【短編/4話完結】羽を失った天使 ~元天使は愛する人を異世界転生から守ります!~

茉莉多 真遊人

1. 少年に降りかかる10年も続く災難

 この物語の始まりは10年前に遡る。


「お姉ちゃん……羽がなくなってる……」


「あぁ……そうだな。だけど、君が気にしなくてもいい」


 トラックに轢かれそうになった10歳の少年は、17歳前後の容姿をした少女に助けられた。


 少女は背中に綺麗な純白の羽を持つ天使、だった。


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 10年後のとある朝。関東のどこか、小さなワンルーム。


 ジリリリリリと目覚まし時計が鳴り始めると、布団にくるまっている何かがもそもそと動いて、にゅっとゴツゴツとした手が伸びてから目覚まし時計を捉えて布団へと飲み込んで動かなくなる。


 しばらくして、布団が爆ぜたかのように宙に舞う。


「今日は1限からだ! 遅刻する!」


 布団の中から現れたのは2つの塊。


 1つはかつて少年であり、20歳大学生の青年となった伊勢いせ 快行よしゆきである。


 痩せ過ぎず太り過ぎずの中肉中背な彼は近くのテーブルに置きっぱなしの黒縁眼鏡を持って洗面所へと急ぎ、跳ねている黒髪を整えながら洗顔、歯磨き、髭剃りなどの支度をパパっと済ませた後に持ってきた眼鏡を装着する。


 部屋に戻った伊勢は脱ぎ捨てていたジーンズを履いてから、カーテンレールに吊り下げている濃い緑色の襟付きシャツを着て、次にカバンの中をごそごそと漁って荷物の整理をする。


「くぁ……あく……ん……相変わらず、朝に弱いな、少年」


「まだ寝ているキャラメルに言われたくない!」


 欠伸をかみ殺しながら未だに寝転がっているもう1つの塊は、10年前から一切容姿の変わらない美少女のキャラメルだ。


 その名前に合ったキャラメル色の長く艶やかな髪、綺麗とも可愛いとも言える整った顔、透き通った青空色の瞳と陶磁器のような白くきめ細かな肌、控えめながらも均整の取れた身体つきはまさに理想の容姿である。


「ふわあ……私は少年よりも身支度が短い、というより準備というものがないからな」


「男よりも短いなんて、天使ってのは便利だよね」


「元だがな」


 キャラメルはかつて天使だった。


 なお、キャラメルという名前は本当の名前ではなく、彼女が伊勢に「好きに呼んでくれ」と言ったところ、彼が彼女と出会う前に亡くした焦げ茶のミニチュアダックスフントの名前から名付けたものである。


 彼女がようやく身体を起こし、伊勢から借りているダボダボのTシャツを脱ぐと一糸纏わない全裸状態で堂々と立ち上がった。


「せめて、服着てから起きてよ……」


 伊勢が目のやり場に困るといった様子で不満を述べるも、キャラメルの方は特に気にした様子もない。


 次に彼女は指をパチンと鳴らして、どこからか現れたフリフリフリルのついた純白の膝上丈のワンピースとニーソックスを纏い、大女優しか被りそうにないやたらとでかい純白の帽子を頭の上に乗せて、着替え完了とばかりに突っ立っている。


「少年よ、お互いに裸を見ているどころか、それ以上の仲じゃないか。昨日もまあ、元気、元気」


「だとしてもさあ。って、言い方をもうちょっとさあ。それに、それはそうしないと、キャラメルが――」


「もう、文句が多いな。ほら、遅刻するぞ」


 昨夜の情事を思い出して顔を真っ赤にしながらぶつくさと呟く伊勢の背中をキャラメルが押して外へと出ていく。


「まだダメそう?」


「……そうだな」


 外に出た瞬間、伊勢が少し周りを警戒するように見回してキャラメルにそう訊ねると、キャラメルもまた先ほどのにこやかでからかうような柔らかさからピリッとした顔つきへと変わっていく。


「そうか……面倒をかけるね」


「少年が気にすることではないよ。私が好きでしていることだ」


 会話をしながら、2人が青信号で渡ろうとした次の瞬間、わざわざ伊勢に向かってと言ってもおかしくないほどに、トラックが赤信号を無視して交差点へと突っ込んできて彼らの方に暴走してきた。


 伊勢が逃げようとするとどうしてか足がもつれてしまってこけそうになる。


 あわや激突寸前というところで、キャラメルが伊勢を脇に抱えてトラックの横をすれすれに躱していく。


 伊勢がホッと安心したのもつかの間、トラックの後ろ側が大きく振れて2人に襲い掛かってくる。


「ぎゃあああああっ! 今日こそもうダメだあああああっ!」


「口を開けるな! 舌を噛むぞ!」


 伊勢が手を合わせて拝んでいる最中、キャラメルは諦めずに道路が凹むほどに思いきり踏みつけて空へと高く跳躍する。


 伊勢は電柱に留まっていたカラスと真正面で見つめ合った。


「カアッ!?」


「あ、おはようございます」


「呑気にカラスに挨拶をしている場合か!」


 キャラメルはトラックの上に乗った後、さらにもう一度跳躍して歩道へと着地する。


 往来の車や人たちがザワザワとする中、トラックの運転手は2人を轢いたのかと思ってトラックを止めてから道路に飛び出すも轢いた形跡がないために不思議そうな顔を隠せなかった。


 2人のことを目で追っていた野次馬たちもいつしか2人を見失い、やがて、まだ我が物顔で道路を塞いでいるトラックをスマホで撮影することに夢中になり始める。


「死ぬかと思った……」


「毎日のことだろう? もう3,000回はトラックに轢かれそうになっているから慣れてもいいと思うが」


「そんなこと、慣れられるわけがないだろう!? 工事中の近くを通れば鉄骨が落ちてくるし! たまに銀行にでも行けば強盗に殺されそうになるし! 地震が起きれば震度1でも棚が倒れようとするし! 気取った小学生や気の抜けた高校生の近くにいれば事件や犯人に遭遇するし! 雷や火事にも何百回遭遇したことか! そのせいで危うく放火犯や強盗犯の仲間と間違われる始末!」


「はっはっは。女神様は相当、少年のことにご執心のようだな」


 キャラメルは伊勢を脇に抱えたまま走り続けている。


 もたもたしていると次の不幸がすぐさまやってくるからだ。


「笑って済ませられないけど!?」


 伊勢は女神が選んだ異世界転生候補だ。この世界では凡人な彼も異世界になれば最強でモテモテでウハウハなご都合主義万歳な人として転生することができる。


 しかし、彼はそれを望まず、転生までの手続きをするはずで事の成り行きを見に来た天使のキャラメルに「どうかこの世界で寿命をまっとうさせてください」と懇願した。


 一方のキャラメルは転生すればすべてが得られると確約しているのにも関わらずそれを拒む伊勢のことを面白いと感じ、さらに、彼の魂やその精神に惹かれて数年後には恋仲にもなった。


 ただし、彼女が女神の命令に逆らった代償は大きい。


 天使の象徴である羽を女神に奪われてしまったことで、「羽を失った天使」に堕ちた彼女は天に戻ることも許されなくなる。


「激しく動いて、お腹が空いてきたな」


「外だからさ、キスでもいい?」


 さらにキャラメルは、現世にある物質、つまり、人が食べるような物でエネルギー摂取をできないために、伊勢から精神エネルギーや生命エネルギーとも言われるものをもらわないといけなくなった。


 伊勢が小さい頃には添い寝や頬にキスなどによる微量なエネルギー摂取で飢えを凌いでいたものの、彼が大きくなる頃にはもっと効率の良い生命エネルギーの摂取方法へと切り替えた。


 そのことについて、彼女自身は「まるで淫魔サキュバスのようだ」と自嘲さえする。


 なお、唯一の救いは、彼を守ることができる程度に超人的な能力や特殊能力を奪われなかったことである。


「あぁ、頼むよ」


「それくらいしかしてあげられないけど……」


 こうして、10年前の第一回目の死亡フラグまたの名を転生フラグの破壊から、伊勢はほぼ毎日のように女神の運命操作に振り回されているのだった。

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