第16話【奈々海パート】こんなデカいまんじゅう……食えるか……

 ──悠人の誕生日会も終わって、その深夜。


 奈々海わたしは、自室をこっそりと抜け出していた。


 みんなが寝静まった別荘は、しんと静まりかえっている。廊下の照明だけが薄暗く灯っていた。


 どうしてわたしが、部屋を抜け出したのか?


 そんなの決まってるよね。


 今日のうちにおきたかったからに他ならないのだ!


「うふふ……こんな好機なのに、みんな普通に寝ちゃうんだからなぁ……」


 そうしてわたしはほくそ笑む。


 南国の離島。


 親のいない別荘。


 そして……パーティーで興奮さめない深夜。


「わたしとしては、リビングで全員一緒に……でもよかったケド」


 でもまぁ、最初からそーゆーアブノーマルなのは、ね?


 だからわたしは、一人でコトを起こすことにした。


「ウブなみんなのために、わたしが先陣切って一肌脱いじゃおうってわけ。文字通りの意味でね……!」


 わたしはドキドキしながら、悠人の部屋の扉に手をかけた。しかし回してみると鍵がかかっている。


「もう……鍵なんてしちゃって、無駄な抵抗を……ここはうちの別荘だからね。マスターキーがあるんだから」


 そうつぶやいて、持ってきたマスターキーを差し込む。軽い音を立てて扉が開いた。


 そうして悠人の部屋に入る。


 忍び足で、ごくりと生唾を飲み込みながら。


 部屋の中は暗く、悠人はベッドで眠っていた。むこう向きに横たわっているせいか顔がよく見えないけれど、聞こえてくる寝息でぐっすり眠っているのが分かる。


(い、いよいよだね……)


 心を落ち着かせるために、小さく深呼吸をする。


 そしてわたしは、枕元にをそっと置いた。どうせ悠人のことだから、こんな準備はしていないだろうしね。


(ふふ……これでいつでも大丈夫、っと)


 などと冷静を装ってはみたものの、鼓動が激しすぎて息苦しい。


 考えすぎる前に、えいやっとパジャマを脱ぐ。悠人の部屋で、服を脱ぐなんて……自分でも顔が熱くなる。初めてじゃないけど、でもこういうシチュだと興奮してしまうのだ……!


(さ、さぁ……やるよ……!)


 布団を持ち上げて潜りこむ。


 悠人の寝息が耳元で聞こえてくると、妙に息苦しくなる。


「ゆ、悠人……起きて? お姉ちゃんが、先陣切って一肌脱ぎに来たよ。って、もう脱いでるけどね!」


「ぐぅ……」


「……………………」


 照れ隠しでバカみたいな冗談を言っても悠人が起きず、なおさらバカみたいだなと思った。


「もう……!」


 さらに声を掛けてみるが、悠人は全然反応しない。暗闇の中、わたしだけが勝手に舞い上がっているみたいで恥ずかしい。


(う〜ん……どうしよ。こんなに寝入っているのに起こすのも可哀想だし……眠りが浅くなるまで、少し待ってみようかな)


 などと考えていた、そのとき──


 ──いきなり胸を鷲掴みにされた!?


「ひやっ……!?」


 突然のことに、小さく悲鳴を漏らしてしまう。


(ゆ、悠人……いよいよ本気に……!!)


 わたしはぎゅっと目をつぶった。


 な、なんだ悠人、起きてたんだね。


 まったく悠人は、ビーチバレーのときといい、ほんと、おっぱい星人なんだからなぁ……


 っていうか、いよいよわたしも、悠人と……


 わたしが悠人の、そして悠人がわたしの、初めての人に……!


 そんなことを考えながら、目をギュッと閉じていた、んだけど。


 悠人はいっこうに、それ以上何もしてこない。


「…………?」


 だからそっと目を開けてみると、悠人はぐっすり眠り続けていた。


「…………」


 どうやら……寝返ったときに手を伸ばしただけらしい。


 そして悠人が、寝言をつぶやく。


「こんなデカいまんじゅう……食えるか……」


「ね、寝ぼけてただけなの……!?」


 思わず頬を膨らませる。


 そもそも、いったいどんな夢を見ているのよ!?


 でも……ちょっとだけホッとしている自分が情けない。


 わたしは布団の中で身を縮めながら、ため息をついた。


(はぁ……ま、まぁ……今日はこの辺で勘弁してあげよう! 急いては事をし損じるっていうしね。決して日和ってるわけじゃないよ、うん!?)


 わたしは、そんな言い訳じみたことを考えながら、悠人の頬を指先でつついてみる。


(まったく……かわいい顔して寝てるんだから……)


 愛しさがこみ上げてきて、わたしは自然と笑顔になる。


 そんなことをしているうちに、そのままウトウトしてしまい──


「な、奈々海! 何してんだ!?」


 ──悠人の悲鳴で目が覚めた。


「う、うん……なに? ……まだ眠いよ……むにゃむにゃ……」


「おい起きろ!? なんで奈々海がいるんだ、ってかまたマッパかよ!?」


 声がすぐそばで響いている。混乱したまま顔を上げると、そこには仰天した悠人がわたしを見下ろしていた。


 同じベッドに入って。


「あ……悠人。おはよ♪」


「おはよ、じゃない! ってか起きるな丸見えだぞ!?」


 悠人に掛け布団を押しつけられて、わたしはそれで上体を隠しながら部屋を見回す。もう十分に明るいということは、いつの間にか朝まで寝入ってたらしい。


 と、そこにバタバタと足音がして、みんなが悠人の部屋に雪崩れ込んできた。悠人の悲鳴を聞きつけたらしい。


 そして莉音が真っ先に言ってきた。


「お、お姉ちゃん! 何してるの!?」


 しおりは口をあんぐりと開けている。


「ななな、ななな……!?」


 エリナは数歩後ずさった。


「あんた達……ま、まさか……」


 最後の恵は、なんだかものすっごく冷たい視線を向けてくるも、怒ってはいないようだった。


「皆さん、落ち着いてください。悠人君はパジャマを着たままですし。それに枕元の……アレも、使われた形跡はありません」


 枕元からいくつか床に落ちていたゴムを莉音が拾い上げる。


「何これ?」


「ごごご、ごごご!?」


「ゆ、悠人!? まさかあんたもその気で準備を……!?」


「誤解だ! 誤解にも程がある!!」


 そう叫ぶ悠人も真っ赤な顔。なんだか全員もう大騒ぎね。


 まぁでも、悠人がみんなに糾弾されるのは、わたしとしても本望じゃないし。


 ということでわたしは、観念して正直に白状した。


 そしてわたしは、四人にこっぴどく怒られてしまう。


 最後に悠人が「いやもう……心臓に悪いからやめてくれ……」といって、お説教タイムは終わりとなった。


 全員が部屋を出ていって、わたしは床に散乱した下着を拾って着替え始めて、そのとき。


 ふと棚を見る。


 そこには悠人の財布が置かれていた。


(ちょうどいい機会だし、念のため、タグがちゃんと機能してるか確認しておこうかな)


 そうしてわたしが、財布を手に取って──


 ──その瞬間、凍り付く。


 なぜなら財布の端が破け、中から紛失防止タグが露わになっていたからだ……!


(う、うそ……どうして、バレたの?)


 財布には、見るからに切り裂かれたような痕跡がある。


 タグの存在をわかっている人間が、意図的に切り開いたみたいだ。


(な、なのに……どうして悠人は何も言わないの……? 悠人なら、絶対に問いただしてくるはずなのに……)


 わたしは財布を置き、思わず立ち尽くす。


 ま、まさか……


 部屋に鍵を掛けていたのは、このタグのせい?


 わたしを嫌がって、だから少しでも距離を置きたくて、部屋の鍵を……


(もしかしてわたし……本気で嫌がられてる?)


 胸がぎゅっと締めつけられる。


 昨日はそんな素振りなかったというのに、まさか内心で、悠人に拒絶されていたら……


(どうしよう……わたし、どうしたら……)


 わたしは呆然としながら、切り裂かれた財布とタグをただ見つめるしかなかった。

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