第42話 〝赤壁の戦い〟――その結末。

 私、甄嘉の私兵は現在、二千――その内、千は護衛に。もう半分は、実は烏林の地に至った当初から司馬懿殿に預け、奇襲と火計をお願いしていた。


 そして今、〝神算鬼謀〟も手伝って確定成功した計略が……なんかちょっと〝爆弾でも投げ込んだの?〟ってくらい、凄まじい威力なのは……以前のデビュー戦の時と同様、曹操様と大接近しているから、なのかな?


 ……と、とにかく! これで火計による影響は、曹操軍だけでなく、孫権軍にも及ぶコトになる。

 もはや〝赤壁の戦い〟は、曹操軍の一方的な敗戦ではない――目の前の大喬さんへ、私は朗々と言い放った。


「さあ、これでアナタ達のケ……ッンン! ……お尻にも、火が付きました。戦の趨勢は、決した――もはや一個の武で、覆せるとは思わぬコトです!」


「ッ。……ッ……ッッ!」


 俯き、大きな両肩を、微かに震わせる大喬さん。悔しいのだろうか、と思いきや、そうではないと知る。


「ッ、ア、ア……アッハハ! イイ、イイねぇっ……甄嘉ちゃん、アンタ最高サイコーだよ! これが腕力だけじゃねぇ強さってヤツか、ハハッ♪ 愛する妹ちゃんのため、と思って捕まえに来たケド……ちょっと気ィ変わっちゃった♪」


「へ? い、一体、何を……」


「ハーア、まあ帰るトコなくしちゃ、ウチも困るし……今回はココまで、だけどよ」


 この窮地にあって、大笑いし始めた大喬さんが――ニッ、と快活に笑い、指さしてきた。


「気に入ったゼ、甄嘉ちゃん――今度はウチも、個人的にアンタを奪いに来るよ。じゃあ……またなっ♪」(好感度↑↑↑)


「えっ。……え、えええ!? なんですソレ、ちょっとー!?」


 抗議する私に構わず、大喬さんは――〝小覇王〟の爆発的な瞬発力で、何と跳躍し、自身の船へ戻っていく。

 そのまま蒙衝の速度で、あっという間に去っていくのを見送り……いまだに青い炎の如き髪を揺らす曹操様が、グッ、と力強く肩を抱き寄せてきた。


「フン。何度来ようが、同じことだ。甄嘉を、決して渡すものか――」


「スォッ……そそ曹操さま!? そっ、つっ、ツァ……ツァオツァオ~!? ……んっ!?」


「――……渡さぬ。……渡さない、甄嘉は……の……」


 困惑の私から、曹操様への中華風な呼称ツァオツァオ♡が飛び出してしまう中……青い炎の如し髪が、少しずつ落ち着いていき。

〝Ⅹ〟の気弱な印象の、穏やかなまなじりとなり――


「……あ、ああっ! 曹操様、元に戻って……い、一時的なモノだったんですね。もう、ビックリしちゃいまし――」

「―――甄嘉!」

「ビックリの追い焚き! ちょちょ、何でまた抱き着いて……ちょおっ――」


「……良かった、連れ去られず……甄嘉、本当に……良かった……!」

「!! …………」


 何とも。……何とも。

 気が強かろうが、弱かろうが、関係ないらしく。

 兵の目も気にせず、慮ってくれる、こそばゆい感覚を――


 けれど今は〝女軍師〟として、必死に押し殺し、私は献策する。


「曹操様。お心遣い、ありがたく……しかし戦況は勝利同然ながら、この烏林の地に固執し続けるのは、得策ではありません。劉備勢力の動きも気になります……治めた荊州けいしゅうでも、最も軍備の整っている襄陽じょうようまで、撤収しましょう。撤収に際し、適宜、砦を築きつつ――」


「! うむ……あい分かった、甄嘉、キミがそう言うなら、深慮あってのことだろう。よし、ならば全軍撤収、そうと決めれば曹軍ははやいぞ!」


 指揮のため、離れてしまっ……よ、ようやく離してくれた曹操様を追いかける。

 ただ、いまだ赤く燃える壁を、一度だけ振り返った。


 蔡琰の〝歌姫〟と――これは予想外だったけど曹操の〝魏武の強〟。

 そして甄嘉の――継承した〝神算鬼謀〟。


 痛み分けどころか、孫権軍には追撃の余裕もないほどの、大反撃。

 これによって、本来なら大敗戦のはずの、この運命の大戦を。



〝赤壁の戦い〟を―――私たちは、乗り越えたのだった―――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る