昼ごはん

sunflower

第1話

小学生の頃、土曜日に半日だけ授業があった。


そんな昔の話。


授業が終わると、給食が出ないので普通は家にさっさと帰ります。


自分は何故か皆の様に帰る気にはなれず、小遣いで少量の駄菓子を買い、食べながら友達と遊ぶようになっていました。


友人達がお昼を食べている間は、公園か、その子の家で食べ終わるのを待つ。


今から考えると、かなりたちの悪い子供です。


常に飢えた状態であったにも関わらず、家に帰らなかった理由として思い出せるのは、遊びたい友人の家が遠かった事と、出来るだけ母親の顔を見たく無かったから。


俗に言う反抗期だったのでしょう。


ある土曜日、友人が誰も捕まらず家に帰る事になりました。


いつもの様に無言で玄関を開け、食卓を横切る。


ただ、いつもと違うのは、お湯を切ったカップ焼きそばがテーブルに置かれている事でした。


既に湯気も立た無くなった、お湯で戻しただけのカップ焼きそば。


ソースはかかっていません。


おそらく食べる前にソースをかけた方が美味しいだろうと言う親心だったのでしょう。


兄が居たのですが、お弁当を作ってもらってましたから、自分だけの為に…でした…。


それまで何も言われた事はなかったのですが、ずっと作ってくれていたのだと思います。


帰ってくるかどうかわからない息子の為に、お湯を切った状態の焼きそばを。


夕方帰って来た時、1度も見かけた事が無かったので、おそらく捨て続けていたのでしょう。


1人の時はお茶漬けしか作らない、料理が最も嫌いな母親でしたが、土曜日になる度に自分の為に作り続け、捨て続けていたのを想像しました。


立ち尽くす自分を見つけた母親は、

「久しぶりにおかんとご飯食べるか?」

と笑顔で言われ、泣きそうになったのを鮮明に覚えてます。


その後、中学と高校はお昼はずっと弁当でしたが、母親の料理の腕は相変わらず上達しません。


水気の多い雑炊の様な白ご飯に、汁気の多すぎる野菜炒め。


たまにトンカツも揚げるのですが、石のように硬い。


冷えきった水分量多めのご飯も、箸が折れそうなくらい固まります。


美味しいとは言えないお弁当で、育ち盛りであった当時でも、お昼に食べ切る事はほとんど出来ませんでした。


しかし、帰りの電車の中で、必ず残りの弁当を食べ切って帰っていたのを今でも覚えています。


それは罪の意識とかでは無く、あの時の自分がいかに子供だったのか。


そして、二度とあんな表情をさせないと誓った自分の為に。

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昼ごはん sunflower @potofu-is-sunflower

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