第21話 悲嘆の魂は何処

「わたくしには命をかけてこの儀式を完了させる義務があります! 死んでもわたくしは――」

「邪魔だろ、これ〜」


 わずかな時間稼ぎにはなったが、結論は何も変わらなかった。儀式が完了することも、消された白伊が自力で戻ってくることもない。遠くで響く歌声が消えていないことからクロの方も苦戦を強いられているようだ。助けはないと判断せざるを得ない。その中でシロがしなければならないことは儀式の中枢である魔術円の起動を維持し続けることだ。

 止めるわけにはいかないという思いで一歩も動かなかったシロに対して、皇は魔術円を指差して邪魔だろうと聞いた。呆れ果てるほどの愚問に返事すらできなかった。ある行動を見るまでは。

 魔術円の端に立ち、トンと。つま先で円を蹴る。するとどうだろう。鈍くはあったが起動していた魔術円の姿が一瞬にして消えてなくなってしまったのだ。


「………………………………は?」

「アッハッハッハッハ! いいな、その顔〜。最っ高に絶望してやがるぜ〜」


 儀式の中断にはリスクを伴う。皇自身もそう言い、シロもそう聞かされていた。だから、始まってしまえば容易には中断できないのだと思っていた。だが、結果はどうだろう。魔術円は消え去り、何も起きない。起動式の途中だったものが止まるということは中断したことになる。なのにその反動は一切なかった。

 いったい何をしたのだ。どうすればこのようなことができる。

 何もわからないシロはただ茫然としていた。それを面白そうにケタケタと笑う悪魔は再び種明かしをし始めた。


「儀式を中断されたと思ってるようだが違うぜ〜? 失敗したんだ〜。この儀式の性質上、北に霊的媒体を置かなければならな〜い。それは見れば一瞬でわかる〜。なら、霊的媒体が北になければどうなるかな〜?」

「まさか……でも――」

「死体であろうと精神力は残されている。ないのは生命力だからな〜。だが、生者より精神力の抽出効率はすこぶる悪〜い。だから長い時間をかけて吸い上げたんだろう〜? 10年前999人がゆっくりと死んでいったあの時のようにな〜。なら、直接魔術円に残りの精神力を吸わせたらどうなると思う〜?」

「儀式が完成され、魔王の魂が召喚されるはず……」

「肉体のない魔王の魂は一体どこへ行ったんだろうな〜?」

「霧散し、元いた場所に戻される……。では、本当に……」


 皇はこの10年間で自らを30000回殺したという。そして彼の”アンサーズブック”の性質上、死を繰り返した分だけ精神力が蓄積されていくらしい。つまり、今の彼の中には30000人分の皇悠人精神力が格納されていることになる。1000人程度で足りる精神力など初めから皇は持っていたのだ。それを使い、儀式を早めに起動させ結果的に失敗させた。これがことの顛末ということになる。

 白伊たちが2日かけて作り上げた最高傑作をいとも簡単に失敗させてみせた悪魔は、やはりその名にふさわしい顔をしている。最高のタイミングで、絶妙な方法で、最低な嫌がらせを成功させたのだ。

 ただ1つ、シロは勘違いをしていた。儀式は成功している。結果を失敗させたのだ。魔王の魂は確かに現界した。その魂は肉体を求めて彷徨ううちに体力を失って霧散する。――はずだった。だが、それでは皇の求める嫌がらせが完璧ではなくなってしまう。彼のように心の底から腐りきっている悪魔のやり口はもっと酷い。霧散して消えてしまうはずの魔王の魂は未だこの世に存在し続けている。


「ひとつだけ、お前さんの勘違いを解いてやろ〜。魔王はまだこの世にいるぜ〜」

「はい……? ですが、先ほど……いえ、まだいるのであれば一体どこに…………」

「魔王の魂は肉体を求めて彷徨う定めだ〜。だが、その肉体ってのは何も霊的媒体でなければならないわけじゃあな〜い。より上質な肉体があればそちらに吸い込まれるんだ〜。じゃあ、ここで問題だ〜。元魔王の肉体だった死体より、上質な肉体ってのはなんだ〜?」

「そんなものあるわけが……」

「お前らってほんと無知だよな〜。魔王の肉体を選定する上で必須の項目はひとつ。肉体に格納されている精神力の多さだ〜。魔王の肉体に選ばれた者は魂を失うが、精神力は残り続けるんだぜ〜。その精神力を磨耗させながら魔王は肉体の維持と能力の行使をするわけだ〜。そんなことも知らずによくもまあ魔王を召喚しようと思ったもんだよな〜」


 旧文明における魔王とは悪魔と呼ばれる災厄を呼び出す異形の者どもの長を指す。しかし、現代でいうところ魔王は少し違う。旧文明の神話体系が全て抹消された今となっては旧文明の悪魔という概念が違うのだ。厳密に言えば、この世界に悪魔と呼ばれる存在はない。そのような世界において魔王とは一体何を意味するのか。

 皇は旧文明から現代を生きる数少ない生き残りだ。ゆえに時代の変化を知っている。旧文明から現代に至ったことで魔王という敬称がどのように変化したのかを理解しているのだ。魔術の才を持つ彼から言わせれば、現代の魔王とは旧文明から現代への変化の際に生じた何億人もの人類の怨念を1つの魂に無理やり練り込んだ歪なエネルギー体だ。そのエネルギー体が人体の中に入るということは”リビングタトゥー”を純濃度で作るのと同じようなものだ。体を魂ごと喰らい尽くされてしまう。

 10年前、魔王の魂に喰らい尽くされた区道ミレイの肉体は異形へと変わり果て、暴走の一途を辿った。あと数分遅れれば”終教”の思惑通り”蠢く終末論”が魔王のエネルギーを食らうために顕現するところだっただろう。それを理解できて、解決することができたのは皇だけだったから行った。彼は自らの師匠を手にかけ、世界を救ったのだ。


「上質な精神力を持つ肉体……ま、まさか……魔王の魂は今――」

「ようやく理解したようだな。そう。あのクソッタレの魂はにある」


 そう言って指さしたのは自らの心臓だった。

 30000人分の精神力は現代において例を見ないほどの上質なものだ。それを見逃す魔王の魂ではない。皇の肉体に入り込み彼の魂を喰らおうとした。魂に干渉する攻撃を避けられる人間――ひいては魔術師はいない。それが膨大な怨念のエネルギーであればなおのことだ。当然、彼の魂も喰らい尽くされるはずだった。彼が

 ”アンサーズブック”は所持者の無益な死を許さない。皇の”赤錆のアンサーズブック”はその気が特に強い。痛みを伴う死であろうと、魂が消し去られる死であろうとも、必ず彼を甦らせる。魂は喰らい尽くされている。その上で全く同質の魂を上書きし続けることで魔王の魂の侵食を中和させているのだ。

 

「そんな……バカな……」

「全てを理解したところさらに問題だ。さて、俺様が手に入れた魔王のエネルギーは一体何に使わられるでしょう?」


 皇が地面をもう一度つま先で軽く突くと、地面に魔術円が形成される。しかし”魔王生誕祭”のものとは少し違う。紅い光を放つその魔術円の効果は錬金だ。それと同時に皇の持つ赤錆の王冠も同じく輝きを放ち始める。

 どのような結果が出るのかわからないでいたシロは、ただその奇跡を見届けることしかできなかった。皇の起こす奇跡は全てが計算通りで、予定通りの事前準備がなされた万全な奇跡だった。

 魔術円から出来上がっていくのは1人の女性。歳わかく、美麗で、万人が恋心を抱く天女のような人。その人を愛おしくを見上げながら悪魔は言う。


「待たせたな、クソババア」

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