第15話 誰か一人を

 夜になって、悠人オレは別荘のテラスで海を見下ろしていた。


 ライトアップされたプライベートビーチは、昼間とはまた違う幻想的な雰囲気を放っている。


 潮騒の音が心地よくて、さっきまで騒いでいたみんなも、少し落ち着いたようだ。


 それにしても、こんな南国で誕生日会をしてくれるなんて、想像すらしていなかった。


 その幸せを改めて噛みしめていたら、恵が笑顔を向けてきた。


「もうちょっとで準備が終わるから待っててくださいね」


 水着姿のままエプロンを重ねているだけ……という姿に、オレは生唾を呑み込む。


 なんというか……正面から見たら裸エプロンのように見えるわけで、エプロンから伸びる白い二の腕に太ももに……オレはまたクラクラするのだった。


 などという心境を悟られないためにも、オレは立ち上がる。


「何か手伝うよ」


 でも恵は、ピタリと手を挙げて遮ってきた。


「ダメですよ、悠人さんは主役なんですから。座っていてくださいね」


 そういって恵は調理台の方へと戻っていく。


 エプロンを着たまま振り返ると背中が剥き出しなわけで……いや水着であることは分かっているのだが、なぜか背中を見ているだけでドキドキが止まらない……!


(ふぅ……目に毒だな……)


 そんな恵の隣では、奈々海が分厚い牛肉を切り分けていた。


 莉音のほうは、野菜をスライスしながら「お兄ちゃんにはこのくらいがいいよね~」と鼻歌交じり。


 しおりとエリナは炭火や網をセットしていて……


 全員、水着にエプロン姿って、どう考えても刺激が強すぎだ……!


 などと落ち着かないでいると、準備が終わったのか、みんなが続々と集まってくる。


 食材を並べ終わると、バーベキューセットに火が入れられた。ジュウジュウと音を立てて肉が焼かれ、いい匂いが漂ってきた。


 そしてエリナがグラスを手に取る。


「それじゃあ、そろそろ──乾杯するわよ!」


 奈々海がにこやかに「じゃ、みんな座って座って~」と促して、全員でジュースのグラスを持った。


「それじゃあ……かんぱーい!」


『かんぱーい!』


 そして、テラスに賑やかな雰囲気が広がった。


 オレは、自然とみんなの顔を見回す。満天の星空と、テラスにセットされたランプの灯り。どこを向いても、笑顔の幼馴染みたちがいる。


「……なんだか、夢みたいだな」


 ぽつりと本音がこぼれた。言葉を探そうとすると胸がいっぱいになってしまう。


「……あー、みんな、ありがとう。オレのためにこんな準備をしてくれて……本当に……」


 何を言えばいいんだろう。感謝以外の言葉が見つからない。しかも上手く言葉にできずに詰まってしまう。


 すると奈々海が笑いながら、包んであったプレゼントらしき袋を手渡してきた。


「ふふっ。相変わらず照れ屋さんだね、悠人は。でもそんな悠人が、ずーっと大好きだよ! お誕生日おめでと! これ、プレゼント!」


 可愛らしいリボンで結ばれた包みは、いかにも奈々海っぽいポップなデザインだ。オレは胸を高鳴らせながら受け取る。


「お兄ちゃん、わたしだって大好きだからね! はい、プレゼント♪ ……あれ? 顔が真っ赤だよ? かわい!」


 続いて莉音が、少し控えめなサイズの箱を両手で持って渡してくる。あの無邪気さには、いつもペースを乱されっぱなしだ。


「お、おめでとうございます……こ、こんなわたしですが……その……ずっとお側にいさせてもらえるなら嬉しいです……! ど、どうぞ!」


 しおりが差し出す包みは小さめだけれど、リボンが何重にも丁寧に結ばれていた。小動物みたいにモジモジしながらプレゼントを手渡してくれるから、見るだけで心が安らぐ。


「ハッピーバースデー……みんながプレゼントあげてるのに、わたしだけナシってのもなんだしね。とりあえずあげるわよ!」


 エリナはそっぽを向きながら、小さめの袋を渡してくる。ぶっきらぼうのわりに顔は真っ赤だ。けどその不器用さが妙に愛おしい。


「悠人君、本当におめでとうございます。こうしてあなたが笑っていてくれるのが、わたしにとって何より幸せなんです。これからも、ずっと笑顔でいてくださいね」


 最後に恵が、落ち着いた笑顔で手渡してくる。きっと、いま目の前の恵こそが本来の姿なんだ。包丁所持とか、気のせいに違いない。


「……みんな、本当にありがとう……」


 言葉にしようとすると、また声が詰まりそうになる。いつからこんなに涙もろくなったんだ。


(オレ、なんて幸せ者なんだ……)


 炎の揺らめきを見つめながら、小さく息を吐く。幼馴染み五人の視線を感じるたびに、胸が熱くなる。


 みんながオレだけを見て、オレに好意を注いでくれている。これ以上ないほど浮かれた気分で、気恥ずかしさと心地よさがぐるぐる混ざっている感覚。


 だけど──ふと、胸の奥がチクリと痛んだ。


(いつか、こんな関係にも終わりが来るのかもしれない……)


 オレは、誰か一人を選ばなきゃいけないのだから。


 十年以上ずっと一緒に過ごしてきた。好きだって言ってくれる子が五人もいる。でも、誰も傷つけずに終わる道なんてあるのか……


 今が幸せであればあるほど、その未来を想像すると怖い。どの子かを選べば、他の四人はどうする? 絶対に悲しませてしまうし……それにその後も、幼馴染みのままでいてくれるのか?


「悠人、どうかしたの?」


 その優しい声に、オレはハッと顔を上げる。奈々海が覗き込んでいて、莉音やしおり、エリナ、恵も心配そうだった。


「あ、ああ……ちょっと考えごとしていただけ」


「考えごと?」


「うん、こんなに幸せでいいのかなって」


「ふふ……何をいってるのよ。いいに決まってるでしょ! はい、お肉食べてもっと幸せになって♪」


「そうだな……ありがとう」


 オレは苦笑いしながらお肉を受け取る。


 見上げれば、月もほぼ満月だ。南国特有の蒸し暑さと、子供みたいにはしゃいでいる幼馴染みたちの笑顔。そのすべてが、とても尊くて愛おしい。


(いつか、この関係を壊さずにはいられなくなるなら……せめて、今はこの時間をめいっぱい楽しもう)


 オレは胸の奥の痛みを抱えたまま、もう一度、みんなの笑顔を見渡すのだった。

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