第19話 折れ祈る剣
”正義のために”。この言葉を口にしたのは果たしてどれほど前のことだっただろう。絶対的な正義であった父に悪と叫ばれたその日から、圷にとっての地獄は始まった。自らの正義は悪へと塗り替えられ、信じられるものも死んでしまい、残されたのは答えの出ぬ日々と自分だけ。何も知らぬ周りは”聖霊王”と敬い、畏怖するばかりで何も分かろうともしない。
惰性に塗れた10年だった。ただ時間を消していくだけの何もかもが抜け殻の月日に、いつの間にやら麻痺してしまったらしい。普通であること。灰色を許すこと。正義と悪を分けないこと。それがどれだけ圷を無力にしていったことだろう。どれだけ肯定しようと、否定を繰り返そうとも許せなかった。 ”何が”。自身の中に眠る正義の光を信じきれなかった己自身をこそ、呪うように許さなかったのだ。
あの日、あの時、あの瞬間、もしも父を否定できていたなら。己の正義を信じ切ることができていたならば。目の前の化け物へと変じる愚者を生み出さずに済んだかもしれない。より多くの人々を救えたかもしれない。そのような今があったかもしれないと思えば想うほど、自らの愚かさを痛感する。
だが、ただ腐っていくだけの”堕ちた王”を救い上げたのは紛れもなく、たった1人の少女だった。
黒崎マリア。黒髪と金の虹彩を持つ齢14の少女こそが、悔しいが1人の王を立ち上がらせたのは事実のことだ。
ゆえに、王として応えねばならない。10も下の少女に救われてばかりでは立つ瀬がない。王としての矜持、1人の成人男性としての誇りを取り戻すにはもう一度正義の光を灯さなければならないのだ。
「いつか、小野寺誠が言っていたことを思い出したよ。僕は能力を使えなくなったのではない。
圷の持つ剣は柄を残して砕けてしまっている。ここは墓場だ、他にめぼしいものがあるはずもない。それでも大丈夫だと伝えたからには彼に秘策があるからだろうとマリアは踏んでいる。だからこそ歌うことをやめず、仕事を全うしようとしている。しかし不安は残る。それを払拭できるほどの何かを、彼は彼女に見せることができるのか。
度重なる強化により完全に自我を失った6本腕の巨人は1本腕を失った程度では悶えるだけで死には至らない。静けさのある墓場が青い血液のせいで不衛生にも汚されていくのは見るに忍びないものではある。その悶えも数秒すれば収まってくる頃合いだ。
血の湧き出る腕を押さえながら残りの4本の腕で勝負の続きをするために立ちあがろうとしていた。対する圷は目を閉じて何かを確かめているよう。
「わ、わわ、わ、わたわたわたしはは!」
「忘れているようだから、念の為に言っておこう。僕は――」
完全に攻勢に転じた巨人の大振りが圷に標的を定める。1秒もしないうちに着弾するかと思われたそれらは、瞬きの間に消し飛んだ。読んで字の如く、腕が消えたのだ。
観察眼に長けるマリアでさえも見えなかった。何をどうすれば一片の血液すら残さずに5本もの腕を瞬時に消し去ることができるだろう。それこそ武器を持たぬ青年が、一体どうやって。視線は巨人から圷へ、その右腕へと移動する。その右手に収められていたのは白銀に輝く剣だった。
柄はそのままにそこから剣が生えてきたかのようだ。だが、その刀身は元のものより遥かに神聖で、優美に輝きを放っている。その剣をマリアは知っていた。あれこそが圷龍之介の所有する”アンサーズブック”そのものだったのだ。
「僕は――”聖霊王”だ。頭が高いぞ、悪人」
切断された腕から青い血が吹き出し、雨のように降ってくる。それに塗れながら”聖霊王”圷龍之介は剣を構える。
あまりのことに痛みすら忘れている巨人は目の前の強敵に恐怖した。野生の勘で理解してしまったのだ。目の前の敵が立ち向かうべき強敵ではなく、逃げなければならない害敵であるということを。そう思えたとしてももう遅い。両腕を失い、力の源泉であった青い液体も血液と共に大幅に失ってしまった。これ以上の強化はできない。できたとしても逃げ切れる相手ではないと悟る。
墓場にしばしの静寂が戻る。身動きができない巨人はただ断頭されるのを待つだけだった。
「10年来だ。久しく待たせてしまったね”
「だ、だだい、し、ししきょ、うさまま」
剣に話しかける圷へ応えるように”
その極光に怯える巨人は尻餅をつき小刻みに震えている。
今の圷を、もう誰も”堕ちた王”だなどと呼ぶ人はいない。マリアの目に映る彼はまさしく王様だ。自らに堅い誓いを打ち立て正義を貫き通す王そのものだった。
「ありがとう”
「――天蓋に散る星々の極光を見よ。王たる剣に正しさを示せ。我こそは正義を振り翳す極光の守護者――聖霊王の御前で悪人の頭を落とせ」
先ほどの”焔”と同じ上段の構えをとる。光はさらに集まり昼間なのに空が暗くなるほどの光を放っている。
絶望に染まる巨人のミツ首はただ正義の極光を見上げることしかできない。
マリアの歌声にもそろそろ限界が訪れようとしている。切り上げるにはいい頃合いだろう。圷は遠くに見える兄弟弟子へ見ろと念じる。見えているだろうと吠える。これが圷龍之介だと胸を張る。
「区道流攻剣術”焔”改メ――――」
極大の光の柱が振り下ろされる。
「”
「だい……しきょう……さま…………」
正義の極光は巨人だけでなく大東亜連合国の大半を飲み込む勢いで振り下ろされた。もしも、この光が全てのものに作用する能力であったなら、一国が滅んでいたに違いない。そうならなかったのは圷が振り下ろした光の剣の対象は彼自身が悪であると判断した敵を微塵も残さず消し去るという、なんともご都合の良い能力だった。その使用条件に目を瞑ればだが。
圷は”
圷は自らの弱さに嘆き、霧散していく光たちに感謝を込めた。またいつか、世界を救う時に会おうと思い馳せる。
「どうやらタイミングよくあちらも終わったようだ。合流しようか、黒崎マリア――」
遠くで皇が全てを終わらせて倒れ込む姿が見えた。あちらも散々な目にあったようで疲れ果てているらしい。一旦合流して情報を擦り合わせようと提案し振り返ったその時だった。
歌い疲れたマリアの背後に亀裂が走り、そこから細い手が伸びて彼女を引っ張った。吸い込まれるように亀裂の中へと彼女が消えていく。圷も走ったが能力の使用後で体力もあまり残されていなかった。あと少しのところで掴むことができなかったのだ。
どこかへと消えてしまったマリアを探しに行こうとも考えたが、久しぶりの能力解放で体が限界を迎えたらしい。立ち上がることすらできなくなってしまった。とりあえずの休憩を挟み、のちに皇と合流し情報を少しでも集めようと考え始めた圷は項垂れるようにその場で体力の回復を待つことにした。
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