第6話 可愛らしいと思えた恵の微笑みが……
彼女は、いつものように上品な微笑を浮かべていた。
「悠人君が相談なんて、珍しいですね」
「悪いな、時間を取らせて」
「いえ、そんなことありません。むしろ嬉しいくらいですから」
「そ、そうか……?」
「はい。ですから何でも話してください」
そんな風ににこやかに言われると、なんだかこちらが場違いな気分になってしまう。
「そう言ってもらえると助かるよ」
オレは曖昧に返事をしながら、どう切り出すべきか逡巡する。
幼馴染み四人が全員ヤバい──日常的なストーカーに盗撮、異常な蒐集癖に盗聴まで行われていた──だなんて、よくよく考えたらどう切り出せばいいのか。
あの四人は、オレとだけじゃなくて全員仲がいいのだ。その|和気藹々《
わきあいあい》とした友情に亀裂を入れかねないわけだから……言葉は慎重に選ばなくてはならない。
「悠人君?」
「あ、いや……その……」
恵は首を傾げながら、優しく微笑む。
「もしかして、あの子達のことで相談ですか?」
「……っ」
思わず息をのむ。まさか恵、何か気づいていたのか?
「まぁ……うん、そんな感じ……なんで分かった……?」
戸惑うオレを見て、恵は笑顔で言ってくる。
「悠人君の悩みなんて、そのくらいしかないでしょう? 贅沢なんですから」
「………………」
ああ、そういうことか。
恵は別に、四人の悪癖に気づいているわけじゃなくて、オレの状況的に、そのくらいしか悩みがないと推測したってわけか。
ならやっぱり、どう切り出していいか悩ましいわけで……
相変わらずオレが躊躇っていると、恵は少し身を乗り出して言ってくる。
「それにしても……そんなに言いにくい話なんですか?」
「えっと……まぁ、そうなんだけど……」
「ま、まさか……」
「まさか?」
「恋バナとか……!?」
的外れなその指摘に、オレは思わず突っ伏しそうになった。
だが恵は、自分のその推測に自信があるのか、目を輝かせ始める。
「まさか悠人君から、恋バナが聞けるとは思ってもみませんでした……!」
「い、いやあの──」
「もしかしていよいよ、幼馴染みの中から恋人を選ぶつもりですか……!?」
「だ、だからそうじゃな──」
「悠人君が誰かのものになってしまうなんて、幼馴染みとしてはちょっと寂しくもありますけど、もう高校生になりましたし、だから男の子はそういうお年頃だって言いますし、仕方が無いですね」
「ちょ、ちょっとま──」
「でもその中に……」
そして恵は、オレの手を取る。
その小さくて暖かいぬくもりに、オレは思わず胸を撥ね上げた。
「その候補に、わたしも入れてくれているなら、嬉しいのですが」
「……!?」
突然、まるで告白みたいなことを言われて。
オレはますます言葉に詰まる……!
「うふふ。なんて、冗談ですよ♪」
オレが硬直していると、恵は、本当に冗談だと言わんばかりの雰囲気で、柔らかく言ってきた。
「なんだか悠人君、ずいぶんと思い詰めているようでしたから」
「あ……そ、そうか……」
「ちょっと気をほぐそうと思っただけなのですが、悪質でしたね。ごめんなさい」
「いや、むしろ気遣いに感謝しているよ」
「そうですか? ああでも、ぜんぶがぜんぶ、冗談ってわけでもないんですが」
「……へ?」
「これも、じょーだんです♪」
「…………あ、あのなぁ」
そんな肩透かしみたいなことをされて、無意識に張り詰めていたオレの心が解きほぐされる、そんな感覚があった。
「ふふっ。少しは元気が出たみたいでよかったです」
「ああ……ありがとうな」
「あ、ドリンクが切れましたね。わたし、持ってきますからちょっと待っててくださいね」
そういって、恵は席を立った。
ふぅ……恵みたいな美少女に、あんなからかいを受けたら、そりゃ、誰だって心臓をキュッとされるだろうに。
まぁ……だから柔軟体操のような効果もあったわけだが。
ということで少し落ち着いたオレは、恵が帰ってきたら、四人についていよいよ相談しようと決意したところで──
──どさっ。
向かい席に置かれていた、恵のバッグが落ちてしまった。
(立ち上がったとき、引っかけたのかな?)
もちろん、そのままにしておくわけにもいかないので、オレは、テーブルの下に潜って落ちたバッグを拾おうとした。
床に落ちたバッグは、その中身の一部が出てしまっていて──
(──は?)
オレは、その身を硬直させる。
なぜならその中には──
──包丁があったのだから!
(い、いやいやいや……)
テーブルの下で、今まさにオレが目撃しているのは……
いわゆる出刃包丁だ。
さすがに鞘に入ってはいるが……見間違えるはずもない。
(な、なんで……?)
こ、これから料理教室にでも行くのだろうか?
(いやいや! 料理教室に包丁を持ち込んだりしないだろ!?)
そもそも、理由もなしに包丁を所持するのは銃刀法違反だと、何かのマンガで見たぞ!?
だったら、一介の女子高生が学生鞄に包丁を忍ばせているだなんて……ありとあらゆる理由を探したって出てくるはずがない!
(じゃあ、なんのために……?)
オレの体が震える。
幼馴染み四人の傾向を思い出す。
ストーカー、盗撮、蒐集、盗聴……
ま、まさか……
(恵まで……ヤバイやつなのか……!?)
つまり恵を追い込んだり、恵が思い詰めたりしたら──
──オレが刺されるのか!?
(ってか一番ヤバイやつでは!?)
何しろこれまでの四人は、ヤバいヤバいとは言ってもプライベートを暴く程度だった。
だが恵は……オレのプライベートを暴くどころか、オレの命を奪いかねないのだ!
そう気づいた途端オレは……適温が保たれた店内だというのに、寒気を感じて身震いをする。
そしてすぐさま、もはや脊髄反射のように、その包丁を鞄に押し込め元の位置に戻すと──
──オレは座席に座り直した。
「悠人君、お待たせしました」
恵がドリンクバーから戻ってきた。
オレの動揺に気づいたのか、首を傾げながら微笑んでいる。
「悠人君、どうかしましたか?」
ついさっきまで、可愛らしいと思えた恵の微笑みが……
今は怖くて堪らない……!
「い、いや!? なんでもないぞ!?」
オレは全力で誤魔化すも……恵は着席しながら疑問を口にする。
「そうですか? なんだか、変な顔をしてましたよ?」
「さ、最近は変顔がマイブームなんだよ!」
「変なマイブームですね……?」
そうしてオレは咄嗟に思いつく。
「強いていえば、ちょっと腹痛が……!」
「えっ、大丈夫ですか?」
「わ、悪い……やっぱりトイレに行っていいか……!?」
「もちろんですよ。早く向かってください」
「あ、ああ……せっかく時間をもらっているのに悪いな……!」
そうしてオレは席を立つと、急ぎ足でトイレに向かう。
咄嗟に出たウソではあったが、動揺の理由としては、それなりに信憑性があったのではなかろうか。
まぁ……なんとも格好付かないわけだが、もはやそんなことはどうでもいい。
なぜってそりゃあ──
──下手したら命の危険に晒されているのだから!
(いや待て待て……まさか恵まで? そんなわけないだろ……)
オレは、トイレの個室で頭を抱える。
(だいたい恵は、まだ具体的な行為は何もしていないわけで……)
ただ単に、包丁を所持しているだけだ。
だから「なんで女子高生が包丁を鞄に忍ばせているの?」という疑問に答えがあればいいのだ。
その答えさえあれば、「いよいよになったらオレを刺すためだ」だなんて荒唐無稽な話は払拭できるわけで……
(なんだ……? 恵が包丁を持っている理由はなんだ!?)
オレは、その理由をなんとか捻り出そうとするも──
──オレを刺す以外、まったくもって思い当たらないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます