第32話 蝶泡椿

「久しぶりの”魔女王”化の影響はどうだ」

「と言いますと?」

「お前の出自は特別だ。お前には父親はいるが母親がいない。いや、母親の生まれ変わりとでも言えばいいのか」

「うん。だから私の素体になった人――”神崎かんざき麻里奈まりな”が到達した”魔女王”化を私が使えるんだよね?」


 黒崎マリアは人間ではない。これは彼女自身がそう言っていた事実だ。なぜ、彼女が自分自身をそう想うのか。彼女の出自がその思いを強くさせているのは確かだ。

 そうだと言うように頷いた小野寺は一枚の写真を手渡した。そこには若き日の小野寺ともう2人の姿が写されている。1人はとても格好のいい人ではないが、晴れた笑顔が眩しい青年。もう1人は10人が見れば全員が綺麗だと言うであろう女性が写されていた。この2人のことをマリアはよく知っていた。

 その写真を見せた小野寺は、もう一度同じ質問をする。


「”魔女王”化したことによってメンタル面での影響は皆無か」

「そういうこと……私が”神崎麻里奈”に戻った可能性を考えてるんだね」

「…………」


 語らず。

 黙秘は依然として肯定になり得る。

 だが安心していいという表情でマリアは語る。


「もしも戻ったとしても、もうはこの世界にはいない。なら、暴走することもないでしょ?」

「別世界にいるあいつを取り戻すために世界を破壊し尽くす可能性もあるんだよ、あの女には」

「だから警戒してるんだね。でも大丈夫。私も同じようなものだから」


 同じようなもの。1人のために世界を破壊し尽くしてしまうのと、世界のために1人を殺害できるマリアは同じだという。

 換気された空気が肺いっぱいに広がる。込み上げてくる悲しさを忘れられないと、上を向いて鼻から大きく息を吐く。

 マリアは1人を殺害してしまった。世界を救うため、大切だった人を殺してしまったのだ。


「キョウカは私にとって、とっても大切な、大事な人だったの」

「ああ」

「それなのに、私は自分のせいで失っちゃった。もっと大事に考えてあげられてたら、ちゃんと見ていられれば今日のようなことはなかったはずなのに――」

「それは違う。お前が間違えたのはコミュニケーションじゃない。お前は自分を過小評価していたんだ。そうしなければよかっただけの話だろう」


 自らの能力を過小評価するとは。

 マリアには”愛情”の”アンサーズブック”を簒奪している。これは他の”アンサーズブック”とは違い、能力を抑え込むことはできても無くすことはできない。その点では”悪魔”の”アンサーズブック”を所有している皇も能力を抑えきれず死なない体を手に入れているため、同じと考えられる。だが、彼女の場合は自分への影響ではなく、他者への影響が強く出る。

 マリアの声や歌には魅了の効果が付与されている。それを”リビングタトゥー”の影響だとしているが、本来はそうでない。そして、彼女が”アンサーズブック”だということは秘匿されなければならない。


「わかってるよ。だから、今回は私のせい。でも、次はこうならないようにする。もう大切な人を失いたくないから」

「それでいい。さて、これからが本当の報告だ。皇悠人と圷龍之介の王としての能力を見た感想は?」

「圷くんの方は問題ないよ。掌握はほとんど済んでるから。皇くんの方は遠くてよく見えなかったけど、魔王化は恐ろしいね。しかも、あれでなんでしょ?」

「おそらくはな」


 一息。


「皇の持つ”悪魔”の”アンサーズブック”は107冊の”アンサーズブック”を喰らうことによって完成される。完成された”悪魔”の魔王化は世界を飲み込み終焉をもたらす第8の終末論へと変貌を遂げる。これが予定されているノア=カレイドボロスによる109話目の神造悪魔による終焉の実態だ。それに対抗すべく、我々が作り出したのは109冊目の人造”アンサーズブック”である”愛情”――つまりはお前の中に眠る能力だ」

「私がするのは皇くんが世界を滅ぼす前に世界を救うこと」

「あるいは完成された”悪魔”の魔王化を殺してでも止めることだ。現状、奴を殺害することはできない。完成された魔王化の奴を殺せるとも限らない。一刻を争う中で、俺はお前に聞くしかない。選択肢のない質問を」


 109冊目の”アンサーズブック”。それを持つのはマリアだ。その事実こそがマリアでなければ世界を救えない理由なのだ。

 人造であるが故の副作用がある。その副作用が魅了だ。強すぎる能力を封じ込め切ることが人の手にはできなかった。

 小野寺は確認のため、答えのわかりきっている質問をしなければならなかった。


「お前に世界を救えるか」

「うん」

「お前にやつを殺せるか」

「うん」

「お前は世界のために自らを犠牲にする覚悟はあるか」

「あるよ。私の大切な人を狂わしたこの世界を私は許さない。これ以上、誰も失わせたりはしない。私がこの世界を救う。そして、私の大切な人たちを必ず守ってみせる」


 マリアの覚悟を見て、安堵も心配すらしない小野寺は一旦目を伏せた。

 14の若さで世界を背負わなければならない姪を哀れに想うのか。それとも世界を救えない自分自身を恨んでいるのか。それは彼にしかわからない。しかし、彼は言葉にしないといけなかった。残酷でも、彼の計画を問題なく遂行するために、たとえ大切な姪を失うようなことになろうとも。

 小野寺の覚悟はそういう失う覚悟だったのだ。


「ならば、勅命だ。世界を救え。たとえ大切なものが障害になろうとも、それを殺して世界を選べ。お前の命を世界に注げ」

「了解。私は私の大切な人たちのために世界を救う。何も奪わせたりはしない」


 これは黒崎マリアの殺戮の物語。

 王と呼ばれるものたちと7匹の終焉が蔓延る世界を救うまでの物語である。

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死祈彩る少女は今宵白星の天蓋を張る 七詩のなめ @after

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