第8話【奈々海パート】悠人を思う気持ちがどうしても、抑えきれなくて

(あ〜あ、偶然を装って悠人に会えなくなっちゃって……つらいなぁ)


 そんなことを思いながら、奈々海わたしは悠人の部屋の中を見渡す。


 体育祭も終わり、迫ってきた中間試験に向けて、わたしたちは勉強会の真っ最中だった。


(でも……仕方ないよね。偶然が多すぎて怪しまれていたし……頃合いだった)


 そもそも、悠人の警戒心を強めてしまうくらいなら、もっと自制すべきだったとは分かっていたんだけど……悠人を思う気持ちがどうしても、抑えきれなくて。


 でもどのみちバレてしまったのだから、自制する意味なかったわけで、むしろしなくてよかった……とも思っちゃったけど。


 でも……いつからだろう……


 悠人を思うと、こんなに切なくなっちゃうのは。


 悠人が数学の問題に唸っているのを横目に、わたしは少しだけ昔を思い出していた。


(わたしたち全員、悠人のことを好きだと知ったときに……)


 悠人とは、もう、物心ついたころから友達だった。


 幼稚園でメンバー全員と出会って、さらには小学校も一緒で……


 中学年くらいになると、みんな自覚していた。


 悠人が好きだって。


 最初は、悠人を取り合って険悪な感じになったわたしたちだったけど……それを見て、悠人がとても悲しがったから。


 だからわたしたちはそのとき、決めたんだ。


 悠人は、わたしたち全員の恋人だと。


 今にして思うと、無茶苦茶だよね。


 でも……わたしたちは、いまだにその取り決めを守っている。


(とくにわたしは、お姉ちゃんだから)


 約束を違えるわけにはいかない。


 この子達全員を含めて、ちゃんと


「悠人君、ここはこうですよ」


「お兄ちゃん、それは違うよ!」


 両脇から恵と莉音が悠人のノートを覗き込み、次々と指摘していく。


 恵は文系が得意で学年一位。莉音は理系が得意で学年二位。悠人の成績を上げるには、これ以上ない布陣だよね。


 分かってる。それは、分かってるんだけど……


(恵は昔から成績良かったけど……莉音が理系っていうのは、思わぬダークホースだったよねぇ……)


 莉音は、中学の頃から機械いじりにハマっていたし、それが影響しているのかもしれない。でもそれにしたって、学年二位はすごい。


 そんなツートップに付きっきりで指導される悠人は、顔を真っ赤にしながら問題を解いていた。


「うう……こんな近距離で……」


 うんうん、悠人かわいいねぇ。


 でも……あの二人、いくらなんでもくっつきすぎじゃない……!?


「ねぇ、二人とも……そろそろ悠人の隣を変わってよ」


 わたしが主張すると、莉音がすかさず反論する。


「わたしの成績を抜いてから言うんだね、お姉ちゃん!」


 恵までにこやかに言ってくる。


「そうですね。今日の『お姉ちゃん役』は、わたし達に譲ってくださいね」


「むぅ……!」


 くっ……そういう理屈できたか……!


 ならば、こうだ!


 わたしは悠人の背後に回ると、すっと腕を回して、胸を悠人の背中に押しつけた!


「奈々海!? なにしてんだ!!」


 体をすっごく硬くする悠人、かわいい♪


 莉音が「ずるい!」を声を荒げ、恵は「やり過ぎでは……!?」と注意してくる。


 しおりはオロオロしているだけで、エリナは「ちょっとやめなさいよ!?」と立ち上がった。


 そんな全員に、わたしはうふふと笑ってみせる。


「え〜? お姉ちゃんだから、これくらい当たり前でしょ?」


 すると、全員が口を揃えて同じ事を言ってきた。


『意味不明!』


 それでもわたしは、非難囂々ひなんごうごうの中、ちょっと舌を出す。


「やりたければ、みんなもやればいいじゃない」


 わたしがそう言うと、みんな、顔を真っ赤にして絶句する。


 悠人だけは、違う意味で赤くなっていると思うけど。耳まで赤くしちゃって、ほんとかわい〜♪


 まぁそうよね。みんなはわたしほどに豊満な胸じゃないから、わたしの後にやっちゃうと、どうしてもその違いがバレちゃうもんね。


 などと考えていたら、悠人が腕をジタバタさせて、やがてわたしを振りほどく。


 けっこうな時間、振りほどこうとしなかったのは、やっぱり男の子って感じよねぇ。


「オ、オレ……ちょっとコンビニに行ってくる! 買い物に行くだけだから、ついてくるなよ!」


 悠人がそう宣言すると、みんなが口々に「付いていく」というのだけれど、悠人が断固拒否してくる。


 ふふ……きっとアレね。


 わたしのお胸に興奮して、クールダウンしたいんだよね?


 だからわたしは、みんなに説明した。


「みんなダメだよ。悠人の邪魔しちゃ」


 そういうと、莉音が首を傾げた。


「邪魔なんてしてないでしょ?」


 エリナも不服そうに言ってきた。


「そもそも、買い物について行くのがなんで邪魔になるのよ」


「なんでって、そりゃあ、悠人は買い物に行くわけじゃないから」


 わたしがチラリと悠人を見ると……怪訝な顔をしている。


 ふむ……わたしにはバレていないと、この後に及んで思っているらしい。


 だとしたら、悠人の名誉は守らないと。


「みんな、こっち来てこっち」


 わたしが部屋の隅に幼馴染み五人を集めると、なぜか悠人まで来てしまった。


「おい奈々海……何を企んでいるつもりだ?」


 ちょっと怒ってる悠人に、わたしは惚れ直しながらも言った。


「企むなんて、ひどいなぁ。わたしは悠人の名誉を守りたいだけなのに」


「名誉ってなんだよ」


「名誉は名誉だよ」


「なんだかまるで、オレがやましいことでもしに行くかのような……」


「えー? そんなこと、思ってもいないけど?」


「絶対思ってる! そして思い違いをしている! だからこの場で言ってみろ!」


「いいの? 悠人、困っちゃうと思うけど」


「思い違いだから困るわけがない!」


「そうなの? ……悠人って、そんな趣味があったんだ」


「どんな趣味だ!?」


「だから、わたしに興奮してひとりえっ──」


「やっぱり思い違いだ全然違う!!」


 わたしが言い終わる前に、悠人が悲鳴に近い声をあげた。


「本当に買い物だっつーの! どんな勘違いをしたらそうなるんだ!?」


「だから〜、隠したほうがいいって──」


「勘違いにもほどがあるから隠された方が迷惑だ!?」


 ふむ……なるほど……


 悠人は、羞恥プレイの趣向がある、と……


「おい奈々海! いま絶対に、さらなる勘違いを記憶にとどめただろ!?」


「す、すごい悠人! わたしの考えなんてお見通しなんだね!?」


「何十年幼馴染みをやってると思ってんだ!」


「つまりわたしの心も体も丸裸ってわけね!?」


「卑猥な言い方するなよ!? ってか体ってなんだ!?」


 なぁんて悠人をからかっていたら「とにかく! 付いてくるなよ!?」といって、悠人は部屋を出て言ってしまった。


 するとみんなの鋭い視線が突き刺さる。


「お姉ちゃん、からかいすぎ」


「悠人さん……本気で怒っているのでしょうか……」


「アイツ……まさかそんな性癖があっただなんて……」


「とにかく奈々海、悠人君が帰ってきたら謝るのですよ?」


 などと言われてしまう──


 ──ん?


 今、誰か一人、本気で勘違いしてなかった?


 まぁいっか。


「分かった分かった。戻ってきたら謝るよ」


 そう言ってから、わたしはスマホを取り出す。


(さて、と……)


 ふむふむ……どうやら、本当に買い物に行ったようね。


 今回は、から、位置情報は今でもバッチリ分かる。


 トイレとかお風呂場とかにいたら、発信器が家から移動しないはずだし、本当にコンビニに向かったようね。


 やっぱり、わたしの勘違いだったらしい。まぁ分かってはいたけれど、念のためってヤツだね。悠人のことは、何から何まで知っておきたいし。


(っていうかこのタグ、24時間以上離れているとアラームが鳴っちゃうけど……)


 でも、わたしが悠人とそんなに長時間離れることなんてあり得ないし。


 スマホの画面を見つめながら、わたしは微笑む。


 ああ……悠人には偶然を装って会えなくなっちゃったけど、だから二人でいられる時間が少なくなって、毎日がすごくもどかしいけど……


 こうして、悠人がどんな行動をしているのかをだけでも、このもどかしい気持ちが和らいでいくよ……


(わたしはお姉ちゃんだから、絶対に逃さないよ、悠人♪)

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