第41話 司馬仲達と、諸葛孔明――そして。(※三人称視点)

 烏林うりんの陣営から、長江の断崖を大きく回り込んだ先――そこは孫権陣営の裏手側、望める位置取り。

 駿馬しゅんめを惜しみなく乗り換える高速移動により、短時間での到達を成し遂げた人物は、司馬懿しばい仲達ちゅうたつ――しかも女軍師・甄嘉から、私兵の半分であるを預かっていた。


 そして孫権軍の裏を取るや、甄嘉の指示を兵士の旗を伝手に受け取り、〝鬼謀〟による火を放つ。

〝東南の風〟で煽られ、拡大する豪炎に、司馬懿は細目のまま涼し気に呟いた。


「〝この時節、この場所に、東南より風は吹くのです〟――我らが女軍師殿の仰った通りですねえ。くくく、しかし、この司馬懿を使っているとはいえ、この火計の威力……甄嘉殿の〝神算鬼謀〟恐るべし、というべきでしょうか。……さて」(甄嘉への好感度↑↑↑)


 細い目の片側を開き、鋭い眼差しで見据えるのは、戦陣には似つかわしくない、神でも祀ろうかという祭壇。

 大火の中、けれど動じもせず、鷹揚おうよう羽扇うせんをあおぐ背の高い影へと――司馬懿は、言った。



「伏龍――諸葛孔明しょかつこうめい殿、ですね。お初にお目にかかります」


司馬仲達しばちゅうたつ殿――此度の奇襲、火計、甚だ御見事。この孔明、感服つかまつりました』


「……クク」



 交わした言葉は多くない。けれど、それだけで伝わるものも、あるのか。

 両者の間に、大炎の只中にも関わらず、氷の刃を突きつけ合うような、寒気のする緊迫感が横たわっていた。


 ……ただこの瀬戸際の戦場で、割り込むの声が一つ。


『孔明さま、ここは退却を。私が手引きいたします』

こう殿。………ええ、そうですね。感謝いたします』


 現れたのは、艶やかな衣に身を包んだ女性。帽子から垂れる薄布ベールで顔は隠れ、長い金色の髪しか確認できない。


 退却の気配を察知し、追撃しようとする司馬懿に――黄、と呼ばれた女性は告げた。



『そちらの女軍師さまにも、お伝えくださいね。

〝此度の戦はお見事、いずれ相まみえましょう〟

 と。それでは―――………』



 言葉だけを置き去りに、諸葛亮と黄は、風に巻かれ――次の瞬間には、

 率いてきた兵と共に残された司馬懿は、その異様な現象を、冷静に分析する。


「今のは……妖術、いえ……この目で見たのは、初めてですが……まさか」


 司馬懿の尋常ならざる智嚢が導き出した、結論とは。



「〝太平要術〟――クク、何とも。乱世とは、面白い……クッ、ハハハ……!」



 敵陣の後背で、鬼謀の軍師の怪しげな高笑いが、響くのだった――

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