第16話 赤錆に濡れる
「なっ! 貴様どこから!?」
白伊が空間認識阻害を解いた一瞬の隙をついて皇はこの場所まで
つまるところ皇に”リビングタトゥー”と呼ばれる現代の魔術たちは一度見れば真似できる程度の代物でしかないのだ。
そして、それを知っているのは白伊だけ。皇の登場に彼女は自らの過ちを思い知る。
「あなたに移動能力を見せるべきじゃなかったわね!」
「いんや〜? あの場ではあれが最適解だったさ〜。間違えたのはそのあとの行動ってだけでな〜?」
「クロ! あなたは先にマリアを止めなさい! この悪魔はあたしがどうにかするわ!」
「承知!」
白伊に命令され、クロは人の身では到底出せない速度で駆け出した。皇もそれを止めようとすれば止められたが、遠くに2人の影が見えてその考えはやめた。あの程度の相手では圷には天地がひっくり返っても勝つことはできない。それこそ10年という年月が彼を衰えさせてさえいなければ。
皇は圷に対して、一定の信頼を置いている。それは自らとある意味で同等であるという信頼だ。両者が対極に位置していると深く理解しているからこその信頼があった。
皇の視線は天使化した白伊ではなく”魔王生誕祭”を取り仕切る白のマスクを被る女性へと向く。今回は時間との勝負だ。皇たちは魔術円の破壊を行わなければならず、白伊たちは殺してでも予定時間通りにことを済ませなければならない。その状態での彼の行動は理にかなったものと言えるだろう。
「まずはてめえだぜ、白マスク〜」
「やらせるわけがないでしょう!?」
皇の攻撃は速く鋭い礫を飛ばすものだった。鋭利な礫はまっすぐにシロの体へと向かう。それを邪魔するのは白伊の人工の翼だった。彼女の翼に触れた礫たちは一瞬にしてどこかへと消えてしまう。それを見ていた彼は眉を潜めた。
おそらくは白伊がここまで転移してきた魔術の応用だと考えられるが、果たして魔術絵画ひとつで十数個の礫を正確に飛ばすことができるだろうか。
皇の目に狂いはない。狂ったとすれば計算のほうだ。彼は白伊の言っていたことをよく思い出してみる。彼女は確か通常の”リビングタトゥー”を描く際にしようされる特殊な液体を通常濃度より濃く使っているとか言っていた。であれば、彼が見抜いた魔術はそのままで威力が数段階増したと考えるべきだろう。
「なるほど〜。そのための翼か〜」
「何を納得したのか知らないけれど、あなたも消えなさい」
「おっと〜? 危ない、危ない。危うく穴だらけになるところだったぜ〜」
白伊が右腕を横に振ると、反応するように翼が輝きを膨張させる。すると空気の圧縮されたような音が鳴り、その範囲から容易く皇に逃げ仰る。逃げた彼を見て、どうして反応できたのかわからない彼女は少しだけ混乱しているようだった。
逃げられたのは偶然ではない。皇の観察眼と白伊の魔術を脳内でアップデートした末の当然というべき結果だ。彼の脳では初め、彼女の魔術は空間に対して影響を及ぼせるものだった。それこそ、空間認識阻害などが関の山であると思っていた。が、彼女は自らの枷を解き放ち、翼という魔術紋様を物理的に大きくすることで魔術の大幅な強化を行った。
今の白伊は空間を自在に操る魔術を手に入れたのだ。先ほどの礫は空間を別の場所と瞬時に繋げることで消えたように見せかけ、先ほどの空気の圧縮は空間を宇宙などの空気のない場所へ繋ぐことで空気圧縮を行ったのだろう。
「なかなか面白い魔術だな〜?」
「言ってられるのも今のうちよ。あなたの周囲一帯を圧縮すれば逃げ場なんてないでしょう?」
「ほんと、笑えるほどのバカだな、マゾ女〜」
大きな揺れを伴って皇を中心とした周囲10メートルが圧縮される。範囲が広がればそれだけ疲労も増えるが、幸運にも今の白伊には媒介としての翼があるため疲労感は普通程度で抑えられた。彼女にはまだやらなければならないことが残っている。それを前にして疲労困憊は遠慮したいところだったのだ。
ともかく、目の前から皇の姿が消えたことは喜ばしいことだった。これで少しはことを運ぶことができるから。そう思い振り返る。
そこにはニタリ顔の悪魔が生きていた。
「どう……して……」
「やっぱバカだろ、お前〜? 俺様がどうやってここまできたのかをもう忘れちまったのか〜?」
「瞬間転移……。またあたしの能力を――」
「
「そう。
自らの翼を指差し、そう唱える白伊に皇はその通りだと首を縦に振る。思いがけず勉学に励んでいた彼女に拍手でも送って、さらに怒らせるのも1つ面白そうではあると考えつつより面白いことを思いついた。
白伊の言う通り、空間転移は膨大な精神力が必要となる。体を一度分解し、再構成と行きたい場所への転写が必要となるため、擬似的な死を経験することになるからだ。白伊でさえ、今の翼がその処理を代わりにやってくれなければとっくに精神力が尽きて倒れている。それを易々と何度も使えるものではないはずだ。
しかし、その膨大な精神力があるのだ。何度転移しても尽きぬ精神力が、皇にはあった。その理由は彼の右手に現れた”赤錆の王冠”だ。
「これ、な〜んだ〜?」
「”赤錆のアンサーズブック”……!」
「大正〜解〜。本じゃなくて驚かれるかと思ったが、そういやマゾ女は俺様のことを資料で把握済みだったな〜?」
「……」
「でも、能力までは知らないらしいな〜? 今日は気分がいいから教えてやるよ〜。俺様の”アンサーズブック”の能力は”
「だから戦っても無駄だとでも言いたのかしら」
「いんや〜? 無駄ではないさ〜。ただ、殺しすぎるとどうなるかは予想しろよ〜?」
取り出した赤錆の王冠が”アンサーズブック”だと語る皇に、あまり驚かない白伊を見ると真実のようだ。言う通りであれば、彼は不死の能力を持っていることになる。不死のものを殺す方法など今の彼女が持ち合わせているわけもなく。
また彼の言い分では死を経験するたびに彼の身体情報が
これまで皇はいったい何度の死を経験してきたのだろうか。
「魔術戦における鉄則は、より早く相手の精神力を消耗させることだ〜。つまるところ精神力の差がものを言うんだ〜。この王冠を手に入れた瞬間、俺様は気がついたんだよ〜。俺様の精神力は死ぬ前より死んだ後の方が増加していることにな〜。この意味がわかるか〜?」
「死んだ直後の精神力が死ぬ前の自分の精神力に足されているって言いたいわけね?」
「思ったよりもバカじゃないらしいな〜。そうさ〜。そして俺様はこの10年間あの子汚え刑務所で約30000回の死を経験した。この意味もわかるよな〜?」
口端を三日月のように吊り上げて嗤う皇に身震いが起こる。目の前にいるのはただの悪魔ではない。悪魔たちの王なのだと真に思わせられる。
相手にするべきではない。本能がそう訴えてくる。けれど退くことは許されない。ここまでで何人の命が失われたことか。白伊……あるいは教団の大願を成就せんと無辜の民まで巻き込んだ。この儀式だけは絶対に成功させなければならない。その思いだけで彼女は今も皇の前に立ち続けている。
狂乱の圧をかけ続ける皇だったが、急に白伊の前に何重にもかけられた封印用の結界が張られる。
「だが〜? 今回は別に俺様がマゾ女を倒さなくてもいいんだぜ〜。ならよ〜、戦わない方を選んだ方が利口ってもんだろ〜?」
「なっ……この結界、硬っ!?」
「30メートル幅の空気を1ミリの厚さに超圧縮した封印用結界を大胆にも30枚用意してやったぜ〜。しかも内側には座標をずらす魔術が仕込まれてる〜。それならマゾ女も容易には抜け出せないだろ〜? そ・し・て〜。宇宙の彼方まで吹っ飛びな〜」
「ちょっ――!」
とてつもなく固い結界をデコピン一発で跡形もなく消し飛ばした。急に虚無感が漂う。それと同時に強烈な悪意が残されたものの背を凍らせた。
残されたのは起動中の儀式とそれを管理するシロだけだ。
悪魔の眼光はゆっくりとシロへと光る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます