2. 女神の悪戯と天使の嫉妬
「ふぅ……大学に着いたぞ」
「毎日ありがとう」
「ははは、少年のためだ。構わんさ」
キャラメルは伊勢自身が決めたこととは言え、毎度死にかけながらも大きな不平不満を漏らさずにきちんと毎回伊勢がお礼を言ってくれることに内心喜びで小躍り状態だった。
伊勢もまた、自分のワガママに10年も付き合ってくれているキャラメルに恋愛感情以上に恩義を感じている。
「じゃあ、早速」
「んぐっ……んむ……んぅ……んくっ……んふうっ……相変わらず、いつもの少年とは違う強引なキスだな。いや、強引なのは布団の中でもそうか」
「そっちの方が疲れるから、たくさんエネルギーを分け与えられているのかなって」
キャラメルがドキリとする。彼女がドキドキすればするほど生命エネルギーの摂取効率が上がる。
つまりは、彼女は強引にされる方が好きだということである。しかし、それを伊勢に知られたくないようで、彼女はペシっと自分よりも背の高い彼の頭に軽くチョップをする。
「少年のくせに生意気なことを言う。いつもへばって先に寝るくせに」
「がんばるよ……って、マズい! 教室に急がないと!」
伊勢がそう言って走り出して教室に滑り込みセーフを決める。もちろん、キャラメルも彼の隣にピタリとくっついて、席まで彼の隣を陣取っていた。
「おはよう、諸君。だいたい揃っているようだな」
後からやってきた講義担当の教授が目視でおおまかな出欠を見てから、出席簿を開いて点呼を取る。
キャラメルは学生ではないものの、静かに座ったり立ち止まったりしている際に発動できる認識阻害の特殊能力で教授の目には映らないようになっていた。
キャラメルの最大の懸念はトラックよりも鉄骨よりもほかにある。
「ねえ、伊勢くん」
講義が終わった後、同級生の女の子が伊勢に近付いてくる。
途端、キャラメルの顔が険しくなり、とても美少女が浮かべていい表情でなくなる。
「ん? 何?」
「ちょっと、いいかな?」
「え? まあ、いいけど」
同級生の女の子が擦り寄るように、キャラメルがいる席と反対にある伊勢の隣の席へと座ってくる。
キャラメルの顔はもはや般若や鬼のようだった。
「ありが……ひっ……あ、あはは、彼女さんいたのね、気付かなかった。伊勢くん、またね」
「ん? キャラメルがいるとダメなのか? なんだったんだろう……って、キャラメル、何その顔……めちゃくちゃ怖いんだけど」
「毎日、毎日、女の子に声を掛けられて、まあ、少年はたいそうおモテになるようだな」
女神の悪戯か、はたまた、降りかかる災難に加えられた女難の相の片鱗か、伊勢は10年前を機に多くの女子から相当の好意を抱かれるようになった。
伊勢はキャラメルのことが好きで特にほかの女の子に言い寄られても変な気を起こさないが、キャラメルからすればまったく面白くない話である。
彼女は彼が自分にしか好意を向けていないと頭の上で理解をしていても、こう言い寄られていて何も警戒せずにニコニコとオールOKな雰囲気で接する彼についついむくれて顔が膨れてしまう。
「いや、ただ声を掛けられているだけだし……」
「ほー、高校の頃に、『あの女と別れて、私と一緒になってくれないならぶち殺してやる』と言われて、刃物と金槌を持った
キャラメルが数年前に起きた事件のことを口にすると、伊勢は引きつった顔で胸を少し抑え始める。
「うぐっ……やめてくれよ……あれは今思い出しても怖いんだから……トラックや鉄骨よりも死を感じたから……」
伊勢が苦しそうな表情になると、キャラメルはハッとして立ち上がり、彼の頭を自分の胸に埋めるように抱きしめて頭を撫で始める。
彼女の表情は申し訳なさそうで、それでいて、愛おしいものを宥めるような優しいものだ。
「それはすまなかった。ただ、私以外をあまり深く信じるな。どんなことがあっても、私だけは少年の味方で、守るための武器や盾だと思ってくれ」
伊勢は徐々に落ち着きを取り戻し、キャラメルの中でゆっくりと頷いた。
その後、夕方になって伊勢はすべての講義を受け終える。彼は冷蔵庫の中身を思い出しながら、買い物は必要ないかなと考えてそのまま帰ろうとした。
「キャラメル、今日はまっすぐ帰ろうか」
「そうだな」
キャラメルは伊勢の言葉に腕を組んで帰ろうと手を伸ばしたところでピタリと止まる。
嫌な予感というには、はっきりと分かる嫌悪感。
彼女は迷った末に、手を引っ込めた。
「キャラメル? どうしたの?」
「あぁ……いや、すまない。気になることができたんだが……。悪いが、ここで待てるか? どうしてもなら先に一緒に帰ってから……」
気になることにソワソワしつつも伊勢の心配をするキャラメルに、伊勢は首を横に振った。
「いや、自習室で待ってるよ。気になるんでしょ? 先に行ってきなよ」
「ありがとう。すぐに戻る」
キャラメルが礼を言ってから消えるようにどこかへ行ってしまう。
「さて、自力で生きて帰れる気がしないし、自習室で待つか」
「おい、そこのお前」
伊勢が聞き覚えのない声に振り返ると、合同講義で一緒になったことのある別学科の男たちが目の前に立っていた。
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