第13話 徒花ども
「ご無事ですか、大司教様」
「儀式の準備が終わったのでお迎えにあがってみたらこのような状況だとはな」
皇の放った攻撃の余波で上がった煙が少しずつ晴れていく。その中には3人の影があった。
白いマスクを被った女性と黒いマスクを被った男性がそれぞれ白伊を守るように現れたのだ。そうして、皇の攻撃は2人によって防がれたらしい。2人の後ろで無傷の白伊は光の失った目で皇を見つめていた。
この程度の攻撃で倒れるとは考えていなかった皇だったが、まさか考え得る中で1番面倒な状況を引き当てるとは思わなかったらしい。いやらしい笑いが一層滲む。
「カフェの時の2人か〜。こりゃ面倒極まりない状況だな〜」
「ならそこを退いてくれないかしら。いえ、むしろここで死んでくれると助かるのだけれど」
「そりゃどちらも聞けない話だな〜? 仮説が確定した以上、お前らを放置はできねえよ〜。俺様はそこまで優しくねえぞ〜?」
「はあ。これだからあなたという王様は嫌いなのよ。大方、本当に世界を救えるとでも思ってるんでしょう? 無理よ。あなたたち王は世界を滅ぼすだけ。あたしたちの神様と同じ――化け物よ」
白伊の背筋が不気味に膨張する。 ”リビングタトゥー”の輝きも初めと比べものにならないほどに眩くなっていた。急激な筋肉膨張でシャツの背が破れ、本性が
翼だ。二組の翼が白伊の背に出来上がる。白く輝く”リビングタトゥー”を象るように筋肉が膨張したのだ。そうして彼女は空へと舞う。まるで旧世界の神話で語られる天使のように。
流石の皇もこれは予想外のことだったらしい。彼の目に映る白伊の姿は、彼の好奇心を煽るのに十分すぎた。
「おいおい。そりゃなんだ〜? 本物の天使にでもなろうってか〜?」
「いいことを教えてあげる。 ”リビングタトゥー”に使用される特殊な液体。その組成はね。 ”蠢く終末論”から採取された体液よ。基本的には0.001パーセントまで希釈してようやく耐性者が扱えるレベル。それより薄ければ能力の行使すらできないギリギリのライン。でもね? あたしの背に描かれた”リビングタトゥー”の希釈濃度は50パーセント。通常者の5万倍の濃度なのよ。この意味がわかるかしら?」
「要は”蠢く終末論”の半分程度ってことだろ〜? いやそれ以下か〜。なら――余裕だな」
皇の言葉を最後にして周囲に青白い炎の玉がいくつも出来上がる。先ほどよりも数が多い。それに加えて玉の大きさも倍以上になっている。おそらく威力はさっきとは比べ物にならないだろう。そして、この船も直撃を受ければ大きな痛手となるに違いない。ただし、それを船に当てるわけではない。
船――ひいてはこの国への影響をわかっていて皇はそれを放とうとしていた。それほどまでに天使と化した白伊が脅威であると認識したのだ。 ”リビングタトゥー”の暴走は彼も経験している。能力に意識を持っていかれて破滅した人を彼は知っていた。止めるために必要な労力をわかっていたのだ。
だからこその高火力。無論、これで収まるわけではないが、時間稼ぎと事態の悪化は伝わるはずだ。皇の本当の行動理由はそれだった。
「あなたに付き合っている余裕はないわ。言ったでしょう? あたしは行くわって」
「だから、行かせるかよ〜。お前はここで滅んどきな、マゾ女〜」
火球が放たれようとしたその時、皇の意識に異変が生じた。思考が混ぜられる。そのような言葉で表すしかない状態になった。
集中が途切れる。同時に火球も霧散して姿を失う。残ったのは膝をつく皇、天から見下ろす白伊と警戒を解かないマスクの2人だ。
かき混ぜられる思考の中である仮説へと行き着く。これは先ほど白伊が使用した能力と酷似している。似てはいるが、その実まるで違う。皇が真似をしたあの能力とは規模も、正確性も、その威力さえも異なっていた。
「ようやく跪いた。当然よね。王が天上の存在に跪くのは」
「言う……じゃねえか〜。そんなに嬉しいかよ〜。俺様を怯ませられてよ〜」
立ち上がる。未だ酔いは残っているが、ある程度の解析が済んだことで対抗魔術を施すことができたのだ。しかし、完璧ではない。酔いが残っているのがその証拠だ。
白伊も驚きすらしない。当然だろうと慣れを感じさせる。当然、この男なら立ち上がるだろうという確信があったのだ。長年見てきた。彼の本性はこんなものでない。彼はもっと残酷で、冷徹で、怯まず屈さない精神を持つ、自我の化け物だ。
両者は睨み合ったまま動かない。否、無闇に動けば隙となりかねないのだ。ともかくこの場を退散したい白伊と、絶対に逃がさないと言う皇の睨み合いは、人数の差でやや皇が不利という状況である。
「もうひとつ。いいことを教えてあげるわ。勘のいいあなただから察しはついていると想うけれど、これからあたしたちがしようとしていること。それは――」
「”魔王生誕祭”の再現……いや、続行だろ〜? お前らのやりそうなことだぜ〜」
天使と化した白伊はその圧倒的な存在感を往々にして示し続ける。その御前を守らんとするのは白と黒のマスクをつけた盲信者たち。対する皇はたった1人で3人の前に立ち塞がる。
10年前の大災害をもう一度起こそうと目論む白伊の真意はわからない。おそらく真の意味で理解しているものなど彼女以外いないのだろう。彼女は全てを利用して自らの大願を叶えるつもりなのだ。それに気がついているのは皇のみ。おそらくは1対2対1の構図だと彼は踏んでいる。それを彼女はうまく隠しているのだと。
それとは別として皇には、確かな怒りがあった。
「だから必死で止めてるのよね? また、あの惨状を繰り返したくないから」
「いんや〜? それが理由でマゾ女の邪魔をしてるつもりはねえよ〜。俺様はな〜。覚悟のない裏切りをしてる
「全てが紛い物の王様のくせに? ならあたしが現実を教えてあげるわよ。 ”悪魔”の所有者”アンサーズブック”第5位。冷徹非道の大罪からつけられた名は”悪魔王”。人類は今日、もう一度世界の終わりを魂に焼き付ける」
「やれるものならやってみな。てめえらの前にいるのはこの俺様だ。王とは全てを手に入れてこその称号だ。俺様はてめえの甘さを許さない」
皇の怒りは白伊のどっちつかずな甘さゆえのものだった。マリアを救いたいと願う彼女は、あろうことか世界を一度滅ぼすと言い出した。その大業がどれほどのものかもわかっていなさそうで、あまりにも自分勝手な言い分で、まるで自らが神であるかと示されているかのような傲慢さだった。それがとてもではないが許せなかった。
皇は神を知っている。彼は魔王を理解している。それに立ち向かう勇気と、世界を滅ぼす覚悟の重さをわかっているのだ。なぜなら彼が”悪魔王”その人だから。
皇が白伊の前に立ち塞がる理由は単純にして明快。彼が王であり、王としての矜持が目の前の小さな悪を許すなと叫んでいる。それだけで彼が彼女の邪魔をする十分な理由になり得る。
「そう。でももう手遅れよ。あなたにできることはもうない。全て始めてしまったもの。あたしたちの神を呼びつける最大の餌……”魔王”を呼び出す儀式がね」
「大司教様。そろそろお時間です」
「ええ、行きましょう。お遊びもこれくらいにしてね」
「おい待ちやがれ! 俺様がいることを忘れてねえだろうな!?」
「問題ないわ。言ったでしょう? 全て始めてしまったって」
白伊とマスクの2人の足元に翼の紋様が浮かび上がる。
紋様が出て0.2秒で皇は観察と解析を終える。その紋様は彼に対する影響を及ぼす代物ではない。3人に対する魔術的なものだった。
白伊が何をしようとしているのかを知った皇はすぐさま火球を生み出して攻撃を仕掛ける。だが、着弾のわずか前に白伊の笑みとともに3人はこの場から瞬時に姿を消してしまった。彼女が行ったのは対象者を別の場所へと飛ばす魔術だったのだ。
「クソが!!!!!」
完全に逃げられた。流石の皇でも転移先までは解析しきれなかったために、どこへ行ったのかすらわからない。わかっているのは白伊らが10年前の大災害”魔王生誕祭”を再び行おうとしているということだけ。手傷を負わせられたわけでもない。完全な敗北だった。
皇の地団駄は床に大きな亀裂を生み出すほどの威力だった。これだけでどれだけの憤りかは明らかだろう。
それは悔しさからか、あるいは怒りから来るものだったのか。ともあれ皇の脳は次なる一手のために頭を高速回転させる。結果、嫌悪感すら覚える方法が思いついた。
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