冷蔵庫にレモン
まよりば
レモン レモン レモン苦いか酸っぱいか
冷蔵庫に国産レモンが10日ほど鎮座していた。
もちろん食べたくて購入したわけで、レモンを見つけた子どもに「食べていい?」と聞かれて「だめ!」と答える程度には執着があり、腐っていいとは微塵も思っていない。
思ってはいないのだが、いざレモンを手にすると、切って揚げ物に添える程度では皮がもったいない、とか、レモンジャムにするには茹でこぼし作業が大変だ、とか、頭の中でなんだかんだ言い訳が並んで、どうにも調理する気にならない。
そんな日々を送っていたところ、ふと頭の中に「レモンカード」という言葉が浮かんだ。
ただしその言葉が浮かんだだけで一体それが何かまでは思い出せなかったので、クッションに寝そべってスマホで検索。
どうも、レモンと卵を使った甘いクリームのようだ。
皮はすりおろし、果汁も全部使う。必要なものは冷蔵庫に揃ってる。混ぜて湯煎にかけるだけ。特に難しい工程はなさそう。
作るか、とキッチンに向かった。
卵2個とレモン2個、砂糖100グラムに無縁バター50グラム。
計量を済ませ、卵とバターは常温に戻す。
その間にレモンの準備。
おろし器でレモンの皮をすりおろす。ザッとおろし器にかけた途端、レモンの芳香が広がった。鮮烈で爽やかな香りだ。
レモンのうち1つは少し若く、青にがい、人工香料そのままの香りで、科学技術の確かさに逆に驚嘆してしまった。もう1つは十分に熟れていて、おろし器でする度に、芳醇な香りが広がっていく。レモン好きとしては、毎日嗅いでいたい香りだ。
果皮を剥がされ、全面真っ白になったレモン。次は果汁を絞るので、包丁で胴を真っ二つに。若いレモンの方は種がないためそのまま絞れば良さそうだが、熟れていた方は種があったのでこし器の上から絞っていく。果汁一滴も無駄にしたくないのだが、たまに予想外の方向に飛沫が飛んでいく。諦めなければならないのは大変に口惜しい。
レモン皮、レモン果汁を砂糖の入ったボウルに入れ、そこにバターも加え、湯煎にかけた。
砂糖は一瞬でレモン果汁に溶け、バターは少しずつ液化していく。バターの油分と果汁の水分の分離に気をつけながら泡立て器で撹拌し、バターが溶け切ったら、卵を一気に投入。
これまた分離に気をつけながら撹拌を続ける。最初は区別できていた半透明のバター液と黄色の卵液の境界が少しずつ曖昧になり、液全体が淡いクリーム色に。
ここから水分を飛ばしてクリーム状に仕上げなければならないが、急な加熱は卵のタンパク質の凝固につながり、分離・失敗の元だ。火加減に気をつけながら、ゆるゆると加熱し、撹拌を続ける。
この間、レモンがじわじわと加熱され、部屋中に香りが広がる。生の突き刺すような鮮烈さは消え、甘酸っぱく、わずかにほろ苦い。
バター卵液だったものから水分が抜け、もたっとしたとろみがつき始めた。
このタイミングで一滴舐めるとレモンのきつい酸味と苦み。この苦みは、果汁を絞るときに絞りすぎて白いわたから苦みが出てしまったのだろう……。お菓子作りは科学である、とも言われている。計量した素材を使い切ることも大事にしないといけないが、同時に、セコさは禁物で往々にして失敗につながる。後悔先に立たず、である。
今回はこの苦みも含め、そのまま煮詰める。煮詰めることでクリーム内の砂糖の割合が高まり、酸味の方は感じにくくなるはずだ。
くるくると泡だて器をボウルの中で回し続けること15分。十分にとろみが付きクリーム化したことを確認し、ボウルを湯煎からおろした。
出来上がったレモンカードを冷ましながら、使った道具の後片付けを。
ある程度冷めたら、トーストに塗って試食。濃いレモン色のクリームは、凝縮されたレモンの存在感が際立っていて、それでいてまろやか。多少苦いながらもまずまずの仕上がりだ。バターの香りが立ち、パンともよく合う。
ただ、これって単体で食べるものじゃないから、レモンカードに合う何かをまた作らなきゃいけないんじゃ……?
甘味にするか、肉と合わせるか…。
せっかくレモンを消費できたと思っていたのに、甘酸っぱくて苦いレモンカードの可能性は大きく、私の悩みはまた増えたのだった。
冷蔵庫にレモン まよりば @mayoliver
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