天竜帝国内乱記
神泉朱之介
第1話
最初の竜眼卿たちがいかにして幸運を司る十二頭の波動の竜と危険な取引をしたのかは、誰も知らない。
何世紀もの時を経て残存している数巻の巻物や詩に記されている内容は、われらの国土を守るために人間と霊獣のあいだで取り決めが結ばれたかなりあとからはじまっている。
しかし噂では一冊の黒い書物が現存し、そこでは暴力的なはじまりが語られ、古の同盟の壊滅的な最後が予言されているという。
竜とは根元的な存在であり、「ホア」、あらゆるもののなかに存在する自然の波動を操ることができる。
それぞれの竜は十二年でひと巡りする力の周期を表わす天獣のひとつになぞらえられ、その周期は時のはじまり以来、同じ順序で巡っている。
鼠、雄牛、虎、兎、竜、蛇、馬、山羊、猿、雄鶏、犬、そして豚。
どの竜も十二の神聖な方位のひとつの守護者であり、大徳のひとつの守り手である。
毎年元日にその周期が巡り次の獣の年がはじまると、その年の竜が昇竜となり、その力は十二カ月のあいだ倍になる。
また昇竜位にある竜は、竜の霊術の訓練を受けるべきひとりの新しい見習いと融合し、この少年が新しい人生に向かって階段をのぼるとき、それまでの見習いは新しい竜眼卿に昇進して全権を握る。
彼は己の師匠、二十四年にわたって竜と融合していたために疲れきり、命取りになるほど衰弱して引退する先代の竜眼卿に取って代わるのだ。
竜眼卿に途方もない力、颱風を移動させ、川の流れを変え、地震を鎮めるのに充分なだけの力をもたらすのは、過酷な取引だ。
自然をそのように支配するのと引き替えに、竜眼卿はゆっくりと自身のホアを己の竜に引き渡していく。
竜眼卿の候補者になる望みがあるのは、波動の竜を見ることができる少年たちだけだ。
自分の生まれ年の竜を見ることができるのはまれな才能であり、それ以外の波動の竜のどれかを見ることができるのはさらに珍しい。
新しい年が訪れるたび、十二年前に誕生した十二人の少年が昇竜位にある竜と向き合い、己の才が相手にとって充分であることを祈る。
そのうちのひとりが選ばれて竜とひとつになる瞬間、その瞬間にだけ、すべての男が
栄光に満ちた竜の姿を見ることができる。
竜の霊術の世界に女が入る余地はない。
女はその技を堕落させ、波動の竜と和合するのに必要な体力も人格の深みも持たないといわれている。
また、女の目は物質そのものを見つめることに熟練しすぎて、波動の世界に隠された真実を見ることはできないとも考えられている。
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