第12話 続世に宴を

「あたしの背には多くの傷がある。全てはあたしの父の大願を成就させるための訓練のせい」

「そりゃあ、痛々しい話だな〜?」


 傷がある場所をなでて、白伊は語り出す。

 思い出すのは苦痛でしかなかった過去のトラウマたち。何度泣き喚き、心をすり減らしてきたかを思い起こして顔が歪む。

 幼き日の苦行を飲み込むように息を吸って、拭い去るために長い瞬きをする。

 

「けれどね。もう父の大願なんてどうでもいい。そう思えたのは、大願成就のため近づいたあの子にたまたまこの傷を見られてね。その時あの子、なんて言ったと思う?」

「さあ? あのお嬢様が言うことはぶっ飛んでてわかったもんじゃないな〜」

「あの子、あたしの背中の傷を見て美しいって言ったのよ。女の傷が美しいって。それは努力の証だって。バカよね。利用するために近づいてきた矮小なあたしを褒めるなんてね」


 傷から手を離し、薄ら笑いをする皇を再度見つめて白伊は言う。彼はそれでも笑っていた。予想していたかのように、予期していたみたいで気色悪くも変わらなかった。

 どのような言葉でも皇を変えることはできない。どのような思いでも彼の目的を変えることは叶わないのだ。それは彼が王であるからではない。彼が彼であろうとするからだった。彼の中の彼は孤高で、無常で、最強でなければならない。そうでなければ、10年前のように何も叶えることができないからだ。彼が白伊に会わなければならないと直感したのはこのためだった。

 しばらく話して皇自身も理解した。白伊の思惑を知らなければならないと思った本当の理由は、彼が彼であり続けるために必要だったからだ。それはすなわち、彼が”悪魔”の”アンサーズブック”を手に入れ、王としての矜持を守るためだ。


「よ〜やく理解したぜ〜。いや、俺様を出所させた時に気がついていればよかったな〜」

「……? どういうことよ」

「どうもこもうもないさ〜。マゾ女の言うことは正しい。正しいな〜。正しすぎるくらい――」


 皇の表情が曇っていく。それを静かに聞いている白伊には嫌な予感を持ち始めていた。何度も彼の様子を見に牢獄へと赴いた彼女だからわかる。阿吽の呼吸とも呼べる勘のようなもの。そして、それは往々に実行されてきた経験が彼女にはある。

 だから先手を取られる前に動き出した。白伊には戦闘能力がないと評価されている。そのため看守など戦闘の必要がなく、天性の才を持つが故に重要な仕事を任されていた。しかし、事実は違う。彼女は父親によって誰よりも過酷な戦闘訓練を行ってきた。ゆえに彼女の直感が告げる嫌な予感を回避する行動を瞬時に取る。

 精神力を高め、背へと流す。背の傷を見たマリアでさえも知らない白伊の持つ”リビングタトゥー”が息を吹き返した。その絵は二組の翼。背で蠢く翼が大きく羽ばたいた。


「どう? あたしの能力は。なかなかに効くでしょう? 流石のあなたでもこれには――」

「黙れよ。今は俺様が喋ってるだろうが」


 効いていない。本来であれば立っていることすら難しくなるはずなのに皇は堂々と立って話をしている。これはあり得ないことだ。いくら”アンサーズブック”が最強と言われようが、突発的な能力の使用に歯向かう術はないはず。あってはならないはずなのだ。

 だのに、皇は平然としている。我慢をしている様子もない。焦る白伊の頬に一滴の汗が流れる。

 動揺が隠せない白伊を見て首を傾げていた皇だったが、勝手に納得したようで説明を始めた。


「気になるか。お前の能力が効かない理由。教えてやるよ。くだらないことに労力を割いたお前への餞別だ。お前たちの使う”リビングタトゥー”って言うのはな。旧世代の魔術紋章を改良したものなんだよ。誰でも、いつでも、どんな場合でも使える優れた魔術紋章――いや、魔術とでも言うのか。ともかく、お前たちの使うそれは魔術の一種に過ぎない」


 笑みの消えた皇から放たれるのは兵器の真実。そこまでは白伊でも知っていた。知らなかったのは、なぜ能力に対して効果が得られなかったのかだ。

 たじろぐ白伊はさらに精神力を注いで能力を限界まで強めるが効果はない。次第に焦りが明らかになっていく。

 1歩づつ白伊に近づきながら進み続ける。1歩の間にも会話は続いていく。


「俺様の目と脳は特別製なんだよ。万象を観測し、真実を解析する。俺様は一度観た魔術を解析し、効率化することで紋章なしで試行することができる。こんなふうにな」


 空間が歪む。体の輪郭すら危うく感じる。柵にどうにか捕まり嘔気でうずくまる白伊を見て、大笑いをしているのは人の形をしていない皇だった。

 白伊はこれが自らの能力であることに気が付く。だがしかし、それをなぜ自分が受けているのかがわからなかった。と言うよりも、頭の中がメチャクチャにされている中では考えると言うこと自体が難しい。対策を打たんとするが、いかんせん脳をスプーンでかき混ぜられているような感覚が思考を邪魔する。

 もはや意識すら失いそうな時に、パッと視界がクリアに戻る。冷や汗でずぶ濡れになった白伊が皇を睨む。そこにはいつもの軽薄な笑いをする悪魔が立っていた。


「どう……して……」

「ったく。人の話をつくづく聞かない奴だな、お前は。真似をしたんだよ。お前が使った魔術の真似を。それもより効率的に、効果的に、利便的にな」

「そんなこと……できるわけが――」

「できるんだよ、俺様には。あのクソババア……区道ミレイの弟子である俺様にはな」

「区道……ミレイ……終世紀の英雄。そう……そういえば、あなたは彼女の弟子だったわね」

擬似偽装魔術ペレストロイカって言ってな〜。あのクソババアお得意の魔術さ。優れた観察眼とそれを理解できる頭脳がなければ成すことができないけどな〜。まあ、あのクソババアは魔術以外に剣術もできたが、俺様にはそっちの才能は全くなかったみたいだけどな〜」


 やれやれと首を振りながら調子が戻ったかのように軽薄な態度を取りはじめる。

 厄介ごとが増えたと判断した白伊はこの場からの撤退を考える。しかし懸念すべきは真実が十中八九マリアに伝わってしまうことだった。彼女にだけはバレたくなかった。このような状況では確実に彼女は白伊を止めにやってくるだろう。そうなれば全面戦争になる。どちらかが死ぬまでやまぬ地獄が出来上がってしまう。

 未だ酔いが残っているため柵に掴まったままの姿で白伊は問う。


「あなたは大切な人より、世界を取るのね?」

「今更そんなことを聞くんじゃねえよ〜。あの日、世界を取ったから今の俺様があるんじゃないか〜」

「あの日……10年前の”魔王生誕祭”。あの時、あなたが邪魔さえしなければ……」

「そういえば牢獄で驚いてたな。お嬢様が1000人目の生贄だって聞いてよ〜? マゾ女の中では計算外だったか〜?」

「面食らっただけよ。そもそも面と向かって出会ったのはあの子が6歳の頃だもの」


 取り繕ってはいるが、隠しきれている自信はなかった。白伊はあの時、牢獄でのマリアの証言に確かに驚いていた。何よりも目的に忠実だったはずの父親が最後のピースだった彼女を失うようなヘマをしたということが驚きだったのだ。

 左手首につけた時計で時間を確認する。白伊は何もたそがれるためにこの場所で外を眺めていたわけではない。ここからとある場所が綺麗に映るからここにいたのだ。そして目的の場所では大きな花火が上がる予定であった。おおよそ時間通りで。

 柵の向こう船尾に見えるのは広く大きな墓地。大東亜連合国の民たちの眠る墓場がここからはよく見える。


「あなたとの楽しい対話の時間ももう終わり。あたしは先に行かせてもらうわね」

「誰が行かせるかよ〜。お前はここで終わりだぜ〜?」


 皇の周囲から青白い火球がいくつも現れて、高速で白伊へと向けられる。大きな爆発と共に煙が上がり、簡単に彼女の姿は見えなくなってしまった。

 仕留めたとは思っていなかった。何らかの方法で生き残るだろうと。

 しかし、1番想像し得ない方法であったことが皇にとっては仇となる。


「いいえ。始まったばかりよ」

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