第7話 だからきっと、気のせいだったんだ

「選手宣誓!」


 マイク越しに響く声を聞きながら、悠人オレは、白組の列にぼんやりと立っていた。


 今日は体育祭で、見事な五月晴れの下で開会式が行われているが……オレの頭の中は幼馴染みで一杯だった。


(あいつら……最近はだいぶ大人しくなったと思うけど……)


 ストーカー、盗撮、蒐集癖に盗聴。


 挙げ句の果てに包丁所持ときたもんだ。


 どう考えても普通じゃなかった。いったいどうしてこうなった?


(でも……普通ってなんだろうな)


 もちろん、恵に相談することも出来ずにいる。ファミレスで相談を持ちかけたときは、結局、他愛ない話をして誤魔化した。


(下手したら、恵が一番ヤバいもんな……はぁ……)


 まさかあんなものを持ち歩いているとは、夢にも思わないだろう?


(あれ以来……出来る限り自然に振る舞っているつもりだけど……)


 とりあえず、今のところは幼馴染み達も落ち着いている。


 もしかすると、さすがに反省してくれたのかもしれない。


(いや……そんな単純な話じゃない気もするが……)


 そんなことを悶々と考えているうちに、気づけば開会式は終わっていた。


 そうしてオレは観客席へと戻る。


 この学校は、けっこうなマンモス校なので、学校のグラウンドではなく公共の陸上競技場を借り切って体育祭を行うのだ。


 だから観客席も立派なもので、広さも十分あるから、白組と紅組に分かれて配置されている。


 オレは白組だから、その観客席へと向かった。


 ちなみに幼馴染み五人は、全員が紅組。


 中学生のオレだったなら、ちょっと残念に思うのだろうが……今は心底ほっとしていた、はずなのに。


(なんでこいつら全員、白組の観客席にいるんだよ……!?)


 紅組の鉢巻きを締めた幼馴染み五人に取り囲まれ、オレは内心で悲鳴を上げていた。


 そんなオレに、奈々海が満面の笑顔を向けてくる。


「悠人、ここならいつでも応援できるね!」


 莉音も無邪気に言ってきた。


「お兄ちゃん、今日はずっと一緒だよ!」


 そしてしおりは妙に張り切っている。


「悠人さんの勇姿を、近くで応援させてください!」


 さらにエリナはテンション高めだ。


「悠人、疲れたら言いなさいよ。マッサージしてあげるから!」


 そして最後に恵は……身震いするような笑顔だった。


「ふふ……まぁこうなるとは思ってましたが」


 白組の観客席の一角を、紅組幼馴染み五人が占拠していた。


 こんな状況に対して、周囲の生徒達は……


 女子たちへの根回しは万全だったらしく、クラスメイトの女子たちは「悠人君、愛されてるね~」と微笑ましく見ている。


 が、しかし。


 男子たちは違った。


(やばい、めちゃくちゃ恨みがましい視線を向けられてる……!!)


 男子連中からは、もはや、仄暗いオーラでも見えるかのようだった!


 いったい後でどんな嫌みを言われるやら……オレはがっくりと肩を落としながらも、幼馴染み達に聞いた。


「なんでお前らがここにいるんだ。こっちは白組の観客席だぞ」


 すると奈々海がにっこりと微笑んで答える。


「だって悠人がいるのはここじゃん?」


「それはそうだが……」


「だったら、わたし達もここにいるのは当然でしょ?」


「何が当然なんだ!? 学校の決まりを守れよ!」


「そんなの知らなーい」


 とんでもなく自由だ。


 さらに奈々海は、スポーツドリンクを差し出してきた。


「ほら、水分補給しないと。今日は暑いんだし」


「わ、分かったから自分で──」


 スポドリを口元まで近づけて飲ませようとしてくるものだから、オレがやんわり押し返していると、莉音が割り込んできた。


「お兄ちゃん、わたしのなんて栄養バランス満点だから! わたしのほう飲んで!」


「ちょ、いや、別にどっちでも──」


 すると今度はエリナだ。


「わたしのは凍らせたから、キンキンで美味しいわよ! 健康バランスより冷えてるほうがいいに決まってるわよね!」


「いや、そういう話か……?」


 さらにしおりまで加わってくる。


「あ、あのあの悠人さん……わたしもドリンク持ってきたんですが……わたしのなんていらないですよね……手作りなんですが……」


「手作り!?」


 ドリンクの手作りというのも意味不明だが、そもそもしおりの『蒐集癖』を思い出してしまい、オレは思わずたじろぐ。


 そんな中、恵が微笑みながら保冷バッグを持ち上げて見せた。


「みんな、落ち着きなさい。そんな一気に飲めるわけないでしょう? 保冷バッグに入れておいて、悠人さんが飲みたいときに飲むべきですよ」


「恵、助かるよ……」


「ふふ……もちろん、わたしのも飲んでくださいよ?」


「……あ、はい……」


 そんな様子を見ていたクラスメイトの男子たちが、ついに堪えきれなくなったようだ。


「神崎ィィィ! お前ばっかり、いい目みてんじゃねぇぞーーーっ!!」


「え!? 別にオレは、そこまでいい目を見ているわけじゃ……」


「くっそ~~~! リア充爆発しろーーー!!」


(爆発しなくても、ガチで刺殺かもなんだが……!?)


 人の気も知らないで! と思っていたらアナウンスが流れてきた。


『次は400メートル走です。選手は待機所に集合してください』


 オレが出場する競技だ。


 助かった……とりあえず、男子が暴動を起こす前にこの場を離れられる。


「悠人、出番だね!」


「がんばってね、お兄ちゃん♪」


「怪我するんじゃないわよ」


「がんばってくださいね、悠人さん!」


「リラックスですよ」


 幼馴染み全員から熱烈なエールを送られる。


「お、おう……自己ベストを目指すよ」


 そういって全員に背中を向けるオレだったが……


 その背中どころか、前後左右正面からさえも、男子たちからの猛烈な殺気が突き刺さる。


(男の嫉妬……たまらんな……)


 教室内でも居たたまれないことは結構あるのだが、ここは広々とした競技場だから、周囲を隔てるものが何もない。だからことさら目立ってしまうのだろう。


 まぁ……あいつらといると目立つことこの上ないのは、今に始まったことじゃないので、半分は慣れたものではあるのだが。


 そんな感じで待機所に向かいながら、オレは思う。


(表面上は、いつも通りなんだよな……いつものようにオレが構われて、男子が嫉妬して……そしてあいつらは、みんな優しくて、可愛くて……)


 奈々海とは『街中で偶然出会う』ことがなくなっている。つまりは反省してくれたということだろう。


 莉音は元々悪気がなかったから、今でもちょくちょく写真を見せてくるが、盗撮のようなアングルはなくなった。オレの言うことを分かってくれたらしい。


 しおりに関しては問い詰めたりはしていないが……と、とりあえず、実害はないし……


 エリナとは、あれから二人きりになることはなかったが、相変わらずのツンデレだ。最近はちょっと優しくなった気がするから……結果オーライということだろう。


 恵だけは、何を考えているのか分からないけれど……でもあの後も、刺されるような素振りは一切ない。


 だからきっと、気のせいだったんだ。


 包丁を所持していたのは、あのあとメンテに出すとかそんな理由だったんだ。


 料理人でもないのに、包丁のメンテとか意味不明だけど……恵は料理も上手だし、きっとこだわりがあるに違いない!


(だから、大丈夫だ……もう何の心配もない!)


 オレは自分にそう言い聞かせながら、競技の待機所へと向かう。


 こうして体育祭も、つつがなく進んでいき──


 ──運動能力が中の下のオレだというのに、幼馴染み達の黄色い声援のせいで、やたらと注目を集めるだけの結果となるのだった。

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