第46話 vs亜種(前編)
……私はなぜ、入院患者なのだろう?
こんな形で、自分の不健康を嘆く夜が来るなんて、思いもしなかった。
あ、ども。
シトリンの中の人、
入院患者、それも無菌室にいるような患者のスケジュールというのは、それはもう正確に決められている。
たとえ今、亜種との戦いの真っ最中でも、夕御飯の時間になったら、ログアウトしなくちゃいけない。
タブレットで
私は無力だ……。
一頭でも、手強かった亜種。
それが三頭もいて、しかも知能が高いから、連携までしてくるから困る。
頼みの魔力剣も、その刃で傷を負わされたと見るや、降下戦をやめて、ブレス攻撃に切り替えてくる厭らしさだ。
しかもあの褐色、片目を潰された恨みからか、執拗にリコちゃんを狙ってくるの!
よくあの高さから、小さな(可愛い)妖精さんを見極められるものだわ。
魔導ライフルを片手に、リコちゃんを援護しに入った所で晩御飯。……私は無力だ。
「明日は日曜日だから、午前十時から入れるでしょ? それまでは、仲間を信じて我慢しようね」
窓の向こうから、担当看護師の篠原さんが言ってくれるけど……。
これは、かなりの持久戦になるのかも。
ブレスだろうと気を抜いた所で、不意に降下してくる褐色!
「危ない!」
思わず叫んでしまって、怒られた。
もちろん狙いはリコちゃんなのだから、私の気持ちも解って。
竦んでしまったリコちゃんを護ってくれたのは、シフォンだ。小さな妖精さんを突き飛ばして、割って入る。
大丈夫なの?
真っ赤な血しぶきが上がって、シフォンの赤い手甲が弾け飛んだ。『いばら姫』が……折れてる。
ブレストアーマーの左肩が砕け、ドレスの袖がちぎれた左腕は、垂れ下がったまま。片膝をついたシフォンの白い腕が血に染まってゆく。
あ。滅菌服を着た池上先生が来てくれた。
早くシフォンの怪我を治してあげて!
「陽菜ちゃん。興奮しすぎるのは良くないから、少し寝ようね」
……これはリアルの方だ。
鎮静剤を打たれた私は、そのままふっと意識を無くした。
パチっと目を覚ましたのは、いつもの朝六時。
もぞもぞとタブレットを取ろうとした動きに気づいたのか、ナースコールのスピーカーから池上先生の声がした。
「おはよう陽菜ちゃん。現状は、亜種は三頭とも健在で戦闘継続中。プレイヤー側は、徹夜組は現状維持に努めて、主力は睡眠中。シトリンさんが戻る午前十時を期に、反転攻勢をかけるってさ。期待されてるね」
一晩ずっと、ついててくれたのかな?
窓の向こうに見える顔が眠そう。ああ、夜勤の看護師は、朝倉さんなのか。お姉さんを通り越した年代の人で、私の担当チームの中では唯一、ゲームへの理解がよろしくない人。
昨日の勢いで騒いじゃったら、絶対に怒鳴られるものね……。先手を打ってくれてありがとう、池上先生。
ご厚意に答えて、良い子にしながら朝ごはんを食べ終える。頭の中を亜種が飛び回っていて、正直何を食べたのか覚えてない……。私にしては、本当に稀なケース。
今日は日曜日なので、検査も診察もなし。昨日騒いじゃったので、念の為、池上先生直々のバイタルチェックは入ったけど……。
自由時間になれば、唯一生実況中の『神聖騎士団』の人のチャンネルで現状をチェックしながら、昨夜のアーカイブを見捲る。
青は氷、赤は炎、褐色は重力。飛竜のくせに属性ブレスを操る上に、知能が高いせいか、きちんと連携を取ってくる。厄介この上ない相手だよ。
分断するか、一頭づつ倒すかするかしないと。
午前十時を待ちかねたように、私は再びゲーム内の妖精さんに戻った。
☆★☆
「シフォン、左肩は大丈夫?」
「何を泣きそうな顔しているのよ? ゲーム内なら、治癒魔法は万能よ。ザビエルさんのおかげで、もう何とも無いわ」
強気な笑顔にホッとする。
小声で「リコちゃんが悲しい顔をするから、この話題は以後禁止よ」と耳打ちされた。
今日は真っ赤なゴスロリドレスに、白銀のブレストプレート。左手には手甲ではなく、同じ白銀色の
「せめて、午前中に一頭は減らしたいですね。我々を休ませて、夜を耐えてくれた人たちに報いるためにも」
エクレールさんが、飛び回る亜種を睨んで決意を新たにする。
にっこり笑って、私。
「じゃあ、リコちゃんを虐める褐色から、落としましょうか?」
「何か、策が見つかりましたか?」
きっぱり言い切る私に、エクレールさんが待ってましたと笑みを浮かべる。
スローにしたり、アップにしたり、ずっとアーカイブをチェックしていて、唯一の付け入る隙が
説明を終えると、悲痛な顔でリコちゃんが志願した。
「わ、私……囮になりますッ!」
危ないことはさせたくないんだけど、これはリコちゃんにしか出来ない。あの褐色に付け狙われているものね。
心配するなと、ロックさんが胸を張った。
「なあに、今度はリコの護りに俺が付いてやるよ。あの亜種野郎をぶん殴るチャンスだ」
「メインアタッカーは、ミモザ。ピンポイントを狙えるの?」
「まかせるしぃ! まだほろ酔い加減で絶好調だしぃ!」
はしゃぎ気味のミモザさんに、ルフィーアさんは渋い顔。
でも、最適なのは彼女だからなぁ。
全体チャットで、『雷炎』が褐色狙いに入ることを伝え、他のクランには残り二頭の牽制をお願いした。
少し周囲と距離をおいて、リコちゃんとロックさんが待ち構える。挑発するような、派手な噴水を噴き上げるのが、作戦開始の合図だ。
「もう迷惑なんてかけないもん! 【
巨大な水柱が、褐色の行く手を塞ぐ。
それで気づいたのだろう。見つけたとばかりに降下攻撃を開始する。
迫りくる飛竜の
ギリギリ引き付けて、隻眼の視覚になる左側からミモザさんの渾身の魔法が炸裂した。
「【
爆発のような雷鳴が轟き、大地を貫かんばかりの雷光が奔った。紫電は、吸い寄せられるように飛竜の潰れた左目の下、小さな小さな銀色の輝きを直撃する。
それはリコちゃんを守ろうと、渾身の力で突きこまれ、根本から折れてしまった魔剣『いばら姫』の刀身だ。スロー再生で、あれ? と思い、クローズアップして確信した。
亜種からすれば、小さな棘が刺さった程度だろうけど、動きの大きな目の下の皮膚は、それほどの厚みが無いはず。
避雷針となった『いばら』の棘は、痛いでしょ?
「GYUOOOOOOO!」
感電した巨体が、仰け反るように硬直する。
ようやくこの時が来たと、ロックさんはハンマーを引っくり返し、前にゴーレムの核を撃ち抜いたあのピッケルの方で、亜種の顎の
打ち合わせに無かったのは、勇気を振り絞ったリコちゃんの【
がくんと顎が落ち、開ききったままの口の中を、水の刃が貫いてゆく。上顎に並んだ牙を真横から薙いで切断し、喉の内を掻き混ぜるかのように振り回す。皮膚を貫けない分、滑るようにその下を切り分けているような……。
褐色が噎せ、咳き込むように緑色の喀血をした。
その血を浴びないように、摘んでリコちゃんを助けたロックさん、偉い。緑まみれになったら、可愛そうだもん。
もう、ブレスは吐けそうにない。
行くのは今だ!
魔力剣を持った飛燕さんが、BlueWindさんが、伊織さんが斬りかかる。羽根を切り裂かれては、もう飛ぶ事もできない。
「『いばら姫』の仇よ!」
魔力剣で切り裂かれた傷口を、シフォンの『くるみ割り人形』の魔法陣が撃ち抜く。
全身が傷つき、それでもなお抗おうとする褐色の亜種にとどめを刺すのは、やはりルフィーアさんの役目だ。
「それだけ傷口が開けば、もう魔法は通る。後は燃え尽きて。……【
炎の中、ポリゴンの欠片として崩れてゆく褐色の亜種に、歓声と鬨の声が上がった。
あと、二つ!
……なのに、視野が赤く点滅して外部メッセージが届く。
「陽菜ちゃん、お昼御飯だから戻りなさい」
そんなぁ……。良い所なのに。
でも、良い子にしてないとゲーム時間を減らされちゃうからなぁ。
三十分で帰って来るんだからね、待ってなさいよ!
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