ゴロツキ英雄と野良女神(仮

@k0ta6

第1話: 神になります

「私が神になります!」


 人は過ちを繰り返すらしい。あまりにバカバカしい宣言だった。

「わかってんのか? 地獄行きだぞ! こんな流れ者のガキの戯言を信じるってのか」

 俺は机を殴りつけた。机が揺れ、コップの水は震える。だが、そいつは全く引かない。

「それでも、すべての人々を守りたい。守るべき人が一人でも生き延びられるのであれば、甘んじてそれを受け入れましょう」

 そう言ってそのガキは笑った。だが、その手は微かに震えている。覚悟を持つ者特有の脆さ――それが俺には、どうにも目障りだった。

「どいつもこいつも……」

 眩しい。あまりに眩しすぎる。それはかつての自分を見ているようで――だから俺は少し俺はムキになった。反吐がでそうだった。

「クソが。俺達はそこまでして生かされる価値があるのか? 故郷を失ったクズだぞ? だからこんなところで野盗まがいのことをしてる。その野盗のお仲間、それもこんな小せぇ女を神にするのか? バカバカしい」

 怒りが潤滑剤になっているのだろう、こんなに舌が回ったのは久々だった。

 そんな俺をものともせず、クソガキは俺から目をそらさない。

「わかっています、すべてわかっています。そのうえで、私がそうしたいからそうするのです。私だってたくさん失いました。取り戻すにはもう遅いですが……今なら守ることはできるんです。あなたも同じでしょう?」

 そう俺に訴えかける偉そうなクソガキの目が、かつての自分とダブる。一瞬めまいが襲う。

 だめだ、やはりこのクソガキとは仲良くできそうにない。

「こんなクソガキの言う事、お前らは信じるってのかよ?」

 このバカなクソガキとの対話を諦め、周りのお偉方との対話を試みる。

「我々は、この里を守るのが役目だ。もう故郷を奪わせるわけには行かない。そのために戦うものの意見は最大限尊重する」

 だめだ。こいつらまで揃いも揃って頭がイカれてやがる。

「そんなに死ぬのが怖いのか? 死ぬのが嫌だから、こんなガキを生贄に捧げるってのか?」

「そうだ。もう二度と友を、仲間を失うわけにはいかぬのだ。そのために神降ろしの儀式を一度だけ行えるよう、ここ暫く準備を進めていたのだ。この娘たっての願いでもある」

「そうです、私はどうしてもみんなを守りたい。もしあの時私に力があれば……あなたのように、自分の力で戦えたでしょう。満足できたでしょう。しかし私には力がないんです。もう後悔したくないんです。だから――」

 我慢できなかった。遮るように怒りをぶちまける。

「うるせぇ! どいつもこいつもキレイ事ばかり言いやがって! そもそも今回生き残ったところでどうだ? 俺達人類は勝てるのか? 仮にこのクソガキが神になったとして、教会に見つかった時はどうするんだ」

 怒鳴りつける俺に対して、生意気にもこのクソガキは偉そうに胸を張る。

「あなたは勇敢で優秀な戦士だと聞いていますが、存外臆病なのですね? そんなもの、勝ってから考えればいいでしょう!」

 こいつは何も考えてない。あまりにバカすぎる。

「死にたければ勝手に死ね! 俺は仕事に戻る!」

 机を思い切り殴りつけ、部屋から逃げ出す。こんなクソみたいな空間から一秒でも早く外に出たかった。


「どいつもこいつも人の命をなんだと思ってんだ、クソが」

 今更になって昔のことを思い出す。

――力があれば――

 あぁ、そうだ。俺だって昔はそう思った。だが個人の力だけでは、”奴ら”と戦うにはどうしようもない。かといって、平凡な人間が集団で戦っても、人の身では奴らの力の前には及ばない。

――あなたも同じでしょう?――

 あぁ、同じだ。だからこそわかる。無謀だ。

 それに、あのいかにも「あなたのことはわかります」と言った口ぶり。あんなクソガキに理解されてたまるか。これまでをすべて否定された気分だ。

「クソっ……」

 だからといって「私が神になります!」はないだろう。愚かすぎる。

昔、俺達の国が滅びたあと、傭兵をやっていた時に一度だけ見た。突出しすぎた女神とそのお仲間が、”奴ら”に包囲され、そのまま殲滅された。

 その時の女神の最後は、俺の位置からでもよく見えた。女神のいる付近が赤黒く闇に包まれ、この世のものとは思えない叫び声とともに、地面から生えてきた無数の手に掴まれて、そのまま虚空に消えていった。

 あのおぞましい叫び声と地響きだけは今でも耳にこびりついている。

 その後の戦いは語るまでもない。

 女神とその仲間たちに頼りきりだった軍は、それを失ったことで瓦解した。貴族やお偉方共が我先にと逃げ出し、組織的な撤退に失敗。そのまま首都に攻め込まれて国が一つ消えた。

 貴族やらお偉方共みたいな他力本願なクソ以下のクソどもは論外だとして、神とかいう特定の個に依存した戦い方そのものが間違っている。

 そいつら英雄様方に信頼、もとい丸投げして、解決した気になっているアホどもが多すぎる。

 英雄様方もクソだ。死ぬのが自分だけならまだいいが、仲間も一緒に死ぬのだから手に負えない。

 戦いが始まる前、あいつ……いや、あの女神も似たようなことを言っていた。「私達が人々を守る」と。それを見ていた俺は――

「隊長、何ボーッとしてるんすか! 突然村長の家から飛び出してきたと思ったら、なんかブツブツと……しょーじきキモいっすよ」

 この間延びしたアホそうな声は、自称参謀役のケヴィンだ。今日も相変わらずくすんだ銅色の髪はボサボサだ。

「なんでもねぇよ、クソ」

 このアホの気配にも気づかないほど俺は動揺してしまっていたらしい。

 ケヴィンはいつも髪がボサボサで軽薄でアホそうなくせに、顔だけは良い……いや、性格も悪くはない。少なくともクソではない。

「状況は?」

 俺が尋ねると、ケヴィンは軽薄そうな顔で答える。

「いまッスか? 襲われてたデゼンの街は落ちたみたいっすね。次はここを挟んだガヴィ砦に向かってるみたいっす。 この空みたいな状況っすね!」

 空は酷く曇っており、今にも雨が降ってきそうな気配だ。ケヴィンの言う通り、まさにこの天気みたいな、想定の中でも下から2番目くらいに最悪な状況だ。

 きっと住民は皆殺しだろう。敵にとっては文字通り格好の餌食だったに違いない。

「最悪だな。もう一日くらいは持ってくれると思ったんだが……部隊は?」

「準備してた計画通りっす。アレスの隊とケイデンの隊が分担して住民の避難に当たるよう、すでに指示を出してます。レルヴァの隊は敵の監視任務にあたってるっす。それ以外は追加で穴をほったり、壁を補強したり……気休め程度っすけど、まぁ、ぼちぼち守りを固めてるっすね」

 敵の動き以外は予定通り。相変わらずケヴィンはやる時はちゃんとやる男だ。

「やっぱお前はクソじゃないな、俺が見込んだ男だ」

「なんすか突然。今日の隊長は気持ち悪いっすね!」

「前言撤回。おまえはクソだな」

 そう言って笑いかけると、ケヴィンもそれに応じて笑い返してくる。全く気のいいやつだ。

「デゼンを落とすほどの軍勢だ。とはいえ距離や道のりを考えると、群れをいくつかに分けての進軍だろうな。ここを通る群れは……数次第だが早めに見積もって1時間ほどか。どうだ、守りきれそうか?」

「いやー、厳しいっすね。第三次侵攻のときもそうでしたけど、やっぱまとまって来られちゃどうしようもないっすわ。アレスとケイデンがどれだけ住民を逃がせるかにかかってるっすね」

 深刻な状況で、だが飄々とした物言い。

 こういう奴がひとりいるだけで、クソみたいな状況でも何とかやれそうな気分になる。人徳というやつだろうか。

「やはりそうか。殿軍か。俺達には悪くない最期だな」

 俺がそういうと、ケヴィンは大げさにはにかんでみせる。

「そっすね、少なくとも女子供だけでも逃さなきゃ。あんまりマヌケ晒しちまうと、死んじまった部隊の奴らが化けて出ますぜ?」

「そりゃいいな、ついでに守りにも参加してもらうか。死守だってな」

「死んでるのに死守っすか、そりゃ良いっすね!」

 そう言ってケヴィンはゲラゲラ馬鹿みたいに笑った。


 また俺はこいつらに死ねと命じねばならないのか。

 クソすぎる。何もかもがクソだ。だが、ケヴィンたちはクソじゃない。むしろ――いや、今はこんな事を考えている状況ではない。思考を切り替える。

「さて、残っている部隊長をもう一度集めろ。軍議の時間だ」

 俺達には時間がない。せめて住民たちが逃げられるだけの時間は、俺達が稼がなければならない。


 それが、ここまで生き延びてしまった俺達の義務であり、唯一の存在価値だ。俺達誰もがそう思っている。


 たとえ俺達の命をすべて生贄に捧げることになったとしても――

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