしが意識を集中しているのに気づいたかのように、竜は首を弓なりにしならせ、豊かなたてがみを振って広げた。
もし竜に選ばれれば、わたしは二十四年にわたって高い地位を占めることになる。
最初は現在の竜眼卿の見習いとして務め、彼が引退したあかつきには、自らその波動を働かせるのだ。
主人に十分の一税の二割を渡しても、莫大な富が手に入るだろう。
誰もわたしにつばを吐きかけたり、魔除けの仕草をしたり、不快そうに顔を背けたりしなくなるはずだ。
もし竜に選ばれなかったときは、このまま主人の屋敷に使用人として置いてもらえれば御の字だろう。
あのみっともない少年の体は絶えずねじくれていて、それ自身の粗悪なもじりになっている。
十四年前、
わたしの主人はその赤ん坊の醜さにうんざりしたものの、自分の屋敷で暮らすことを許した。
もし明日しくじれば、わたしは主人が同様の慈悲を自分にも示してくれることを祈るしかない。
四年前に彼に見出される以前、わたしは塩田で働いていた。
あの惨めな暮らしに戻るくらいなら、竈のそばの敷物を
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