消えたイヤホンのもふもふ

小田虹里

第1話:本当にあった、おバカなお話

 ある物の消失事件は、唐突に起きた。


去る、二〇二四年十二月二十九日の昼下がりのこと。僕は彼女の実家に帰省していた。遠方に住むお義父さん、お義母さんに会える機会は年に一度か二度。彼女の妹さんは実家の近くに住んでいて、結婚されている。娘さんと息子さんが既にいて、元気な四歳と一歳児だ。僕たちが帰省すると、姪っ子と甥っ子は毎日のように遊びに来てくれていた。

(いやぁ、今日も元気だ)

 この日はまず、姪っ子ちゃんだけが実家に預けられる形で遊びに来ていた。

走り回ったり、お義父さんと彼女と僕と姪っ子ちゃんで、折り紙をしたりカラー粘土で妹ちゃんのご希望に沿ったものを作ったり。お絵かきなんかもしたりした。

毎日、昼の一時過ぎあたりから、夜の七時辺りまでは遊んでいる。いやぁ、こんなにも普段動き回らない為、疲労感も襲ってくる。しかし、「家族」として受け入れられているように感じて、悪い気はしない。

 姪っ子ちゃんが、僕の膝の上に座っていた。僕は、胡坐をかいた格好で、スマホにイヤホンをさし、両耳で好きな配信者さんの配信を聞きながら、姪っ子とお絵かきをしていた……その時だった。

 

 ブチっ!


 姪っ子が勢いよく僕の上から飛び下りた瞬間、イヤホンが引っ張られて耳から外れた。ピンと紐が張って、千切れる音。そして、片耳からぷら~んと線が垂れ落ちる。

(あぁ、取れちゃったか)

 垂れた線を見ると、イヤホンの先っぽのもふもふ部分が外れてしまっていた。でも、きっと近くに転がっていることだろう。僕は、姪っ子が足元から居なくなったので、コタツの布団を捲って確認してみた。

(あれ? ない……?)

 姪っ子が勢いよくジャンプした際に、ちょっと遠くまで転がってしまったのだろうか。その可能性もある。僕はコタツ周りをぐるっと見て回った。絨毯をまくってみたりして、よく確認してみる。それでも見つからない。

「何してるっぺ?」

 お義父さんが僕の動きが気になったようで、声を掛けてくれた。

「今、イヤホンの先っぽがどこか飛んで行ってしまって……探しているんですけど、見つからなくて」

「え? そんな遠くにいかないでしょ?」

 彼女も不思議そうな顔をする。

「うん、僕もそうだと思うんだけど……なんか見つからない」

「見つからないのは、可哀相だっぺ」

 そこから、キョトンとする姪っ子ちゃんをよそに、僕のもふもふ探しが始まった。絨毯を捲ったり、コタツ布団をまくってみたり。座布団をひっくり返したりして、確認する。

「こっち!」

 その途中で、僕は姪っ子ちゃんに連れられて、二階のお義母さんの部屋へ連れられた。そこで、姪っ子ちゃんのお化粧あそびに付き合っていた。

(いやぁ、自分も子供に頃、口紅を塗りぬりして遊んでいたなぁ……)

 記憶にはないが、母が残してくれたアルバムに、べっとりと口紅を塗った写真があったことを覚えている。


 あぁ、ちなみに僕の性別も「女」である。

 女の子とは、お化粧が好きな生命体なのかもしれない。


 最近は、もっぱらすっぴんだが。


「寒いでしょ? 下行ってていいからね?」

 暖房のないお義母さんの部屋は、確かに冷えていた。身を案じてくださり、顔塗りに夢中な姪っ子ちゃんの相手も大丈夫そうだと思い、僕はお言葉に甘えて再び一階、居間に戻った。

「イヤホンの先、お父さんと探してみたけど無かったよ」

「うん、ないっぺ」

「あぁ~……ありがとうございます、すみません。片耳でも聞けるので、大丈夫です」

 そもそも、子どもと遊びながら配信を聞いていた自分が悪かったのだ。これは、罰が当たったのかもしれない。そんなことも頭をよぎり、イヤホンのもふもふのことは、忘れることにした。元々、百均のイヤホンだ。また、買い直せばいい。そう思ってコタツに入った。


 それが、夕方四時頃の話だ。


 そこから、一時間ほど経ってから、僕はトイレに行こうと立ち上がった。

「……ん?」

 ポリポリと右頬を掻いたついでに、耳が痒くて右耳に触れた……その時だった。何か、違和感を覚える。耳の中に、「何か」がある。

身体の中の血液が、心臓から一気に押し出されるような圧迫感と、アドレナリンが放出される感覚もある。

 

 ぽりぽり。

 ぽろん。


「……あった」

「え!?」

 彼女にも見えるように、右手のひらを開くと、そこには探していた黒色のゴムがある。これはまさしく、イヤホンのもふもふだった。

「よかったね! どこにあったの?」

「耳の中にあった」

「…………え?」

 少しの間、沈黙があった。そして、きょとんとした彼女の顔がある。

「なんか、耳の中痒いなぁ……と思ったら、耳の中に入ってた」

「…………やっぱ、この人バカだわ!」

「こんなん、思わなかったよ! アハハ……!」

 涙が出るほど、自分でも笑ってしまった。灯台下暗しとは、このことを言うのだろうか。まさか、耳の中に残っているとは、思いもしなかった。一時間以上も右耳の中に居て、なんの違和感もなかったのか!? 思いもよらない場所から発見されたことに、驚きを通り越して笑いがとにかくとまらない。


 ちなみに恥ずかしくて、お義父さんにはまだ、見つかったことは言えていない。いや、きっと一生伝えることはないだろう。


 こうして、年末のイヤホンもふもふ消失事件は幕を下ろすのであった。

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消えたイヤホンのもふもふ 小田虹里 @oda-kouri

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