異世界ゴルファー

リトルアームサークル

異世界ゴルファー

 俺は40歳にして初めてのツアー優勝を掴みかけている。

 プロゴルファーになって20年近く、幾度もチャンスは訪れていたのだ。

 だがその都度、更に上を行くライバルが現れてチャンスは俺の手からこぼれ落ちて行った。

 そんな幸運の女神に見放されていた俺が、一打差でのツアー最終日最終ホールのウイニングパットをカップにねじ込もうとしている。

 3段グリーンの1番下の段、カップまで15メートル…3パットもありうる状況。

 大きくストロークをとると真っ直ぐパターを振り抜く。

 白いボールが緑の芝の上を転がり、1段2段と駆け上がる。

 ボールがカップの手前で失速したのを視界の隅で捉えた瞬間、眩い光が俺を包み込んだ。


 次の瞬間、緑の芝生が生い茂る草原に俺は立ち、右手にはパターを握りしめていた。

「夢か…せめて最後のパットは入れて目覚めたかったな」

 だが、夢にしてはおかしい事に俺は気づいた。

 そもそも布団の中での目覚めではないし、寝転がってもいない。

「おやおや?」

 俺は握っていたパターを見つめる。

 使い込んだ相棒と呼べるパターだが、流石に一緒に寝たことはない。

「夢じゃない…?でもここはツアーのゴルフ場ではないよな」

 戸惑いつつも俺は冷静に周囲を見渡して見た。

 違和感ありありの扉が目に入ってはいるが、見なかった事にして立ち去ろうとすると、

『アレアレ?異世界からのお兄さん、ガン無視ですか…そーですか』

 突然、頭の中に女の子の声が聞こえて来た。

 キョロキョロと辺りを見渡すが、怪しげな扉以外は草原が広がっているだけである。

「誰だ?」

『アタシの声が聞こえたんだね。よかった〜何もなかった事にされなくて』

「なんで?」

『アタシってば、このダンジョンの守護精霊なんだけど人気なくってさ〜。最近、誰も中に入って来なくなっちゃたんだよね』

「ダンジョン…異世界からのお兄さん…これが異世界転生なのか!」

『理解が早くて助かるよ、お兄さん』

「この怪しげな扉が異世界の出入口なんだな。戻ってホールアウトしなきゃだな」

『全然理解してないじゃん、これだからオッサンは…この扉はダンジョンGCの入り口なんだよ』

「GC?」

『アレ!やだなお兄さん、異世界から来たのにGC知らないの?ゴルフクラブの略でしょう』

「いや…ゴルフクラブは知ってるけど、ダンジョンにGCはどうなのかな?」

『ゴルファー必須だから、こっちじゃSランクパーティーでも攻略出来ないんだよ』

 そのおかげで、超難関ダンジョン扱いになって暇でしょうがないと守護精霊が愚痴って来る。


 守護精霊によると攻略パーティーは4人以下で編成、ゴルファーが先頭でボールを打って進まないと無数の魔物が溢れ出て攻略失敗となるらしい。

 ダンジョン各ホール毎に規定打数がありオーバーすると1打につき魔物1体、アンダーだと1打につき宝箱1箱が出現するとの事だった。

「それなら、全部規定打数以内で回れば魔物ゼロで攻略出来るね」

『甘いねお兄さん、シングルハンデキャップの異世界ゴルファーも転生して来たけど攻略出来なかったよ』

「そうなのか…でもさっきのルールだとゴルファー1人で回っても問題ないよな」

『まあね4人以下ならオッケーだよ』

 そこで、俺は手に持ったパターに目を落とす。

「クラブってどうすんだ?異世界転生モノでゴルフクラブを作れる職人なんて聞いた事ないぞ」

『それはアタシに任せて貰って大丈夫。必要なモノ言ってくれれば出すから』

「優秀なんだね、まるでキャディさんみたい」

『精霊を褒めるのは良い心がけだぞ、お兄さん。これからアタシの事をキャディと呼ぶ事を許してあげよう』

「ありがとう、それじゃあこのパター仕舞ってもらえるかな」

『ゴルフバッグがそこにあるとイメージしてパターを収納してみな』

 言われた通りにやってみると、何もない空間にパターが吸い込まれ行った。

 試しに1番ウッドをイメージして取り出してみると、確かにヘッドが大きめのドライバーが空間から出て来る。

「これは便利だね。収納魔法ってやつなのかな」

『まあ、そんな感じ』

「じゃあ、行ってみようか」

『マジで1人でダンジョン攻略するつもりなの?』

「パープレイで回れば、魔物に遭わずに済むんだろ。楽勝楽勝」

『ここまでのバカは初めてだわ、ヤバくなったら走って扉まで戻るんだよ』

 俺は、怪しげな扉を開いてダンジョンへと入って行く。


「ぜひ〜ぜひ〜、死ぬかと思った」

 俺は入った扉から転げ出ると、尻餅をついて荒い息を吐く。

『いきなり3パットのボギーってどうなのよ!』

「いや〜、異世界のゴルフ場舐めてたわ。グリーンがあんなに速いとは思わなんだ」

『アタシが整備してんだからね!あったりまえでしょ』

「感触は掴めたから次は大丈夫だよ」

『お兄さんね〜、1番ホールだから逃げ切れたんだよ。魔物が出ちゃった時に、対処してくれる冒険者とパーティー組む事を推奨するよ』

「来たばっかりで、そんな知り合いいないぞ」


「オイ、オッサン!」

 突然背後からドスの効いた声を掛けられて、危うく悲鳴を上げそうになった。

 慌てて振り向くと、厳つい体格にゴツい鎧を身に纏った男が若い女の子と並んで立っている。

 若い女の子も魅力的な体型に合わせた革製の鎧を身に着けているが、男に比べると面積が少なめなので露出している部分が多い。

「オイ、オッサン!おまえ返事も出来ね〜のか」

「ちょっとお兄ちゃん、そんな言い方じゃ怯えて何も喋れないじゃない」

 ビビっているのは確かなんだが、若い女の子の鋭い指摘の方がグサる。

「いや、すまない。驚いて声が出なかった」

 俺は自分を落ち着かせると答えた。

「でしょ〜、ハイお兄ちゃん謝って」

「エッ!なんでオレが謝るの?」

「か弱そうなオジサンをいじめたんだから…だよ」

 この女の子、怖い。グサグサ抉って来るけど、自覚なさそうなのがメチャ怖い。

「スイマセンデシタ!」

「そうそう…お兄ちゃんたら、やれば出来るじゃない」

 側から見れば美女と野獣なんだが、本質は逆だと俺は思った。


「私はルイ、魔導士よ。そしてこっちのデカいのが兄のガガ、剣士で闘士だけど防壁役もこなすマルチよ」

 褒めているように聞こえるが、要は便利にこき使われているお兄ちゃんなんだなと少し可哀想になる。

「俺はタカオだ。冒険者ではないが…しいて言えばゴルファーかな」

 俺の自己紹介を聞き終わらないうちに、妹のルイがジロジロと品定めをする眼差しで見る…正直落ち着かない。

「ゴルファーって随分軽装なんだ、魔力防御もされてないから対物対魔耐性ほぼゼロだね」

 的確な指摘にグサるが、俺もゴルフウェアに防御力があるとは思っていないので、

「スイングのしやすさに重点を置いているからね」

と強がって答えた。

「でも走って逃げて来たってことは、魔物に遭遇しちゃったんだよね」

「ああ、グリーンでチョット失敗しちゃってね」

「グリーン?」

 ルイが小首を傾げる仕草をすると、その可愛らしいギャップにおじさんやられそうだよ。

「1番ホールの奥にある短く刈られた芝生サークルのことだよ。見たことない?」

「それで魔物の数はどれくらいだった。数える余裕はなかったと思うけど」

「いや、1体だけだよ。緑色の棍棒持ったヤツ…ゴブリンっていうんだっけ」

「ゴブリン1体…なんで逃げたの?」

「いやいや、あんな棍棒で殴られたら死んじゃうよ」

 ルイは後ろに聳え立っているガガに振り返ると、

「お兄ちゃん、やっぱりこのダンジョンはゴルファーが攻略の要なんだよ。諦めずに通ってよかった」

「うむ!」

 ガガが大きく頷いているが、絶対何もわかってないよねと俺は心の中でツッコんだ。


 ルイの説明によるとこうだ。

 ダンジョンの扉を開けると、俺がキャディさんから聞いた説明がされる。

 パーティー人数の制限はわかるが、規定打数による魔物の出現数変化という意味がわからず、何度チャレンジしてもすぐに無数のゴブリンが襲いかかって来て失敗に終わっていた。

 Sランク冒険者達も挑戦したらしいが、誰も先に進めないので国から難攻不落のダンジョンに認定されて久しいとの事。

 難攻不落のダンジョンは最初に攻略した冒険者パーティーに管理権限が与えられ、その周辺の土地も領地として与えられるので一攫千金のチャンスらしい。

 そのためルイ達兄妹パーティーは、暇を見ては見回りに来ていたとの事だった。

 俺は、キャディさんから受けた説明をルイとガガにわかりやすく説明する。


「と言うことは、規定打数を超えた場合だけ魔物が出て来るのね」

「魔物の種類がゴブリンだけとは限らないが、数的には1〜3体前後で行けると思う」

「それを倒せれば次のステージ…このダンジョンではホールって言うのに進めるのね」

「そう…それでおそらくだけど、18ホールまであるはずだ」

「18ホールで攻略完了。という事は、魔物との交戦は多くて54体程なのね」

「俺としては、1体とも出くわさないつもりだけどね」

「すでにゴブリンに追いかけられたのよね」

 俺はぐうの音も出せずに、グサ舌ルイにやり込められた。

「お兄ちゃん、タカオとパーティーを組んでダンジョンに挑もう。これなら勝てるよ、待った甲斐があったね」

「いや待てよルイ、会ったばかりで実力も何もわからんヤツと組むのは…」

「あん!お兄ちゃんもウダツの上がらない冒険者じゃ、いつまで経ってもギルド受付嬢のアンジュさんを嫁にもらえないよ」

 俺はガガに両手を掴まれて、そのガタイに似合わぬ純粋な目で見つめられた。

「決まりね!それじゃあ早速行きましょうか」

 俺に決定権はないようだが、またゴブリンに追いかけられるのはごめん被りたいので渡りに船だ。


 1番ホールに立つと、収納空間からゴルフボールとティーを出してスタート地点にセットする。

 軽く素振りをしてから、ドライバーショットをぶちかました。

 ダンジョン内の青空に、白いボールが綺麗な弧を描いて飛んで行く。

 後ろで見守っていたルイとガガが、ホ〜と口を開けて嘆息を上げた。

 1番ホールは最初のミスがあったので、じっくりとラインを読んでパットをねじ込む。

「まさか、これで終わりなのか?」

 ガガが、物足りないとばかりに聞いて来る。

「規定打数…パー4を4打で上がったから魔物も宝箱も無しでクリアだ」

「これが難攻不落といわれたダンジョンのルールだったのね」

 その後は、俺のプロゴルファーとしてのプライドもあり宝箱をいくつもゲットして、かなりの財宝を貯め込んだ。

 ショットが曲がった時に、ルイの風魔法で助けて貰ったのはご愛嬌であろう…であろうとも。

 そして今、17番ホールでオーガと対峙している。

 さすがのルイさんでも、ゴルフボールは小さいので細かい調整は難しかった。

 要は俺がミスってボギってしまったというわけだ。

「こうでないとダンジョン攻略ではないな!」

 オーガと迫力満点のタイマンを張りつつ、ガガが楽しそうなので良しとしよう…そうしよう。

 最終18番ホールは17番ホールの分を挽回するつもりで攻めた結果、パー5のロングホールだったのでマイナス2打のイーグルでホールアウト出来た。

 宝箱が2つとダンジョンファーストクリアの鍵が出現する。

 キャディさんに確認すると、俺はダンジョンマスターの称号を与えられたらしい。

 ダンジョン管理者であるキャディさんに頼むと自分好みにカスタマイズできるらしく、コースマネジメントに興味のあった俺は小躍りしてしまった。


 ダンジョンゴルフクラブを攻略してしばらくたった今、俺は扉の近くにクラブハウスを建てた。

 ダンジョンに挑む冒険者達の宿泊施設とギルド出張所を兼ねている。

 見事、ギルド受付嬢だったアンジュさんのハートを射止めたガガが夫婦で切り盛りしてくれている。

 アンジュさんの料理は絶品の粋で、ダンジョン攻略しない客層まで引き込んでくれた。

 俺はというとゴルファー養成のための練習場を併設して、コーチングに勤しんでいる。

 他の地域にもゴルフダンジョンはあるらしく、ゴルファーは引くて数多との事だ。


 俺にグサりまくっていたルイは、信じられないが今では俺の最愛の嫁さんで、もうすぐ赤ん坊も誕生する。

 パパゴルファーだぜ俺も…

 プロ初優勝間近で異世界に転生してしまった俺だが、それ以上の幸せを掴めたようだ。

 人生のウィニングパットは外さなかったぜ!また会える時まで…バイ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界ゴルファー リトルアームサークル @little-arm-circle

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ