第20話 王性は揺蕩うように

 時間は少し前に遡る。皇が白伊を彼方へと消し去った後のこと。

 残されたシロと皇は互いに目を合わせていた。彼女は儀式を安定化させるために魔術円の側から動けない。相変わらずのニタリ顔はそんな当たり前のことは知っているというふうに見下ろしていた。他の教団員はいない。シロを護衛するはずだった白伊は彼の策略により遠い場所へと消し飛ばされた。この場合での優先順位を彼女には判断できない。

 儀式を取るか、命をとして時間を稼ぐか。シロがここで死に絶えることは確定している。皇悠人という人物がどういう王なのかを司教である彼女らは教えられていたからだ。彼は中途半端な悪を許さない。自分以外の悪を喰らい尽くしてでも消し去る凶王なのだ。


「さ〜て〜? 何か言い残すことはあるか〜い?」

「どうして儀式が途中で遅延したのですか……」

「はあ〜? 今更そんなこと聞いてどうするんだ〜。他には何かねえのかよ〜?」

「わたくしがここで死ぬのはわかっています。しかしただで死ぬわけではありません。十分に抵抗させてもらってから殺されましょう。それでも1つだけ。儀式が遅延した理由をどうしても知りたくなったのです。大司教様がいなくなった今、その事実に触れられるのはそれを起こしたあなたしかいないでしょう?」

「それで命乞いより好奇心か〜。いいな〜、お前〜。いい魔術師の才能があるぜ〜。自らが敵わないことを理解しつつも探究心には抗えないか〜」


 嘲笑、だろうか。目の端に涙を溜めながら笑う皇を見て、シロはグッと堪える。王に懇願する日が来ようとは思いもしなかった。自分自身から何もかもを奪った化け物を神として崇め、失った家族の元へと全てを巻き込んで行こうとした彼女が、まさか世界を救う可能性のある王と呼ばれる者に願い奉ることが考えられるだろうか。

 この作戦は完璧だった。1000人の肉体と魔王を呼び出すための門を開くひらけた場所、そしてかつて魔王をその身に宿し人の形を保ったまま霊的存在に繰り上がった”区道ミレイ”の肉体を利用した”第二次魔王生誕祭”にミスはなかった。唯一の間違いがあったとすれば、王という存在を誤認識していたことだろう。王とは世界を救える存在だ。すなわち、神と崇められる化け物を討伐し得る存在と言っていい。神に屈した自分らが、同等程度の存在である彼らに勝てるなど、出し抜けるなどと思いあがりもいいところだ。それこそが間違いだったのだ。

 笑う王は上機嫌そうだ。余程白伊を遠ざけられたことが嬉しいらしい。逆を言えば、この状況を作ることが皇にとっての最善だったと言える。なら猶予があるはずだ。絶望は死ぬ瞬間にすればいい。今はいかに逆転の時間を作れるかがシロに求められる最大の行動だろう。


「勝利は決したでしょう。抵抗しようとあなたなら簡単にわたくしを屠れるはず。なら教えてくれたっていいじゃありませんか」

「それが時間稼ぎだってわかってるのにか〜?」

「…………それでもあなたは話すはずです。あなたという王の本質は、相手の嫌がることを徹底的にやり終えなければ気が済まない。そして、敵の最も嫌がることは作戦を潰された理由をひとつひとつ丁寧に挙げていき、全否定を繰り返すことでしょう。こんなに綺麗に勝利することはあなたの矜持ではないはずです」

「……わかってるじゃないか、ババア。いいぜ、興が乗ってきた。確かに俺様らしく勝利するなら、徹底的にだよな。憎たらしいがババアの言う通りだ。それに免じてお前の時間稼ぎに協力してやろう」

「それでは――」


 ぐちゃっと。嫌な音が右耳から聞こえた。それから右耳が熱くなる。触れるとそこにあったはずの耳がなくなっていた。一瞬で消されたのだ。全身に痛みより動揺が走る。何が王を激怒させたのか。どうやって右耳だけを消し去ったのか。何もわからないシロにとっては不可解な王の激昂は焦燥感をもたらすばかりだ。

 その実、右耳を消し飛ばした方法は先ほど白伊を消し飛ばした方法の応用だ。右耳のみを別の座標へと移動させた。理由はだ。一部位だけを転移させた場合どのようになるのかを検証してみたくなったから、なんとなく右耳を消し飛ばしたのだ。それをわざわざ口にする必要もない。そも問われていることは耳を消し飛ばしたことではなく、どうやって儀式を遅らせたのかなのだから。

 雄弁に語りたそうな皇は右耳を突然失った動揺と恐怖で小動物のように震えるシロへと歩み寄る。


「歌とは祈りだ。祈りは呪いだ。呪いってのは魔術の一種だ。そして、魔術はより効率よく回路が巡る方へと優先順位が移動する」

「…………は?」

「お前らのいう”魔王生誕祭”とは、事実的には魔術円を利用した旧文明の魔術だ。効率も悪ければ結果も碌なことにならない。それに対して現代の魔術絵画はそれ以外の魔術が使えなくなるという点を除き、効率面だけを見れば一級品。これ以上ない効率と言える。さて、では問題だ。効率の悪い魔術と効率のバカいい魔術、どちらが発動の優先順位が高いだろうな?」

「こ、効率のいい方……でしょうか」

「正解だ〜。ご褒美に右耳を再生してやろう〜」


 痛みが消える。触ってみれば右耳が生えてきていた。皇は自分の体だけでなく他人の体にまで回復作用のある魔術を知っているようだ。およそまともな使われ方をされているとは思えないが。

 この世には大きく分けて2つの魔術体系が存在する。魔術紋章や声を媒介とした旧文明の魔術と、魔術絵画いわゆる”リビングタトゥー”を介した現代の魔術だ。両者のもっともな違いは消耗する精神力の効率なのだという。旧文明の魔術は人の精神力を媒介とするものに流して発動させるため、個人では限界があった。しかし、現代の魔術は精神力を”リビングタトゥー”に流し込むことにより、”蠢く終末論”の血が活性化し、血に刻まれた魔術を発動することができる。無論、精神力を与え続ければそれだけ血が活性化し、体を食われてしまうため低濃度での扱いが決められている。

 畏怖を伴う眼差しは恐怖の王へと向かう。果たしてこれはシロの望んだ時間稼ぎだっただろうか。


「魔術で使用される精神力はなにも触れているものに作用しているわけじゃあないんだ〜。精神力を消耗している者の周囲にある魔術的物体へ順番に使用されるんだぜ〜。声、紋章、絵画の順で大規模な魔術へと変わる〜。逆を言えば非効率になっていくわけだ〜。これだけ言えばどれだけ愚かなお前でもわかるだろ〜?」

「旧文明の魔術であるこの儀式より、現代の魔術の方が効率的だから精神力を吸われた……? で、ですが――」

「その通り〜。それだけじゃあここまでの遅延は起こせな〜い。ならどうするか〜? その答えがこの歌だ〜」

「歌……? でも歌は旧文明の――いえ、この声の主は”死の歌姫”!」

「またまた大〜正〜解〜。そうこれはただの歌じゃな〜い。 ”リビングタトゥー”を媒介とした歌声は旧文明の儀式なんて比にならない最高率の魔術なのさ〜。どうだ〜? タネを明かせば単純だっただろ〜?」


 ”魔王生誕祭”は魔術円を利用した大規模な魔術だ。その分、時間と精神力が必要になる。始まってしまえば止めることは大きなリスクを伴う。では遅延であればどうだろう。遅延さえ起こせればリスクを負わずして儀式を失敗させることは叶うはずだ。それを瞬時に判断し、実行に移したのは皇がやはり天才だからだった。

 こうして皇はリスクを負わずして儀式を遅らせることに成功し、邪魔であった白伊を遠ざけることにも成功した。あとはこの儀式を終わらせることができれば全てが解決される。未だそれをしていないのは、嫌がらせが足りないと判断したからだろう。

 皇の嫌がらせはこれだけでは終わらない。終わるわけがない。彼は徹底的に相手を叩きのめすまで絶対に終わらないのだ。ニタリ顔の悪魔は種明かしを済ませて両手を開く。


「さあて〜。そろそろ始めようか〜。準備はいいよな〜?」

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