第一話 歌う森

第一章 - 焚火 -

 焚き火の赤い光を、シュトは見つめていた。


 夜だった。

 永久氷原から離れたとはいえ、夜は冷える。

 空を見上げる。星は見えない。雲は厚いが、動きは早い。雨の降る湿った気配はなかった。

 焚き火だけが、この世界を照らす光のように感じた。

 赤い光。その中に、シュトは自分の伴侶たる火の精霊の存在を感じる。その繋がりが、火の熱以上にシュトに安らぎを与え、暖めてくれる。

 シュトは精霊の加護を受けている。赤髪赤瞳。注意深い者なら、瞳の中の瞳孔を中心に淡い線が広がっているのが見て取れるかもしれない。

 加護の証。《はふり》という。場所によって崇敬され、あるいは忌避される存在だった。


 対面の青年が、焚き火に枯れ木を追加した。

 青年の容貌もまた、特異だった。

 黄色と黒の斑色の髪。そして黄色と黒の、左右の色の異なる瞳。黄色い瞳にはシュトと同様、春紫苑ハルジオンの花びらような細い光が広がっている。

 半ば《はふり》の特徴がありながら、つがいたる精霊はいない。しかし精霊と対話が出来る存在。《はふり》ですら伴侶の精霊以外は存在を感知することは出来ても、話など出来ない。

 《はふり》以上に特異な青年の名は、タイカという。大森林各地を巡り知識を交換する《物語り》という役割を務めていた。

 シュトの名付け親であり、恩人であり、旅の仲間であり。


「どうかしたかい?」


 シュトの視線に気付き、タイカが尋ねてきた。シュトは無言で首を振る。

 そうか、とタイカがもう一本、今度は短い枯れ枝を追加した。シュトが探してきた枯れ枝だ。

 焚き火に適した乾いた枝の探し方は、タイカに教えられた旅の知識のひとつだ。

 他にも様々な知識を。返せないほどに沢山のものを、シュトはタイカから貰ってきた。


 不意に、甲高い音が鳴った。

 シュトは、少し周囲に目をやった。驚きはない。タイカも気にした様子はなかった。

 音は大きくはないが、低く高く重なるように響いた。

 それは木々の枝葉が風に擦れ、あるいは風そのものが木々の隙間を吹き抜ける時に発する音であった。


「まるで、歌みたい」


 シュトはつぶやいた。いくつかの音が絶妙に重なった。その不思議な響きに、思わずそんな感想が口から出た。

 タイカが少し驚いたようにシュトを見つめ、含み笑いを漏らす。


「何?」


 含み笑いなんて。タイカの普段しないような仕草に、シュトは尋ねた。


「いや。昔のことを思い出してね」


 含み笑いをやめ、タイカはいつもの穏やかな表情になる。どこか遠くを見るようだった。


「君と旅を始めた頃の記憶をね」

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