第15話 温返し
主要戦艦”SAKURA”の船尾にある墓地の中心にて、背中に翼を二組生やした白伊キョウカは自らの”リビングタトゥー”の能力である空間認識阻害を行なっていた。その下には古い書籍にすら書かれていない古代の魔術円が描かれており、これこそが10年前の大災害”魔王生誕祭”を行なった時の儀式魔術の正体だ。
儀式にはおおよそ2日ほどの時間を要する。この儀式のために教団員を十数名失ったが、成功さえすれば必要な犠牲だったとして問題はさほどない。逆を言えば今回の儀式が失敗に終われば、それこそ白伊の地位に傷がつくため絶対に失敗は許されないということでもある。
10年前の教団の記録によれば”赤錆のアンサーズブック”として覚醒した皇悠人の存在により儀式は失敗したことを知っていた白伊は、今回の儀式に際して国内の”アンサーズブック”の所在を明確にする必要があった。そのために重要機密が密集しやすく、教団員でも容易く侵入可能なあのカフェテリアを強襲したのだ。
「なのに、そこに目的の”アンサーズブック”たちが集まるとは思わないわよね。つくづく神様っていうのは試練を与えるのが好きみたいで嫌よ」
「大司教様。儀式の完了まで残り1時間を切りました」
「周囲のカモフラージュに隙は見当たらないが、本当に私たちだけで良かったのか?」
「ええ。皇悠人にあたしの正体がバレてしまった以上、人員を割いたところで彼らが駆けつければ肉壁にすらならないわ。むしろ邪魔でしかない。なら、最小限の人数でカモフラージュの範囲を狭めた方が籠城できるでしょう? それにあたしには教祖様から頂いた最終手段があるもの」
カモフラージュの内側は薄暗い。儀式の性質上、最小限の明かりしか灯せないためだ。カモフラージュの外側の様子は観測できないが、まず突破されることはないと踏んでいた。
残り1時間で全てのことがつく。10年前の儀式の続きが始められる。魔王の魂を呼び出し、霊的媒体である区道ミレイの肉体に憑依させてその肉体ごと白伊たちの神である”蠢く終末論”への供物とする。そうすれば”蠢く終末論”は大東亜連合国で大暴れし、この国は沈むだろう。そうなれば、残り2つの国を沈めれば世界崩壊の完成だ。
無論、白伊にはマスクの2人に隠しているもう1つの目的があるわけだが。
「儀式は予定通り行なって。あたしは空間認識阻害を安定させるために集中を割けないから、シロ、クロ。あなたたちだけが頼りよ」
「お任せください、大司教様」
「なら、もう一度見回りをしてこよう。完成間近での失敗が一番怖いからな」
シロと呼ばれている女性は儀式を安定化させるために働き、クロと呼ばれている男性は綻びがないように再び見回りを始めた。2人とも信仰心の高い良い駒だ。特に白伊のように自らの願いを叶えるために他人を利用するタイプには見事に扱いやすい。
今のところ空間認識阻害に問題はない。けれど、あの程度で諦めてくれるほど皇は優しい男ではないと、長い間見てきた白伊にはわかる。彼はあれくらいでは止められない。持ち得る全てを使ってここを見つけ出すだろう。それこそ、黒崎マリアを使ってでも。
あまり考えたくない未来を予想して、白伊は首を振る。今はそんなことを考えている場合ではない。自身は空間認識阻害が解けないように集中を切らさんと考えを辞めたようだ。
「……? 大司教様、何かが変だ」
「どういうことかしら? もっと詳しく――」
見回りをしていたクロが異変を感じた。それを言葉にするには感覚がすぎたせいで報告が曖昧になってしまったようだ。初めは言っている意味がわからなかった白伊だったが、その異変とやらに彼女も気がついた。
空間認識阻害の範囲が円ではなく、楕円――いや、もっと異物な形へと徐々に変えられつつあった。それに加えて、儀式の方にも影響が見られる。魔術円の輝きが鈍く暗くなっていくのだ。効力が弱まっている。これでは予定時刻に魔王を呼び出すことができない。
しかし、この異変は一体何が原因だというのだ。必死に空間認識阻害を維持しつつも、白伊は原因究明のために思考を割く。ここでわずかだが歌声が聞こえた。本当に小さいが、それははっきりと聞き覚えのある声で。
「マリア……? そう……そういうことね、皇悠人!」
「大司教様! 儀式の出力が――」
「わかってるわ! 維持しなさい! クロ! カモフラージュを解いて原因を潰しに行くわよ!?」
「了解した。いつでも行ける」
皇はどうしても白伊とマリアを戦わせたいらしい。彼女にとってマリアは救うべき存在であると聞いた上で、このような対立を作り出すなどまさに悪魔だ。
儀式と白伊の空間認識阻害の邪魔をしているのはマリアの歌声に間違いはない。そして、これが皇の作戦通りならば場所も特定されているということになる。ならば、いっそ1秒でも早く儀式の邪魔をしているマリアを制圧して予定通りに儀式を終わらせるしか道はない。
そうするには白伊が能力を解除して、マリアの側には”聖霊王”が一緒にいると仮定しクロと共に歌声の主を攻めるしかなかった。儀式をシロ1人に任せるのは不安要素でしかないが、そうする他人員の割きようがない。ここにきて人員を増やしておかなかったツケが回ってきた。
「本当……度し難いほどにうざったいわね、あの王様は!」
「歌声は北……霊的媒体が埋められた墓の方から聞こえる」
「しかも、マリアのいる場所まで最悪なんだけれど!? もう、本っ当にあの悪魔!」
全てが計算づくか。いや、奇跡でも絡まない限りこのような状況はあり得ない。否、否、否。どのような状況であろうが、白伊の計算が全て覆ったことだけは事実だ。全部、あのニタリ顔の悪魔によって狂わされた。10年前のあの日と同じように、皇1人の力によって再び儀式が未完成でことを終えようと走り出してしまった。
時間はまだある。予定時刻より多少のずれは生じるだろう。だが大丈夫だ。白伊の脳はすでに次の一手に全集中していた。残された時間と方角、原因解決までの予測時間が脳内で高速に計算されていく。叩き出した時間わずか5分。この時間だけはズレても問題はない。
皇が最後にいた場所からは時間的にどうあがいてもここへは間に合わない。であれば、おそらく2人いるであろう原因を即座に解決すれば良いだけ。マリアは生け取りにし、圷の方は倒してしまえばいい。 ”聖霊王”は能力を封じられているのだから容易なことだ。一旦、空間認識阻害を解き、2人で飛び出して時間内に戻れば全てが元通りだ。
白伊の思考はまさに今、焦りと動揺を前にして計算を
結論から言えば、白伊は空間認識阻害を解くべきではなかった。どれほどの解かざるを得ない状況であろうと儀式の場所を一瞬でも把握させてはならなかったのだ。ここでの最適解はクロを単独で向かわせることだった。一瞬でも空間認識阻害が解かれれば遥か遠方、夕陽が見える絶景スポットから儀式の場所が見えてしまう。
白伊が空間認識阻害を解いた一瞬の隙に、儀式の魔術円に重なるように悪魔の羽の紋様が現れた。そうして奴がやってくる。
「なっ……それ、あたしの――」
「解けてるぜ〜? カモフラージュがよ〜」
三日月の如き笑みを携えた悪魔たちの王が。
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