第6章:遺伝子の謎と裏切りの影
山田真理子は、微かな震えを感じながらコンピューターの画面を凝視していた。愛知県内の複数の遺跡から採取したDNAサンプルの分析結果が、次々と表示されている。
「これは...」真理子の声が震えた。
傍らで、鈴木明日香が身を乗り出した。「どうですか、先生?」
真理子は深呼吸をして、冷静を装いながら説明を始めた。「朝日古墳で発見された特殊なDNAパターンが、他の遺跡でも確認されたわ。しかも、予想以上に広範囲に...」
彼女は画面上の地図を指さした。そこには、愛知県全域にわたって赤い点が散りばめられていた。各点が、特殊なDNAパターンが発見された場所を示している。
「まるで...」
「邪馬台国の版図のようですね。」明日香が言葉を継いだ。
真理子は頷いた。「そう、まさにその通りよ。これは単なる偶然ではないわ。」
しかし、それは序章に過ぎなかった。真理子は画面を切り替え、DNA配列の詳細な分析結果を表示させた。
「見て、明日香さん。この部分。」真理子は興奮を抑えきれない様子で画面の一点を指さした。「このDNAパターンには、これまで見たことのない特殊な遺伝子変異があるの。」
明日香は目を見開いた。「それは...どういう意味を持つんでしょうか?」
真理子は深く息を吐いた。「まだ確証は持てないけど...この変異が、卑弥呼の『巫女としての能力』に関連している可能性があるわ。」
部屋に重い沈黙が落ちた。
「しかも」真理子は続けた。「驚くべきことに、この変異は現代の一部の人々のDNAにも見られるの。」
明日香の表情が一瞬凍りついた。しかし、すぐに平静を取り戻し、興奮したように尋ねた。「それは...つまり、卑弥呼の血を引く人々が現代にも存在するということですか?」
真理子は慎重に言葉を選んだ。「可能性としてはね。でも、まだ断定はできないわ。この遺伝子の機能と歴史的意義を解明する必要があるわ。」
その夜遅く、研究室に残された明日香は、携帯電話を取り出した。周囲を警戒しながら、暗号化されたメッセージを送信する。
「重要な発見あり。卑弥呼の能力に関連する可能性のある遺伝子変異を確認。現代人にも存在。詳細は追って報告。」
送信ボタンを押した瞬間、明日香の胸に鋭い痛みが走った。真理子たちへの裏切り。しかし、守護会への忠誠。彼女の心は激しく揺れ動いていた。
翌日、真理子は早朝から研究室に現れ、新たな分析を開始した。彼女の目は輝きに満ちていたが、同時に深い疲労の色も見えた。
「明日香さん、この遺伝子変異の機能解析を始めましょう。」真理子は決意に満ちた声で言った。「これが卑弥呼の能力とどう関連しているのか、徹底的に調べ上げるわ。」
明日香は頷きながら、内心で葛藤していた。彼女は真理子の熱意と知的好奇心に心を動かされていた。しかし同時に、守護会への義務も重くのしかかっていた。
その日の午後、佐藤健太郎が研究室を訪れた。彼は真理子たちの発見に興奮しながらも、慎重な表情を浮かべていた。
「山田先生、この発見は大変なものですね。」佐藤は静かに言った。「しかし、同時に危険も伴うかもしれません。」
真理子は佐藤の目をまっすぐ見つめた。「わかっています。でも、真実を追求することは私たちの使命です。たとえそれが、誰かの既得権益を脅かすことになったとしても。」
佐藤は深くため息をついた。「その通りです。ただ、くれぐれも慎重に。」
その言葉が、研究室に重く響いた。
明日香は、真理子と佐藤のやり取りを聞きながら、自分の立場について深く考え込んでいた。彼女の心の中で、研究者としての誠実さと、守護会のスパイとしての役割が激しくぶつかり合っていた。
その夜、明日香は再び守護会に報告を送った。しかし今回は、些細な情報だけを伝え、最も重要な発見については触れなかった。彼女の心に、小さな抵抗の芽が生まれていた。
研究は昼夜を問わず続いた。真理子たちは、この特殊な遺伝子変異が脳の特定の領域に影響を与え、通常とは異なる感覚や能力をもたらす可能性があることを突き止めた。
「これは...」真理子は息を呑んだ。「卑弥呼の時代の人々が、現代科学では説明できないような能力を持っていた可能性を示唆しているわ。」
明日香は、この発見の重大さに圧倒されていた。守護会に伝えるべきか、それとも...
その時、研究室のドアが激しく開いた。中田教授が、顔を真っ赤にして飛び込んできた。
「山田君!大変だ!」中田教授は息を切らしていた。「君たちの研究データが、何者かによってハッキングされた形跡がある!」
真理子と明日香は顔を見合わせた。明日香の顔が青ざめる。
真理子の目に決意の色が宿った。「わかりました。セキュリティを強化し、データのバックアップを取ります。そして...」彼女は一瞬躊躇したが、続けた。「この研究をさらに加速させます。真実は、必ず明らかにしてみせます。」
明日香は、自分の行動が引き起こした結果を目の当たりにし、深い罪悪感に襲われた。しかし同時に、真理子の揺るぎない決意に心を打たれ、自分の立場を再考し始めていた。
研究室は緊張に包まれながらも、新たな発見への期待に満ちていた。そして、誰もが気づいていなかったが、この瞬間から、彼らの運命は大きく動き始めていたのだった。
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