3. かつての仲間たちと交わされる宣戦布告
キャラメルが嫌悪感のする場所へ、大学から数十メートルほど離れたとあるビルの最上階へと辿り着く。
「おやおや、これはこれは、久方ぶりだな、姉さまたちに妹たちよ。相変わらず、人を見下ろすために、陽を背負う高い所で現れるようだな。逆光で誰が誰だかほぼ分からんよ」
そこにはさまざまな系統の美女や美少女たちが10人ほど、太陽を後ろにして居並ぶ異様な光景があった。
その女の子たちはいずれも白いローブのような姿に、背中には立派な天使の羽が折りたたまれていた。
「596515、いい加減に諦めたらどうだ?」
リーダー格とおぼしき美女が無機質な感情の見えない表情でキャラメルに向かって番号と言葉を告げる。
キャラメルはピクリとして眉間にシワが寄りつつ、両手を開いて肩を竦める。
「久方ぶりの番号呼びだな。一応、今の私にはキャラメルという名前がある」
「犬のような名付けられ方をして喜んでいるのか?」
キャラメルは笑う。
「言ってくれるな。まあ、犬のよう、というよりは、まさしく犬だな。ただし、少年にとって、とてもとても大事にしていた犬の名を受け継いだのだから、これ以上の喜びはないさ」
「はあ……犬扱いを喜ぶようになるとはな」
美女はキャラメルの言葉に怪訝な表情と呆れた言葉を返していた。
「女神の犬か、少年の犬か。そこに大した違いなどないさ」
「お前こそ言ってくれるな」
「姉さま、たしか今日は喧嘩をしに来たわけではないですよね?」
「……ふぅ……そうだな」
女神の犬という言葉に、怒りをむき出しにする美女だが、隣にいた別の美女に
キャラメルは引っ掛かりを覚えた。
「今日は?」
「あぁ、女神さまからの命令が下った。今までは人を介した方法でどうにかしようと思っていたが、もう我慢ができないから我々天使たちも投入するそうだ」
「……宣戦布告か」
女神がしびれを切らした。
その状況にキャラメルは冷や汗が止まらない。
今まではどんなトラブルであっても、人が起こせる程度のトラブルであり、彼女の超人的な能力を持ってすれば難もないことであった。
しかし、目の前にいるような天使たちが今後の相手になるとなれば話は別だ。
同じ、もしくは、自分以上の相手を前にして、伊勢を守りきれる自信があるか。
彼女の答えは保留だ。
「なあ、考え直してくれないか。私たちは596515と争いたくない。お前ががんばったところで、しょせん、人の寿命はもって100年。今ならまだ私たちも一緒になって懇願すれば、お前を天使に戻すことだってできるだろう。いや、してみせる! だから……」
リーダー格の美女が縋るような言葉をキャラメルに向ける。
天使たちは、同胞であるキャラメルと戦うこと自体好まないようで、脅しではない悲哀も含んだ感情的な言葉を送る。
キャラメルの心にも痛いほどにその気持ちが届いている。
しかし、キャラメルは首を横に振る。
「断る。私は少年と生き抜くと決めた。少年が諦めない限り、私が諦める理由はない」
「少年か……よく似ている、いや、まったく同じだものな。その昔、お前が守護天使として守った人間の魂とな」
「……守りきれなかったがな」
キャラメルの顔が曇る。
かつての苦い思い出が彼女の心に影を落とす。
「だとしても、重ねるのはやめろ。人間どうしの起こした争いで、人間が勝手に自滅して守れなかっただけだろう。お前は役割をきちんと果たしていた。お前が気に病むことはないんだ」
当時のことを知っているリーダー格の美女が訴えかけるように言葉を畳みかけていく。
キャラメルはそのことに感謝を覚えたように柔らかな笑みを浮かべていた。
「ありがとう。だが、すまんな。私は私の気持ちで動く。私が少年を守りたいと心の底から思っているからな」
天使たちからそれぞれ大小さまざまなため息が
「……交渉できず、か。よいだろう。せいぜい、守るがいい。私たちも全力で対象を亡き者にしてくれる」
こうしてキャラメルと天使たちの決別が明らかになった。
「ふっ、天使がこの世界で全力を出すなら同時に1人か2人だろう? ならば、問題ないさ」
リーダー格の美女がキャラメルの必死な強がりを分からないわけではない。
しかし、ここであることにふと気付き、その話を続けることをしなかった。
「そうか。ところで、今日はまだ味方でいてやるから忠告するが……対象が死にかけているぞ?」
「……へ? ああっ! そんな、まさか!? えええええっ!? ありがとう! だが、次会った時は油断しないからな!」
リーダー格の美女の忠告で、キャラメルは後ろを振り返り、大学の方へと千里眼を向けると、そこには複数の男子にボコボコにされている伊勢の姿が見えた。
目を離すとすぐにでもトラブルに巻き込まれる伊勢に、キャラメルは数分も目を離せないのかとがっくりと肩を落とす。
彼女は忠告に感謝しつつ宣戦布告を受け取って、その後すぐにこの場から立ち去っていった。
嵐のような時間が過ぎ去り、10人弱の天使たちが呆れた様子でキャラメルの後姿を見つめている。
「姉さま……そのまま、対象が死ぬまで長話をすればよかったのでは?」
別の天使がふと思ったことを口にすると、リーダー格の美女が肩を竦めた。
「いや、596515は律儀だからな。今後、私たちが抹消したとしても、あいつが了承して納得した形でなら天使に戻ることも考えるだろうが、そうでなければ対象の後を追って死ぬだろうからな」
リーダー格の美女なりに考えた結果のようだ。
ただし、別の天使がさらに食い下がる。
「……その理屈だと、むしろ、私たちが対象を抹消しても異世界まで追いかけていきそうですが……」
リーダー格の美女が「それもあるか」という雰囲気の表情をしてから、急に羽を広げて飛び立つ。
「まあ、そうなったらそうなったで、596515を応援するしかないな」
「はあ、この板挟み……なんてやりづらい……」
天使たちは天使たちで今後のことを憂いていた。
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